↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
畫界アルカディア  作者: 三島 唯奈
第12章 フェルド村
104/112

第1話 その名を聞くまで

 ユイナたちを乗せた船が見えなくなっても、私はしばらく桟橋に残っていた。

 海の向こうにはもう帆さえ見えない。代わりに別の船が港へ入り、荷物を運ぶ人たちが私の横を行き来している。


 行っちゃった。

 改めてそう思った。


 ユイナとロアはアウレスタへ向かった。文香という女性を追って、この大陸の外へ。


 私は行かなかった。

 行けなかった、という方が近いのかもしれない。


 グレンもフィンも、まだ見つかっていない。

 ザロスを倒せば何か分かると思っていた。あれだけ大陸を荒らし、ガルダ村まで壊した始原なら、二人が消えたことにも関わっているかもしれない。そう考えて、ユイナたちと一緒にここまで調べてきた。


 けれど、エルガ王城でも二人の手掛かりは見つからなかった。


 ザロスは死んだ。

 でも私にとっては、何も終わっていない。


「さて」


 声に出してから、港を離れた。

 いつまでも海を見ていても仕方がない。

 今度は私一人で、二人を探す番だ。


     *


 翌朝、私はネレイ港を出た。


 まず向かったのはミレア町。

 そのあとフェルド村にも寄る予定だ。


 二人が消えたあと、一度この辺りの話は聞いている。ただ、当時はザロスが大陸を徘徊していて、街道を自由に動けるような状況ではなかった。


 だが今は違う。

 危険が全部なくなったわけじゃないが、どこからザロスが現れるか分からなかった頃とは比べものにならない。街道を歩きながら、私は何度も弟たちのことを考えた。


 フィンが先に消えた。

 あの子は昔から、気になったものを放っておけないところがあった。


 真っ赤なエルガ王城を近くで見たい。

 そんな理由で出ていったと知ったときには、本気で怒った。


 帰ってきたら一発ぶん殴ってやろうと思っていた。

 けれど、帰ってこなかった。


 そのフィンを探しに行ったグレンまで消えた。

 あいつはフィンとは逆で、無茶を止める側だ。


 なのに、そのグレンまで帰らなかった。

 二人ともいないまま、ザロスがガルダ村を襲い、父さんも母さんも死んだ。


 あれから何度、同じことを考えたか分からない。


 二人はもう死んでいるんじゃないか。

 そう思うことは何度もあった。


 それでも、死んだと決まっていない限り、死んだことにはできない。

 だから探している。

 ただそれだけだ。


     *


 ミレア町に着いてから、私は人が集まりそうな場所を順番に回った。

 最初に話を聞いたのは宿屋だ。


「人を探してるんだけど、知らないかな?」


 私はグレンとフィンの名前を告げ、それぞれの特徴を伝えた。


 名前だけでは分からないかもしれない。

 グレンは大柄で、傭兵をしていた。フィンはグレンよりずっと若く、兄弟とはいえ見間違えるような二人じゃない。


 宿の主人はしばらく考えていた。


「いつ頃だ?」

「かなり前。先に弟が一人で来たかもしれない。そのあと、兄が探しに来たはず」


「かなり前って言われるとなあ……」

「あの化け物が、この辺りをうろついてた頃よ」

「あの頃か」


 主人の顔が曇った。


「あの時期は人の出入りもめちゃくちゃだったからな。逃げてきた連中もいれば、逆に町を離れた奴もいる。大柄な男なら何人も見てるが、そのグレンって男かどうかは分からん」


「若い方は?」

「そっちは全く覚えがない」


「そう」

「悪いな」

「いや、ありがとう」


 すぐに分かるとは思っていなかった。

 そのあとも場所を変え、相手を変えて聞いて回った。


 街道を行き来する商人。

 荷運びをしている男。

 別の町に仕事で通っている人。

 この町に長く住んでいる人。

 話すたびに二人の特徴を説明した。


 グレン。

 フィン。


 二人は兄弟。

 ガルダ村の出身。


 先にフィンが姿を消して、そのあとグレンが探しに出た。

 知っていることがあれば、どんな小さなことでもいい。

 でも、返ってくる答えは似たようなものだった。


「知らないな」

「見たかもしれないけど、そんな前じゃ覚えてないよ」


「その頃は町の外に出てなかったから」

「あの化け物から逃げるので精いっぱいだったからね」


 中には、別人の話をする者もあった。

 大柄な男を見たと言われて詳しく聞けば、年齢も髪型も違っていた。


 若い男が一人でここを通ったと言われて期待したら、時期がまるで合わない。

 そのたびに、探している二人とは違うと分かった。

 昼を過ぎても、何も見つからなかった。


     *


 夕方近くになって、私は町外れにある店で水をもらった。


「ずいぶん探してるみたいだね」


 店番をしていた女性が声をかけてきた。


「朝からあちこちで同じこと聞いてただろ」

「もう話が伝わってるの?」

「これくらい小さな町だと話はすぐに回ってくるよ」


 そういうものか。


 私は水を飲んでから、もう一度二人の特徴を話した。

 女性は申し訳なさそうに首を振った。


「私は知らないね。ただ、本当にここへ来たのかい?」

「それも分からない」


「じゃあ、別の村に行った可能性もあるんじゃないか」

「ええ」


 分かっている。


 ミレア町を調べれば何か分かると思っていたわけじゃない。

 ただ、今まで十分に探せていなかった場所だから来ただけだ。


「次はどこへ?」

「フェルド村に」


「一人で?」

「うん」


「最近は前よりましだけど、気をつけて行きなよ」

「ありがとう」


 店を出たところで、足が止まった。


 今日一日探しても、手掛かりは何一つ得られなかった。

 二人がどこへ向かったのか、それさえ分からない。


 こういう日は今までにも何度もあった。

 ネレイ港で弟たちの手掛かりを探していた頃もそうだった。


 今日は何か分かるかもしれないと思って出かけても、何も得られず戻る。

 それを繰り返していると、期待すること自体が怖くなった時期もある。


 それでもやめなかった。

 やめたら、本当に二人がいなくなる気がしたからだ。


 宿へ戻り、翌朝の準備をした。

 ミレア町にはもう一日残ることにした。


     *


 次の日も結果は変わらなかった。

 前日に話せなかった人を中心に話を聞いた。


 町へ出入りする荷車の御者にも尋ねた。


 グレンが傭兵だったことを伝えると、昔ドレナで働いていた傭兵を何人か知っているという男にも会えた。

 でも、グレンを知っているわけではなかった。


「役に立てなくて悪い」

「いいよ。知らないなら仕方ない」


「弟たちを探してるんだろ?」

「そう」


「二人とも見つかるといいな」

「……うん」


 その言葉には、素直に返事をした。


 見つかるといい。

 まだ私は、そう思っている。


 夕方には、ミレア町を出ることを決めた。

 この町にこれ以上いても、新しい話が出てくるとは思えない。


 次はフェルド村に行こう。

 何もなければ、その次を探す。

 二人が見つかるまで、そうするしかない。


     *


 フェルド村に着いたのは、それから数日後だった。

 村へ入ってすぐ、私は近くにいた男へ声をかけた。


「人を探してるんだけど、少し聞いていい?」

「誰だ?」

「男が二人。兄弟なんだけど――」


 ここでも同じ説明をするつもりだった。

 ところが、グレンの特徴を話している途中で、男が眉を寄せる。


「大柄な男か?」

「そう。かなり大きい」

「髪は?」


 私はグレンの髪型を伝えた。

 男は少し考え込んだ。


「うーん……。俺が知ってる男とは少し違うな。その男は髪も髭も伸び放題で、ずいぶん痩せてる」

「そうなの?」

「ああ。そいつかどうかは分からんが、少し前からこの村で暮らしてる」


 胸の奥がざわついた。


「どこから来たの?」

「それが、本人もよく覚えてないらしいんだ」


 私は一歩、男へ近づいた。


「その人、今どこにいるか教えて?」

「待て。まだお前さんの探してる奴とは限らない――」

「いいから教えて!」


 声が強くなったのが自分でも分かった。

 男は少し驚いたあと、村の奥を指した。


「向こうだ。村の連中が空いてる家を使わせてる。今じゃ村の仕事も手伝ってくれてるよ」

「ありがとう」

「おい」


 男に呼び止められ、私は振り返った。


「その男、ちょっと妙なところがあるんだ」

「どういう意味?」


 男は言いにくそうに少し間を置いた。


「身体の周りに、何かがまとわりついてるように見えるんだ。煙でも霧でもない、変なものがな」


「何かって?」

「うまく説明できん。ただ、前にこの辺りを荒らしていた化け物の周りにも、似たようなものがあっただろ」


 ザロス。

 あの化け物の姿が頭に浮かんだ。


「でも、そいつは普通の男だよ。村の仕事もよく手伝ってくれるしな」


「その人、名前は?」

「最初に聞いたときは、なかなか教えてくれなかった。自分でも思い出せないようだったんだ」


 男はそこで言葉を切った。


挿絵(By みてみん)


「ただ、一度だけ聞いたな」

「何を?」

「グレン、って」


 私は走り出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。