第6話 守りの向こう
ようやく、狙うべき場所が分かった。
私は迷わず、ガラスペンをレグルスへと向ける。
ところが、レグルスは長剣を身体の正面で構え直し、私の方へ向く。
マントの留め具のすぐ下。
そこを狙おうにも、厚みのある刀身が盾となって遮っている。
こちらの意図は完全に読まれているようだ。
セレンが私の隣まで下がってきた。
「ユイナ、今の位置からじゃ重心を狙えない。先にあの剣をなんとかしないと」
「はい……!でも、ロアが仕掛けても、またすぐに剣をあの位置に戻されちゃいます」
ロアはレグルスの長剣を警戒しながら、こちらへ声をかけた。
「だったら、あいつ自身に剣を動かさせるしかない」
レグルスが少しずつ間合いを詰めてくる。
私は後退しながら、レグルスの長剣の動きに目を凝らす。
ロアが攻撃を仕掛けても、レグルスはすぐに剣を引き戻し、左胸を守ってしまう。あの剣がある限り、重心を狙うのは難しい。
だったら、先に剣を狙えばいいんじゃないだろうか。
「ロア、次に剣を受け流す瞬間に合わせて、私が緑を撃ち込みます。ロアはすぐに横へ離れてください! 剣なら的が大きいから、重心みたいに一点を狙わなくても当てられると思います!」
セレンがレグルスの長剣を見る。
「なるほど。あの剣の加護も緑で削れる。うまく当てれば、構えを崩せるかもしれないね」
「はい。剣の構えを崩せたら、立て直される前に、もう一発撃ちます!」
ロアが短剣を構え直した。
「分かった。タイミングは俺に合わせろ」
「分かりました」
私はロアが射線に入らない位置へ移動し、ガラスペンをレグルスの長剣へ向けた。
レグルスが切っ先を下げぬまま間合いを詰めてくる。
ロアは短剣を握り直し、自分からも間合いを詰める。
レグルスが長剣を振り下ろす。
ロアは短剣で刃を受けると、身体をひねって剣の軌道を逸らす。
その際、長剣の切っ先がロアの腕を深く切り裂いた。
私はその動きに合わせて、ガラスペンから緑を放つ。
ロアは素早く離れ、そのすぐ後を通った緑が、外側へ流れた長剣の刀身に命中した。
「ぐっ……!」
レグルスの長剣が大きく弾かれる。剣を覆う黄の加護は残っているが、両腕ごと剣を跳ね上げられ、レグルスは体勢を崩した。
それでもレグルスは剣を離さず、片足で踏ん張り、両手で柄を握り直そうとする。
だが、左胸を守っていた刀身は、身体から大きく離れた。
今なら届く!
私はガラスペンの先を、マントの留め具のすぐ下へ向け直す。
狙いを定め、すぐに緑を放った。
レグルスもこちらの動きに気づいた。
両手に力を込め、長剣を胸元へ戻そうとする。
けれど、間に合わない。
緑が、マントの留め具のすぐ下を捉えた。
その瞬間、レグルスの身体を覆っていた黄が大きく揺らいだ。
胸元から亀裂が走るように黄が崩れ、加護が消えていく。
「……!」
レグルスの動きが止まった。
やがて、身体を覆っていた黄の加護が完全に消えた。
けれど、握った長剣には、まだ黄の加護が残っている。
それでもレグルスは剣を振り上げる気配を見せず、その場に立ったまま自分の身体を確かめている。
ロアもすぐには近づかず、短剣を構えたままレグルスの様子を窺っている。
「……成功した?」
私が呟くと、セレンがレグルスを見たまま答えた。
「ああ……間違いない。やつ自身を覆っていた加護は完全に消えてる」
レグルスはゆっくりと顔を上げる。
さっきまで私たちに向けられていた敵意は、跡形もなく消えていた。
レグルスはとまどいながら私たちを見回し、それから手にした長剣を見下ろした。
「……何が、起きた?」
低い声だ。
先ほどまでとは違い、私たちを斬ろうとする気配はない。
それでもロアはまだ短剣を下ろさない。
「それはこっちが聞きたいくらいだ」
レグルスは眉を寄せる。
私たちを一人ずつ確かめるように見たあと、少し離れたところにいるセラフィンに気づく。
「セラフィン……お前、なぜそこに?」
セラフィンが、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「どうやら……正気に戻ったようだな」
「正気……?」
レグルスは、緑を撃ち込まれた左胸のあたりに触れた。
「俺は……ここで、何をしていた?」
セラフィンはすぐには答えなかった。
地面に残る戦いの跡を見てから、レグルスへ向き直る。
「この三人を排除しようとしていた」
レグルスの表情が強張った。
「この俺が……理由もなく人を襲ったというのか?」
「ああ。俺も同じだった」
その言葉に、レグルスは黙り込んだ。
私はガラスペンを静かに下ろし、二人の様子を窺う。
レグルスの長剣には、まだ黄の加護が残っている。
それでも、彼が再び剣を向けてくる気配はない。
レグルスはしばらく黙ったまま、記憶を辿るように考え込んでいた。
「……そもそも俺たちは、なぜこの者たちを襲っていた?」
セラフィンがレグルスを見る。
「やはり、お前も覚えてないのか」
「何をだ?」
「命令だよ。俺たちは、この三人を排除するために戦っていたらしい」
「命令……?」
レグルスの表情が険しくなる。
「一体、誰にそんな命令を受けた?」
「それが分からない。俺も同じことを聞いた」
レグルスはしばらく考え込んでいたが、やがて首を横に振る。
「……駄目だ。何も思い出せない」
私はセレンを見る。
「やはり、セラフィンと同じですね」
「ああ。本人の加護が消えると、私たちを襲っていた理由そのものが分からなくなる
みたいだね」
ロアがようやく短剣を少し下げた。
「じゃあ、あの弓の女だけはまだ命令どおり動いてるってことか」
「ああ。本人の加護は壊してないからね」
セレンが続けた。
「ルシエルは、まだ命令どおり動いているはずだ」
その名前を聞いて、レグルスが顔を上げた。
「ルシエル……」
セラフィンが通りの先を見る。
「そうだ。ルシエルはお前の命令で報告のために城へ戻った」
「俺が……?」
レグルスは記憶を探るように黙り込んだ。
「誰に報告させたんだ?」
「それは分からない。俺もルシエルに聞いたが、答えないまま行ってしまった」
セレンがレグルスとセラフィンを交互に見る。
「ねえ、君たち。エルディンって名前に心当たりはある?」
「エルディン……?」
レグルスは聞き覚えがないように眉を寄せる。
「誰だ、それは?」
セラフィンも首を横に振る。
「俺も知らない。初めて聞く名前だ」
思わずセレンを見る。
セレンはしばらく二人の反応を見ていた。
「……やはり、そうか」
そこでようやく、ロアの裂けた袖と、その下から滲む血が目に入った。
「ロア、腕を見せて」
「あとでいい」
「駄目。血が出てるでしょ」
ロアは舌打ちしながら、私のところまで来た。
私はロアの腕を取ろうとして、自分の腕の痛みで思わず手を止めた。
「……おい、ユイナ。お前も怪我してるだろ」
「私は大丈夫です。それより、ロアの方が……」
「分かったから、まずお前の傷を見せろ」
セレンが私たちの間に入ってきた。
「二人とも、もう戦わなくていいんだから。宿に戻って傷の手当てをしよう」
私は頷き、もう一度レグルスを見る。
先ほどまで、三人がかりでも近づくことさえ難しかった相手だ。
そのレグルスが、今は長剣を下ろし、セラフィンの隣に立っている。
二人とも、私たちと戦っていた理由も、エルディンという名前も覚えていない。
「セレン。これで、二人とも正気に戻ったんですよね?」
「少なくとも、もう私たちを殺そうとはしていないね」
「でも、ルシエルはまだ正気に戻ってないんですよね?」
「ああ。本人の加護が残ったまま、城へ戻っている」
「まだ、終わったとは言えないかもしれませんね」
槍と剣の使徒は正気に戻った。
けれど、弓の使徒ルシエルだけは、まだ命令から解放されていない。
そして、私たちを殺すよう命じた人物が誰なのかも、まだ分かっていなかった。




