第8話 「こもりうたの森」
黒いくらやみぐもが夜空いっぱいに広がった瞬間――。
モークじいさんの雲が、ぶるぶる震えました。
「急ぐんじゃ!」
月うさぎが叫びます。
「“こもりうたの森”へ向かおう!」
おもちくんは雲のブランケットをぎゅっと抱きしめました。
すると、ブランケットがふわりと光ります。
まるで「だいじょうぶ」と言っているみたいでした。
「こっちじゃ!」
モークじいさんの雲に乗って、みんなは夜空を走り出します。
後ろでは、くらやみぐもがぐるぐる渦を巻いていました。
赤い目が、ぎらりと光っています。
――逃がさない。
低い声が、風の中に混ざりました。
「ひえぇぇ……!」
おもちくんは耳をぺたんと倒します。
でも、月うさぎは落ち着いていました。
「もう少しで着くよ」
やがて遠くに、大きな森が見えてきます。
木々は月明かりを浴びて青白く光り、枝には小さなランタンみたいな花が咲いていました。
そして――。
♪ るるる……
どこからか、優しい歌声が聞こえてきたのです。
「……きれい」
おもちくんは思わずつぶやきました。
歌声は風に乗って、森じゅうをふわふわ漂っています。
まるで、お母さんが小さい子を寝かせるときの子守歌みたいでした。
「ここが“こもりうたの森”じゃ」
モークじいさんが静かに言います。
「眠りの歌が流れる、夜の休み場所なんじゃよ」
雲はゆっくり森へ降りていきました。
地面に降りた瞬間、おもちくんはびっくりします。
「わあ……!」
草が、ふわふわなのです。
まるで緑色のじゅうたんみたいでした。
木の葉はさらさら揺れ、枝から小さな光の粒が降ってきます。
その光は、触るとぽんっと消えて、ほんのり甘い香りがしました。
「キャンディみたい!」
ホタルくんが嬉しそうに飛び回ります。
すると森の奥から、小さな動物たちが顔を出しました。
眠そうなリス。
あくびをするこねこ。
ふわふわのひつじ。
みんな、静かに歌を聞いています。
「ここなら安心じゃろう」
モークじいさんが言った、そのとき。
♪ ねんねこ ねんねこ
♪ おつきさま ゆらゆら
歌声が、もっと近くなりました。
おもちくんは耳をぴくりと動かします。
森の奥に、小さな泉がありました。
そのそばで、白い鳥たちが輪になって歌っていたのです。
「すごい……」
鳥たちの歌は、聞いているだけで胸がぽかぽかしました。
風の音。
葉っぱの揺れる音。
遠くの虫の声。
全部が一緒になって、やさしい音楽みたいです。
すると、おもちくんのまぶたが少し重くなってきました。
「ふぁぁ……」
思わず大きなあくびが出ます。
月うさぎがくすっと笑いました。
「眠くなってきた?」
「う、うん……」
雲のブランケットにくるまると、ますますあたたかくなります。
まるでふかふかのベッドみたいでした。
ホタルくんも、ふわふわ飛びながら目をこすっています。
「ぼくも、ねむい……」
モークじいさんは木にもたれながら言いました。
「こもりうたの森には、不思議な力があるんじゃ」
「不思議な力?」
「悲しい気持ちや、こわい気持ちを、そっと眠らせてくれるんじゃよ」
おもちくんはぼんやり空を見上げました。
枝の間から見える月が、とろりとにじんでいます。
歌声はやさしく揺れていました。
♪ おやすみ
♪ だいじょうぶ
まるで森そのものが話しかけてくるみたいです。
「なんだか……安心する……」
おもちくんは芝生にころんと寝転びました。
雲のブランケットが、ふわりと体を包みます。
その瞬間。
どくん。
どこからか、大きな音がしました。
おもちくんはうっすら目を開けます。
森の奥。
暗い木々の向こうで、何かが動いた気がしました。
赤い目が、ぎらり。
「……!」
くらやみぐもです。
でも、不思議でした。
くらやみぐもは森の入口で止まり、中へ入って来られないのです。
まるで歌声を嫌がっているみたいに、黒い体をゆらゆら揺らしています。
月うさぎが小さくつぶやきました。
「やっぱり……」
「え……?」
眠気でぼんやりするおもちくんに、月うさぎは静かに言います。
「やさしい歌は、くらやみぐもを弱くするんだ」
その声を聞きながら、おもちくんのまぶたはどんどん重くなっていきました。
♪ ねんねこ
♪ おやすみ
森じゅうに響く子守歌。
星たちは静かに瞬き、夜風はやわらかく吹いています。
そしておもちくんは、ふわふわの眠りの中へ落ちていったのでした。




