第3話 「くつしたトンネルをくぐって」
月うさぎと一緒に夜の橋を走っていたおもちくんは、ふと足を止めました。
「あれ?」
目の前に、大きな丸い穴が現れたのです。
ぐるぐると渦を巻くその穴は、まるで夜空にぽっかり開いたトンネルみたいでした。
中からは、あたたかい風が吹いています。
月うさぎは耳をぴくりと動かしました。
「着いたよ」
「ここが……夜の世界?」
「ううん。入口のひとつさ」
そう言うと、月うさぎはぴょんっと穴の中へ飛び込みました。
「えっ、待って!」
おもちくんもあわてて飛び込みます。
すると――。
ぐるん!
体がふわっと浮き上がりました。
「わあああーっ!」
目の前を、星みたいな光がくるくる流れていきます。
風がびゅうびゅう鳴って、しっぽがぴんと伸びました。
おもちくんはころころ転がりながら、やっとのことで目を開けます。
そして次の瞬間。
ぽすん!
やわらかいものの上に落っこちました。
「いたた……」
おもちくんが顔を上げると、そこは見覚えのある場所でした。
「あれ? ここ……」
大きな白い布。
ふわふわのタオル。
ころんと丸まった服。
「洗濯かごだ!」
そうです。
そこはおもちくんのおうちの洗濯部屋でした。
でも、いつもの洗濯かごとは少し違います。
服の山がまるで丘みたいに高く積まれていて、くつしたが木の枝みたいにぶら下がっています。
しかも――。
「うわあ……ぼく、小さくなってる!」
いつものおもちくんなら簡単にまたげる洗濯かごのふちが、今は見上げるほど大きいのです。
月うさぎは、タオルの上にちょこんと座っていました。
「ここは“すきまの世界”につながる場所なんだ」
「すきまの世界?」
「なくしものや、ひみつや、小さな声が集まる場所だよ」
おもちくんはきょろきょろ見回しました。
洗濯かごの奥は暗く、靴下やシャツの影がゆらゆら揺れています。
そのとき。
ひゅうう。
どこからか風が吹きました。
「ん?」
おもちくんが耳をすますと、かすかに音が聞こえます。
からん、ころん。
まるで誰かが遠くで歩いているみたいです。
「こっちだよ」
月うさぎが指した先を見ると、片方だけの長いくつしたが垂れ下がっていました。
しかも、その奥がほんのり光っています。
「えっ……くつしたの中?」
「通り道なんだ」
月うさぎは平気な顔で、するすると中へ入っていきました。
「ま、待ってよー!」
おもちくんも急いであとを追いかけます。
くつしたの中は思ったより広く、ふわふわしていました。
まるで毛布のトンネルみたいです。
「なんだか、くすぐったい……」
歩くたび、足元がぽよんぽよん弾みます。
ところどころに小さな穴が開いていて、外の光が星みたいに差し込んでいました。
そのとき。
ぴた。
月うさぎが急に立ち止まりました。
「しっ」
「え?」
おもちくんも息を止めます。
すると、前のほうから何かの声が聞こえてきました。
「……ぐうぐう」
「……すぴー」
暗闇の奥で、何かが眠っているようです。
おもちくんはどきどきしました。
「な、なに?」
月うさぎは小声で答えます。
「くつしたモグラだよ」
「モグラ!?」
「起こすと、おしゃべりが止まらないんだ」
おもちくんはあわてて口を押さえました。
二人はそーっと、そーっと歩きます。
すると暗闇の中に、小さな丸い影が見えました。
ふかふかのくつしたを布団みたいにかぶって、モグラたちが眠っています。
鼻ちょうちんをふくらませながら、「ぷう……ぷう……」と寝息を立てていました。
おもちくんは思わず笑いそうになります。
でもその瞬間。
ぺしっ。
「あっ!」
しっぽが壁に当たってしまいました。
すると――。
「んご?」
一匹のモグラが目を開けました。
おもちくんの背中がぞわっとします。
「に、逃げ――」
その前に。
「こんばんはあああ!!」
モグラが飛び起き、大声を出しました。
「お客さんだー!!」
「わああっ!」
次の瞬間、トンネルじゅうのモグラたちが一斉に起き出しました。
「だれー!?」
「どこから来たのー!?」
「おなかすいてるー!?」
「ぼく歌えるよー!」
わあわあ、がやがや。
おもちくんは耳をふさぎました。
「う、うるさーい!」
月うさぎはくすっと笑っています。
「だから言っただろ?」
すると、一番小さなモグラが前へ出てきました。
首には、ボタンでできた青いネックレスをつけています。
「ねえ、きみたち、“光の出口”へ行くの?」
月うさぎがうなずきました。
「ああ。急いでるんだ」
小さなモグラは、急に真剣な顔になります。
「じゃあ気をつけて。さっき、黒いもやが通ったんだ」
おもちくんは息をのみました。
「黒いもや……?」
「うん。こわーい声で笑ってたよ」
その瞬間、遠くのほうで――。
ぞわり。
冷たい風が吹きました。
トンネルの奥から、黒い影がゆらりと動いた気がしたのです。
おもちくんは思わず月うさぎの腕をつかみました。
「……な、なにかいる」
月うさぎの赤い目が、すっと細くなります。
「どうやら、向こうも気づいたみたいだね」




