第2話 「まどのそとの 月うさぎ」
「……たすけて」
あの小さな声を聞いてから、おもちくんはすっかり眠れなくなってしまいました。
戸棚の下を何度ものぞいてみましたが、暗いすき間の奥には何も見えません。
「だれだったんだろう……」
おもちくんは首をかしげながら、自分の部屋へ戻りました。
けれど、ベッドにもぐっても胸がどきどきしています。
風が窓をかすかに揺らし、カーテンがふわりと踊りました。
そのときです。
こんこん。
小さな音が窓から聞こえました。
「え?」
おもちくんは毛布から顔を出しました。
こんこん、こん。
まるで誰かが窓をノックしているみたいです。
おもちくんはそっと窓辺へ近づきました。
そして、カーテンを少しだけ開けて――思わず目を丸くしました。
「うわあっ!」
窓の外に、一羽のうさぎがいたのです。
真っ白な毛並みは月の光を浴びてきらきら輝き、長い耳の先はほんのり青く光っています。
首には小さな銀の鈴。
ちりん、と風に揺れて鳴りました。
「う、うさぎさん……?」
すると、うさぎは赤い目を細めてにっこり笑いました。
「こんばんは、おもちくん」
「えっ!? ぼ、ぼくの名前、知ってるの?」
「もちろん」
うさぎは当たり前みたいにうなずきます。
「ぼくは“月うさぎ”。月の夜にだけ現れるんだよ」
おもちくんはびっくりして、ぱちぱち瞬きをしました。
月うさぎなんて、おとぎ話でしか聞いたことがありません。
「どうしてぼくのところに来たの?」
そう聞くと、月うさぎは窓の向こうで空を見上げました。
まんまるの月が、夜空にぽっかり浮かんでいます。
「君が“声”を聞いたからだよ」
「声……?」
「助けて、っていう小さな声さ」
おもちくんのしっぽがぴんっと立ちました。
「やっぱり! あれ、本当に聞こえたんだ!」
月うさぎは静かにうなずきます。
「あの声は、夜の世界から届いたものなんだ」
「夜の世界?」
「そう。みんなが眠っているあいだにだけ開く、不思議な世界」
おもちくんは思わず窓の外を見ました。
いつもの庭のはずなのに、今夜はどこか違って見えます。
草は銀色に光り、花たちは眠そうにうつむいています。
遠くの森には、青いもやがふわふわ漂っていました。
「……なんだか夢みたい」
「夢じゃないよ」
月うさぎは耳をぴくりと動かしました。
「おもちくん、ぼくと一緒に来る?」
「えっ?」
「助けを呼んでいる子を探しに」
おもちくんの胸がどきんと鳴りました。
少し怖い気もします。
でも、あの声を放っておくことはできませんでした。
「……うん。行く!」
すると月うさぎは、うれしそうにぴょこんと跳ねました。
「じゃあ、窓を開けて」
おもちくんが窓を開けると、ひんやりした夜風が部屋へ流れ込みました。
その瞬間――。
ふわっ。
窓の外へ、月明かりの橋が現れたのです。
「わあ……!」
銀色に光る細い道が、空へ向かってのびています。
まるで月まで続いているみたいでした。
「だいじょうぶ。落ちないよ」
月うさぎはそう言って、ぴょんっと橋の上へ飛び乗りました。
鈴がちりん、と鳴ります。
おもちくんはごくりとつばを飲み込みました。
「ほんとに……だいじょうぶかな」
「ぼくを信じて」
月うさぎは振り返ります。
その赤い目は、夜空の星みたいにやさしく光っていました。
おもちくんは勇気を出して、一歩踏み出しました。
すると橋はふわふわしていて、雲の上を歩いているみたいです。
「すごい……!」
下を見ると、家の屋根がずっと小さく見えました。
庭の木も、池も、おもちゃ箱みたいです。
風が耳の横を通り抜け、夜の匂いを運んできます。
遠くで星たちがきらきら瞬いていました。
「夜って、こんなにきれいだったんだ……」
おもちくんがつぶやくと、月うさぎはにっこり笑いました。
「眠っている子たちは知らないんだ。夜には、ひみつがいっぱいあるってことを」
そのとき。
――たすけて。
また、あの小さな声が聞こえました。
今度は前よりはっきりしています。
おもちくんは立ち止まりました。
「聞こえた!」
「うん。もう近いよ」
月うさぎは空の向こうを見つめています。
その先には、大きな黒い雲が浮かんでいました。
雲の中で、何かが青く光っています。
「あそこにいるんだ」
「助けを呼んでる子が?」
「そう。でも急がないと、夜明けが来てしまう」
おもちくんはぎゅっと拳を握りました。
「行こう、月うさぎさん!」
「ふふっ、いい返事だね」
ちりん。
鈴の音が鳴った瞬間、月の橋がふわっと光りました。
そして二人は、不思議な夜の世界へ向かって走り出したのです。




