第1話 「ねむれない夜のとうもろこしのにおい」
ハムくん→おもちくん に名前を変更しました
その夜、おもちくんはなかなか眠ることができませんでした。
小さな木のベッドにころんと寝転び、ふかふかの毛布を鼻の下まで引っぱっても、どうしても目がぱっちりしてしまうのです。
窓の外では、風がさらさらと草をゆらしていました。
遠くでふくろうが「ホウ、ホウ」と鳴いています。
いつもなら、その音を聞いているうちに、おもちくんはすぐ夢の中へ行ってしまうのでした。
けれど今夜は違いました。
「うーん……どうして眠れないんだろう」
おもちくんは寝返りをうちました。
そのときです。
ふわり。
どこからか、甘くて香ばしいにおいが流れてきました。
「……あれ?」
おもちくんの鼻がぴくりと動きます。
もう一度、すんすん。
すると今度は、もっとはっきり香りました。
ゆでたてみたいにほかほかしていて、おひさまの光をたっぷり浴びた畑を思い出す香りです。
「とうもろこしのにおいだ……!」
おもちくんは思わずベッドから飛び起きました。
とうもろこしはおもちくんの大好物です。
もちろん、毎日食べたいくらい大好きなのですが、お母さんにはいつも「夜に食べすぎると、おなかがいっぱいになっちゃうわよ」と言われています。
だから今日は、夕ごはんのあとに少ししか食べられませんでした。
そのことを思い出したとたん、おなかが「ぐう」と鳴りました。
「こんな夜中に、だれかとうもろこしをゆでてるのかな……?」
おもちくんはそっと部屋のドアを開けました。
廊下はしんとしていて、家族はみんな眠っているようです。
お父さんの部屋からは「ぐごーっ、ぐごーっ」という大きないびき。
お母さんの部屋からは、小さな寝息。
妹のミミちゃんは、ぬいぐるみを抱きしめたまま、夢の中で笑っていました。
「みんな寝てるのに……」
おもちくんは首をかしげます。
けれど、あの香りはまだ漂っていました。
しかもさっきより強くなっています。
すん。すんすん。
鼻をたどるように歩いていくと、香りはどうやら階段の下から流れてきているようでした。
おもちくんはそろそろと階段を降ります。
ぎしっ。
古い木の階段が鳴って、おもちくんはびくっとしました。
「しーっ……」
自分で自分に言い聞かせながら、一段ずつ慎重に降りていきます。
下の階は真っ暗でした。
月明かりだけが窓から差し込み、テーブルの上を青白く照らしています。
そのとき。
かたん。
台所のほうで、小さな音がしました。
おもちくんの耳がぴんと立ちます。
「……だれ?」
返事はありません。
でも、とうもろこしの香りはそこからしています。
おもちくんはどきどきしながら台所へ向かいました。
すると――。
「あっ!」
テーブルの上に、小さなとうもろこしが置いてありました。
月の光を浴びて、黄色いつぶがつやつや光っています。
「とうもろこしだ!」
おもちくんは思わず駆け寄りました。
まるで宝物みたいにきれいなとうもろこしです。
近づくと、甘い香りがふわっと広がりました。
「こんなの見たことない……」
おもちくんがそっと手を伸ばした、その瞬間。
ころん。
とうもろこしがひとりでに転がったのです。
「えっ?」
ころころころ。
とうもろこしはテーブルの端まで転がると、ぴたりと止まりました。
そしてまた、ころころ。
今度は床へ落ちると、そのまま台所の奥へ進んでいきます。
「ま、待って!」
おもちくんはあわてて追いかけました。
とうもろこしはまるで「こっちだよ」と案内しているみたいです。
食器棚の横を通り、古い戸棚の前で止まりました。
そこは、ふだん誰も使わない小さな物置でした。
おもちくんは首をかしげます。
「こんなところに、何があるんだろう……?」
すると、とうもろこしがまたころりと転がり、戸棚の下のすき間に入り込みました。
「あーっ!」
おもちくんは床にぺたりと寝そべり、すき間をのぞき込みます。
暗くてよく見えません。
でも、奥のほうで何かがきらりと光りました。
それは、まるで小さな星のようでした。
「……?」
おもちくんが目をこらした、そのときです。
すき間の奥から、かすかな声が聞こえました。
「……たすけて」
おもちくんのしっぽが、ぴんっと立ちました。
「い、今の声……誰!?」
しん、と静まり返る台所。
外では風が木をゆらしています。
けれど、たしかに聞こえたのです。
「たすけて」――と。
おもちくんは、ごくりとつばを飲み込みました。
ねむれない夜は、どうやらまだ終わりそうになかったのです。




