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第12話 「やさしいオオカミとあった夜」

 月の湖の底で、巨大な黒い影がゆらりと動きました。

 ちゃぷん。

 静かだった湖に、大きな波が広がります。

「きゃあっ!」

 ホタルくんがおもちくんの後ろへ隠れました。

 ボートはぐらぐら揺れています。

 月うさぎは湖をじっと見つめました。

「急ごう」

 ボートは月の光に押されるように、島へ向かって進んでいきます。

 でも、水の下の影も一緒に動いていました。

 黒くて長い影。

 まるで湖そのものが生きているみたいです。

 おもちくんはごくりとつばを飲み込みました。

「こ、こわい……」

 そのとき。

 どんっ!

 突然、ボートが大きく揺れました。

「うわあっ!」

 おもちくんはあわててふちにつかまります。

 湖の中から、黒いもやが飛び出してきたのです。

 ――くくく。

 赤い目がぎらりと光ります。

「くらやみぐも!」

 ホタルくんの光が震えました。

 くらやみぐもはボートのまわりをぐるぐる回ります。

 冷たい風が吹き、月の光が少しずつ暗くなっていきました。

「夜の門へは行かせない……」

 低い声が響きます。

 おもちくんは必死に立ち上がりました。

「負けない!」

 でも、その瞬間。

 ざばん!!

 湖の水が大きく跳ね上がりました。

 そして、何かがくらやみぐもに飛びかかったのです。

「なっ!?」

 黒い影は、水しぶきの中へ吹き飛ばされました。

 ボートの前に立っていたのは――。

 一匹の大きなオオカミでした。

「えっ……!」

 銀色の毛並み。

   鋭い牙。

   月みたいに光る金色の目。

 オオカミは低くうなります。

「……ここから先へ行きたければ、私の後ろにいろ」

 声は低くて迫力がありました。

 ホタルくんは震えながら、おもちくんの耳元でささやきます。

「こ、こわそう……」

 たしかに、オオカミはとても怖そうでした。

 大きな爪に、鋭い目。

 でも不思議なことに、おもちくんはなぜか“悪い人じゃない”と思ったのです。

 くらやみぐもは、怒ったように渦を巻きます。

 ――邪魔をするな。

「するさ」

 オオカミは静かに答えました。

「お前を夜の門へ近づけるわけにはいかない」

 次の瞬間。

 くらやみぐもが襲いかかりました。

 黒いもやが、びゅうっと広がります。

 でも、オオカミは素早く飛び上がりました。

 ざんっ!

 銀色の爪が光り、黒いもやを切り裂きます。

「すごい……!」

 おもちくんは思わず声をあげました。

 くらやみぐもは苦しそうにうなり、湖の底へ逃げていきます。

 しばらくして、静けさが戻りました。

 オオカミは、ふうっと息を吐きます。

 でもその肩には、黒い傷のようなものが広がっていました。

「あっ、けがしてる!」

 おもちくんはあわてて近づきます。

 オオカミは少し驚いた顔をしました。

「……近づくな。怖くないのか?」

「怖いけど……」

 おもちくんは雲のブランケットを取り出しました。

「痛そうだもん」

 そっと肩にかけると、黒い傷が少しずつ薄くなっていきます。

 オオカミの金色の目が、静かに揺れました。

「どうして優しくする」

「だって、助けてくれたでしょ?」

 おもちくんが笑うと、オオカミは黙り込みます。

 月うさぎが静かに口を開きました。

「久しぶりだね、ルーク」

「……その名前で呼ぶな」

 オオカミ――ルークは顔をそむけました。

 ホタルくんが小声で聞きます。

「知り合いなの?」

「昔、この湖を守っていたんだ」

 月うさぎの声は静かでした。

「でも、ある夜から姿を消した」

 ルークは湖を見つめたまま、ぽつりと言います。

「私は、守れなかったんだ」

「え?」

「くらやみぐもに、大切な友達を連れていかれた」

 風が、しゅうっと吹き抜けました。

 ルークの目は、とても寂しそうです。

「それから私は怖くなった。また誰かを失うのが」

 おもちくんは胸がぎゅっとなりました。

 怖そうに見えたオオカミは、本当はずっと悲しかったのです。

「……でも」

 おもちくんは小さく言いました。

「ルークさん、さっきぼくたちを助けてくれたよ」

 ルークは驚いたようにおもちくんを見ました。

「だから、ちゃんと守れてると思う」

 しばらく静かな時間が流れます。

 やがてルークは、小さく笑いました。

 本当に少しだけ。

 でも、月の光みたいにやさしい笑顔でした。

「変な子だな、お前は」

 そのとき。

 ゴゴゴ……。

 島の向こうで、大きな音が響きました。

 銀色の塔――夜の門が、黒いもやに包まれ始めていたのです。

 月うさぎの耳がぴんと立ちました。

「まずい……!」

 ルークはすぐに立ち上がります。

「急ぐぞ」

 そして、金色の目でおもちくんを見ました。

「今度は、私も一緒に戦う」

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