表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

報告

 玄関のドアが開く音がした。


 鍵が回る、小さな音。そのあと、扉がゆっくりと開く。


 「……ただいま」


 母の声は、いつもより少しだけ低かった。


 私は、リビングでテレビをつけたまま、ソファに座っていた。


 画面にはバラエティ番組が流れていて、誰かが大げさに笑っている。


 でも、内容はまったく頭に入ってこなかった。私が病院から帰ってきたときには

 

 誰もいなかった。検査結果が気になり何も手につかない。


 玄関の音を聞いた瞬間、体が少しだけ固まった。


 足音が近づいてくる。


 リビングの扉が、ゆっくり開いた。


 入ってきたのは母と姉だった。


 その顔を見た瞬間——


 全部、わかった。いや、わかった気がした。


 「ああ」


 小さく、声が出た。すっと一緒にいるのだ察せられることもある。


 きっと私の事なのではないかと…


 空気が、重い。


 さっきまで流れていたテレビの笑い声が、場違いに響いている。


 私はリモコンを手に取って、音を消した。


 部屋が、一気に静かになる。


 「お母さん、お姉ちゃん……座ってよ」


 自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。


 二人が、ゆっくりとソファの向かいに座る。


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。


 

 母はどう言えばいいのかわからない。


 頭の中で、何度も繰り返した言葉。


 でも、いざ目の前にすると、頭が真っ白になってしまう。


 目の前にいるのは、いつもの娘で。


 笑っている顔しか思い浮かばない娘で。


 この子に、検査結果を——


 喉が、詰まる。


 「……あのね」


 声が、震えた。


 咲夜は母の手が、膝の上で強く握られているのを見ていた。


 その爪先が、手のひらに食い込むぐらい強く握りこまれている


 母は、言えない。そう思った。


 でも、言わなければいけない。


 「検査の結果なんだけど」


 咲夜の声が、部屋に落ちる。


 その瞬間、空気がさらに重くなる。


 友希恵は、やっぱり、と思った。


 もうどこにも逃げ場はない。


 でも、不思議と落ち着いていた。


 「うん 私も気になってた」


 うなずき、続けて、言った。


 「いいよ、言って」


 その一言で、母の目に涙が浮かんだ。


 母はもう、隠せないと悟り、ぽつりと言った。


 「……癌、だって」


 やっと絞り出した言葉だった。


 その瞬間、今までこらえてきた涙がこぼれた。


 


 


 “がん”


 その言葉は、思っていたより静かに入ってきた。


 なぜかわからないが驚きは、なかった。


 ただ、ひとつ確認するように聞いた。


 「どこ?」


 咲夜は質問が、あまりにも冷静で胸が、締め付けられる思いだった。

 

 「……膵臓」


 言った瞬間、空気が止まる。


 「膵臓?」


 聞いたことはある。テレビで見たときは、見つかるころには手遅れになる事が


 ある。というにわか知識。 


 でも、私の中では縁遠い言葉だった。


 ——ああ、やっぱり軽いやつじゃないな。


 頭のどこかで、冷静に判断している自分がいた。


 「……どれくらい?」


 少しだけ、声が低くなる。


 (母の視点)


 その問いに、息が詰まる。


 言いたくない。


 でも、言わないといけない。


 「……もう、進んでるって……」


 涙が止まらなかった。続けて


 「手術は、難しいって……」


 その一言で、部屋の空気が完全に変わった。


 ——ああ。


 そこで、全部つながった。


 終わりが、見えた。でも、思ったより、怖くなかった。


 それよりも——


 目の前で泣いている母と姉を見る方が、つらかった。


 「そっか ごめんね」


 静かに言う。


 その一言で、母が声を上げて泣いた。


 どうしてこの子は、こんなに落ち着いているの。


 どうして、私のほうが泣いてるの。


 「ごめんね……ごめんね……」


 何度も繰り返す。


 「なんで謝るの」


 少しだけ笑った。泣いている人を見ると逆に落ち着くあれだねきっと…


 自分でも驚くくらい、穏やかだった。


 「別に、お母さんのせいじゃないじゃん お母さんから聞けて良かったよ」


 そう言いながら、心の奥で小さく何かが揺れる。


 でも、それを見ないふりをした。


 今は、それよりも——


 この場を、ちゃんと受け止めるほうが大事だと思った。


 「……ねえ」


 二人が顔を上げる。


 「泣くの、あとにしない?」


 少しだけ笑って言った。


 「今はさ、ちゃんと話そうよ」


 その言葉に、姉が目を閉じてうなずく。


 母も、涙を拭きながら何度も頷いた。


 ——逃げられない。だったら、ちゃんと向き合うしかない。


 そう思った。


 この日から、私の命にタイムリミットがついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ