精密検査の結果と覚悟
母・・・柊 早紀子
姉・・・柊 咲夜
主人公(妹)・・・柊 友希恵
彼氏・・・伊藤 太一
母親の元に知らない番号からの着信が鳴る。
少しだけ迷ってから、出た。
「動輪病院の者ですが——」
その瞬間、胸がざわついた。
「娘さんの検査結果について、お話があります これから動輪病院へお越しいただけますか?」
手が、わずかに震える。
自分だけでは心もとなくて咲夜(友希恵の姉)に連絡し、一緒についてきてもらうことにした。
咲夜と合流し、車に乗り、急ぎ病院へ向かう。
道中では一切の会話はなく、ただただ病院へ向かって車を走らせる。
病院につき受付に
「柊 早紀子と申します。柊 友希恵のことで参りました」と伝えると
病院の一室へ案内された。
白い机と、硬い椅子がある。自分たちが座ると医師とみられる人が椅子に座っており資料を広げる。
「精密検査の結果ですが——」
言葉が落ちる。
「膵臓に悪性腫瘍が確認されました」
空気が、凍る。
画像に映る、はっきりとした影。
「すでに進行しており、周囲への浸潤も見られます」
耳鳴りがする。言葉が遠くなる。
「手術は……」
声がうまく出ない。
「現時点では、根治は難しいと考えられます」
その一言で、現実が決まった。
「抗がん剤治療が中心になります」
“延命”
その言葉が、重く残る。
医師は、一度言葉を区切った。
「ご本人への告知ですが——」
二人の視線が、同時に上がる。
「こちらから直接お話しすることもできますし、ご家族からお伝えいただくことも可能です」
選ばなければいけない。
あの子の顔が浮かぶ。笑っている顔。
あの子に、この現実を——
「……私たちから、伝えます」
気づけば、そう言っていた。
咲夜が、小さくうなずく。
怖い。でも——
他人の口から聞かせたくなかった。
あの子には、ちゃんと向き合って伝えたい。
それが、母親としての最後の役目のような気がした。
部屋を出たあと、二人はしばらく動けなかった。
白い廊下。
蛍光灯の光が、やけに強く感じる。
さっきまで座っていた部屋の扉が、すぐ後ろにあるのに。
もう、今までの普通が崩れ落ちた気がした。
足の感覚が、少しおかしい。地に足がついていない感じがする。
夢の世界にいる様に、どこかふわふわしている。
「……お母さん」
隣で姉が小さく呼ぶ。
その声で、ようやく現実に引き戻された。
「うん……」
返事はしたけど、自分の声じゃないみたいだった。
さっきの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
——膵臓に悪性腫瘍。
——進行している。
——手術は難しい。
どれも、理解できる言葉なのに。
ひとつも、受け止めきれていない。
それでも帰らなければと歩き出す。
廊下の先にあるエレベーターへ向かう。
足音だけが、やけに響く。
エレベーターの前で立ち止まる。
ボタンを押す指が、少し震えていた。
静かな待ち時間。
咲夜は、何も言わない。
言葉にした瞬間、全部が本当になってしまいそうで。
「……どうしよう」
頭の中で考えていたことが思わず口に出てしまった。
その一言が、あまりにも重くて。受け止めきれていない。
そんな様子の母を見て、咲夜が
「……伝えないと」
自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。
母が、ゆっくりとこちらを見る。
「うん……」
小さく、うなずく。
その目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
エレベーターが到着して、扉が開く。
中に入ると、鏡に二人の姿が映る。
いつもの自分たちなのに。
どこか別人みたいに見えた。
扉が閉まる。
下降する感覚。
その沈黙の中で、母の肩が、わずかに震えた。
早紀子は堪えていたものが、少しずつあふれてくる。
「なんで……」
声にならない声。
あの子は、元気だった。笑っていた。
普通に、毎日を過ごしていた。
それなのに。どうして。
「……なんで、あの子なの」
小さく、こぼれた。
咲夜は、その言葉を聞いて、何も返せなかった。
答えなんて、どこにもない。
ただ、母の背中にそっと手を置く。
それだけしかできなかった。
エレベーターを降りて、外に出る。
ガラスの扉が開いた瞬間、外の光が差し込んできた。
まぶしい。こんなに明るいのに。
さっきまで聞いていた話とのギャップが、頭の中でうまくつながらない。
空が、青い。
それが、信じられなかった。
こんな日に、空はこんなに普通なんだ。
涙が、こぼれる。
人目も気にせず、立ち止まってしまった。
「……お母さん」
咲夜が、少し強めに名前を呼ぶ。
その声に、はっとする。
ここで崩れてはいけない。
あの子に、伝えなきゃいけない。
ちゃんと逃げずに。
母が、ゆっくりと息を吸う。
そして、涙を拭いた。
その仕草を見て、少しだけ安心した。
まだ、大丈夫。
「お母さん……一緒に言おう」
静かに言う。
母は咲夜を見て、うなずく。
「うん……一緒に」
その言葉は、小さかったけど、確かだった。
駐車場へ向かって歩き出す。
足取りは重い。でも、止まらなかった。
——あの子に伝えるために。
その覚悟だけを、胸に抱えながら。




