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たくさんのサヨナラと愛に笑おう  作者: 横ヤン


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19/23

旅立ち

目が覚めた。


白い天井が見える。


ぼやけている。


焦点が合わない。


何度か瞬きをしてみる。


それでも変わらなかった。


窓の向こうから柔らかな光が差し込んでいる。


朝なのか昼なのかもよく分からない。


私はゆっくり息を吸った。


肺の奥まで空気が届かない。


胸の奥が苦しい。


喉も乾いている。


腕を動かそうとしてみる。


重い。


思うように動かない。


指先だけが少し反応した。


視線を横へ向ける。


太一がいた。


椅子に座ったまま眠っている。


姉もいる。


壁にもたれながら目を閉じている。


母は私のベッドの横で手を握ったまま俯いていた。


みんな疲れている。


それだけ長い時間、私のそばにいてくれたのだろう。


私は少しだけ笑った。


「ごめんね」


声にならない。


心の中で呟く。


病室は静かだった。


機械の音だけが規則的に鳴っている。


私は天井を見上げた。


不思議だった。


怖くなかった。


もっと怖いと思っていた。


もっと取り乱すと思っていた。


死にたくないと叫ぶと思っていた。


でも今は違う。


ただ静かだった。


長い長い一日が終わろうとしているような感覚。


そんな感じだった。


ふと高校時代を思い出した。


太一と出会った日。


同じクラスになった日。


初めて一緒に帰った日。


告白された日。


手を繋いだ日。


喧嘩した日。


仲直りした日。


数えきれない時間。


人生の半分以上を一緒に歩いてきた。


あの頃はこんな未来を想像もしなかった。


結婚して。


年を取って。


普通に生きていく。


そう思っていた。


でも人生は思い通りにはならない。


それでも。


太一と出会えたことだけは。


間違いなく私の宝物だった。


母の顔を見る。


たくさん迷惑をかけた。


たくさん心配もかけた。


病気が分かってからはなおさらだった。


それでも母は一度も弱音を吐かなかった。


私が泣きそうになるたびに笑ってくれた。


姉もそうだった。


自分だって辛いはずなのに。


いつも前を向かせてくれた。


旅行のことを思い出す。


車いすで見た海。


風。


波の音。


夕日。


みんなの笑い声。


あの日は幸せだった。


本当に幸せだった。


生きていて良かったと思えた。


会社のみんなも。


同級生たちも。


杏子も。


さゆりも。


たくさんの人が私を支えてくれた。


病気になって失ったものはたくさんある。


仕事。


健康。


未来。


できなくなったことも数えきれない。


でも。


失ったものばかりじゃなかった。


病気になったから見えたものもある。


気付けたものもある。


私は一人じゃなかった。


最後まで。


本当に最後まで。


たくさんの人が手を伸ばしてくれた。


私は愛されていた。


その事実だけが胸に残る。


ゆっくりと視線を動かす。


母が目を覚ました。


私と目が合う。


驚いた顔をしたあと。


少し笑った。


「もう目覚めないかと思った 良かった」


声が震えている。


私は小さく頷く。


声は出ない。


でも伝わった。


母が私の手を握り直す。


温かい。


ずっと握っていてくれたのだろう。


そう思っているうちに、


太一と姉も目覚めた。


二人とも安堵した表情をしていた。


太一は私の手を握って


「みんな呼ぶからな」


太一が立ち上がる。


私は首を振った。


呼ばなくていい。


そう伝えたかった。


みんなもう十分だ。


十分過ぎるくらい一緒にいてくれた。


太一はその意味を理解したようだった。


目を潤ませながら頷く。


私は笑った。


ちゃんと笑えたと思う。


母が泣きそうになる。


姉も唇を噛んでいる。


私はもう一度笑った。


泣かないで。


そう伝えたかった。


病室に朝の光が差し込む。


暖かかった。


まるで春の日向のようだった。


呼吸が少しずつ浅くなる。


遠くで誰かの声がする。


聞こえる。


でも言葉は分からない。


身体の感覚が少しずつ遠ざかっていく。


不思議と苦しくはない。


ただ眠い。


とても眠い。


目を閉じる。


瞼の裏にたくさんの顔が浮かぶ。


笑っている。


みんな笑っている。


私も笑う。


そして。


やっと気付いた。


私はずっとみんなとどうやってサヨナラすればいいか考えてた。


失うものばかり見ていた。


でも違った。


本当に最後に残ったものは。


もっと温かいものだった。


もっと大切なものだった。


**最後に残ったのは、サヨナラじゃなくて、愛だった。**


ありがとう。


みんな。


本当にありがとう。


そう思いながら。


私は静かに目を閉じた。


暗闇の中に意識が途絶える。


私は、もう二度と目を覚ますことはなかった。

後、もう少しで完結です。

もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

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