そして、日常は少しずつ終わりへ向かう
旅行から帰った翌日。
私は昼過ぎまで眠っていた。
身体中が鉛みたいに重かった。
楽しかった。
本当に楽しかった。
だけど同時に理解していた。
あの旅行で、私は残っていた体力をかなり使ったのだと。
ベッドから起き上がろうとしても腕に力が入らない。
背中の痛みも強くなっていた。
以前なら痛み止めを飲めば少し楽になった。
最近は薬が効いている時間が短くなっている。
私は天井を見上げた。
旅行の帰り道。
車の窓から見た夕焼けを思い出した。
不思議だった。
後悔はなかった。
むしろ満たされていた。
人生最後の旅行になるかもしれない。
そう思って出掛けた。
そして無事に帰ってくることができた。
数日後。
帰還後に病院の診察に行った。
主治医は状態を見ながら静かに話していた。
病変は少しずつ広がっていた。
もう驚きはなかった。
むしろ納得していた。
身体が教えてくれていたから。
以前は歩けていた距離が歩けない。
以前は食べられた量が食べられない。
以前は笑いながら話せた時間が続かない。
全部。
身体が答えを教えてくれていた。
診察室を出たあと。
母は無言だった。
姉も何も話さなかった。
太一だけがいつもの調子で言った。
「帰ったらアイス食うか」
私は笑った。
「食べられたらね」
「半分食えば上出来だ」
「欲張り」
「お前に言われたくない」
三人とも笑った。
その笑い声を聞いているだけで幸せだった。
それから少しずつ。
本当に少しずつ。
私はできないことが増えていった。
階段を使えなくなった。
入浴を手伝ってもらうようになった。
車いすの時間が長くなった。
そしてある日。
一人で立ち上がれなくなった。
その時だけは少し泣いた。
トイレへ行こうとして転びそうになった。
姉が慌てて支えてくれた。
「危ない!」
私は情けなかった。
悔しかった。
泣きたくなかった。
でも涙が出た。
「ごめん」
思わず口に出た。
すると姉は少し怒った。
「なんで謝るの」
「だって」
「私がお姉ちゃんなんだから当たり前でしょ」
姉の目も赤かった。
私は何も言えなくなった。
母は以前より家にいる時間が増えた。
私が寝ている間も何度も様子を見に来る。
布団を直して。
水分を飲ませて。
体調を確認して。
まるで子どもの頃に戻ったみたいだった。
私はそんな母を見るたびに思った。
もっと親孝行したかった。
もっと元気な姿を見せたかった。
でも母は一度もそんなことを言わなかった。
ただ。
いつも笑っていた。
泣きそうな顔で。
笑っていた。
太一は毎日のように来ていた。
仕事が終わると顔を出す。
何をするわけでもない。
テレビを見る。
一緒に写真を見る。
昔話をする。
それだけだった。
ある日。
高校の卒業アルバムを見ていた。
「あった」
太一が笑う。
「なに?」
「この写真」
私は見る。
文化祭の写真だった。
私は焼きそばを持っている。
太一は隣で変顔をしている。
「ひどい顔」
「お互い様だろ」
二人で笑った。
少し沈黙が流れる。
そして太一が言った。
「旅行、楽しかったな」
私は頷く。
「うん」
「行けて良かった」
「うん」
太一はそれ以上何も言わなかった。
でも分かった。
同じことを考えている。
あれが最後になるかもしれない。
そう思っている。
それでも口には出さなかった。
言葉にしたら本当になってしまいそうだったから。
毎週のビデオ通話は続いていた。
最初は二時間。
三時間。
平気で話していた。
今は三十分が限界だった。
途中で息が上がる。
声がかすれる。
言葉が続かない。
それでもみんなは毎週集まってくれた。
杏子は相変わらずだった。
「おい友希恵」
「なに」
「死ぬなよ」
私は笑う。
「無理言うな」
「だよな」
みんなが笑う。
でも。
笑い声の奥にある感情を私は知っていた。
みんな分かっている。
私も分かっている。
だからこそ。
今この時間が大切だった。
ある夜。
通話が終わったあと。
私はスマホの画面を見つめていた。
画面は真っ暗になっている。
さっきまでみんながいた場所。
笑い声が響いていた場所。
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
私はそれを抱えたまま生きていた。
冬が近付いた頃。
私はもう起き上がることができないくらいに衰弱していた。
もう長くない。
だけど不思議だった。
怖さより先に思ったことがある。
すべてに”ありがとう”だった。
笑いがこみ上げる。
なんでだろう?でもはっきりとそう思う。
少し気持ちが高ぶっただけでも動悸が激しくなる。
苦しいを通り越して眠くなる。
目を閉じるとストンと意識を手放した。




