サヨナラ 3
会場は、駅前の小さな居酒屋だった。
太一と一緒に暖簾をくぐると、懐かしい声が一斉に耳に入る。
「おー!来た来た!」
「久しぶり!」
その声に迎えられて、少しだけ肩の力が抜けた。
「久しぶり」
笑いながら、手を振る。
見慣れた顔。
でも、少しずつ変わっている。
大人になった顔。
それでも、笑い方はあの頃のままだった。
席に座ると、すぐにグラスが置かれる。
「とりあえず乾杯な!」
誰かの声で、みんながグラスを持つ。
「乾杯!」
グラスが触れ合う音。
その瞬間、時間が少しだけ巻き戻った気がした。
「でさー、あの時の先生覚えてる?」
「覚えてるわけないだろ」
「いや絶対覚えてるって!」
笑い声が、次々に重なる。
くだらない話。昔話。
誰が何してるとか。
結婚したとか、子どもがいるとか。
話題は尽きない。
その中で、自分も自然に笑っている。
——楽しい。
本当に、楽しい。
だからこそ。
少しだけ、苦しい。
太一が心配そうな顔をしてこちらを見ている。
そんな、太一と目が合う。
少しだけ、視線を逸らす。
この空気を壊したくなかった。
今だけは。ただの“同級生”でいたかった。
時間が進む。
お酒も回って、空気が柔らかくなる。
「そういえばさ」
誰かが言う。
「お前ら、まだ付き合ってんの?」
一瞬、空気が止まる。
視線が一斉に集まる。
私は、少しだけ笑う。
「まあね」
軽く答える。
「すげえな、何年目だよ」
「……高校からだから」
指折り数えて、苦笑する。
「長っ!」
笑いが起きる。
そのやり取りをしながら、胸の奥が締め付けられる。
“これから”の話が、できない。
この場で、その未来は続かない。
それが、現実だった。
トイレに立つふりをして、席を外す。
廊下は少し静かで、空気がひんやりしていた。
鏡の前に立つ。
少し赤くなった頬。
笑っていた顔。
でも、目の奥は少し違う。
「……ほんと、楽しいなあ」
ぽつりと呟く。
その言葉が、少しだけ震える。
「ギィ……」
ドアが開く音。
振り返ると、太一がいた。
「抜けてくると思った」
小さく笑っている。
「バレた?」
「バレるわ」
少しだけ沈黙。
さっきまでの賑やかさが、遠く感じる。
「あのさ」
太一が口を開く。
「言わなくていいのか」
少しだけ、考える。
この場で言うこともできる。
でも——
首を横に振る。
「いいよ」
「今日は、普通でいたい」
その言葉に、太一は何も言わなかった。
ただ、少しだけうなずく。
「最後にさ」
少しだけ笑う。
「みんなで笑っときたいじゃん」
その言葉に、太一の表情が揺れる。
「なあ、俺は傍にいるから、何があっても傍にいるから」
何とも苦痛というか苦い表情の太一が言った。
「わかってるよ、だから、甘えさせてもらってます」
はにかむように笑って答える。
「本当に?」
「うん、ありがとう じゃあ、戻ろっか」
「そうだね」
席に戻ると、また笑い声が迎えてくれる。
その中に、自然に溶け込む。
話して、笑って。
何度もグラスを合わせる。
隣の席に杏子がやってきた。
私の親友と呼べる唯一無二の存在。
「ねえ、何か痩せた?ダイエット中?」
「別に何もしてないよ?」
「ふーん、気のせいか(笑)」
最近の近況を聞く。
いつもの会話、学生の頃の…
だけどどこかぎこちない感じがする。
杏子が不意に尋ねる。
「なんか隠してる?」
「えっ!隠し事なんてするわけないじゃん」
杏子は不思議そうな顔をする。
「あんた、昔の癖が出てるよ」
「癖って何よ」
「あんたが困ったときとかにする表情 私にはわかるんだよ」
「何それ」
笑ってごまかす。
「言いたくないなら別にいい」
口をとがらせながら
杏子が不貞腐れる。
「親友と思ってるのは私だけか?」
「もうちょっと待って 必ず話すから」
私は困ったように言う。
杏子も「それじゃあ、その時まで待つよ」と言った。
どうやら納得してくれたようだった。
宴もたけなわになる。
帰り際。
店の前で、みんながばらばらに解散していく。
「また集まろうな!」
誰かが言う。
少しだけ、間を置いて。
笑う。
「うん、またね」
その言葉を、大事に言う。
みんなが去っていく。
夜の空気が、少し冷たい。
隣に、太一がいる。
「……やっぱり、言えないね 難しいな、ほんと」
小さく呟く。
「でも、ちゃんと会ってよかったよ」
その言葉に、太一は静かにうなずいた。
——過去の自分とも、ちゃんとサヨナラできた気がした。




