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たくさんのサヨナラと愛に笑おう  作者: 横ヤン


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13/23

閑話 医師の葛藤

診察室の窓の外では、春の雨が降っていた。


灰色の空。


雨粒が窓を流れていく。


私はカルテを閉じた。


患者名。


佐藤友希恵。


三十六歳。


若い。


あまりにも若い。


医者になって十五年。


癌の告知は何度も経験してきた。


それでも。


慣れたことは一度もない。


慣れてはいけないとも思う。


データを見つめる。


CT画像。


MRI画像。


血液検査。


病理結果。


診断は確定している。


膵臓癌。


すでに周囲への浸潤が認められ、肝臓にも転移がある。


根治は難しい。


今の医学では、治すことはできない。


その事実は変わらない。


何度見直しても。


何度確認しても。


結果は同じだった。


電話を取る。


患者本人ではなく、まず母親へ連絡する。


検査前に提出された連絡先。


「大切なお話があります」


そう伝える。


受話器の向こうが静かになる。


私は何度も経験している。


この沈黙の意味を。


電話を切った後も、しばらく受話器を見ていた。


嫌な仕事だと思う。


正直に言えば。


誰かの人生を大きく変えてしまう言葉を、自分が伝えなければならない。


それは何度やっても苦しい。


数日後。


母親と姉が診察室に入ってきた。


顔色が悪い。


眠れていないのだろう。


目の下に影ができている。


私は画像を開いた。


そして説明を始める。


「膵臓に腫瘍が見つかっています」


「残念ながら悪性です」


「膵臓癌です」


その瞬間。


母親の肩が小さく震えた。


姉が唇を噛む。


私は続ける。


説明をやめるわけにはいかない。


「さらに肝臓への転移も確認されています」


「現在の医療では完治を目指すことは難しい状態です」


母親が顔を覆った。


声は出ない。


診察室にはエアコンの音だけが聞こえていた。


いつも思う。


この瞬間だけは。


どんな言葉も無力だ。


慰めも。


励ましも。


意味を持たない。


家族の世界が壊れる音を、私は何度も見てきた。


それでも。


嘘だけはつけない。


「治ります」


そう言えば一瞬は楽になるかもしれない。


だが、それは患者を裏切ることになる。


だから事実を伝える。


苦しくても。


残酷でも。


それが医師の仕事だからだ。


説明が終わったあと。


母親が聞いた。


「先生……どれくらいなのでしょうか」


私は少し沈黙した。


最も難しい質問だった。


余命。


患者も家族も知りたい。


だが医師は未来を見られない。


統計はある。


経験もある。


しかし。


目の前の人が何日生きるかなど、誰にも分からない。


私は慎重に言葉を選んだ。


「余命は予言ではありません」


母親と姉が顔を上げる。


「統計上のお話はできます」


「ですが、実際にはそれより短い方もいますし、長く生きる方もいます」


私は続ける。


「大切なのは残された期間をどう過ごすかです」


そう言いながら。


自分でも綺麗事に聞こえた。


けれど本心だった。


治せない以上。


残された時間の質を守るしかない。


それが今の医療にできることだった。


説明が終わり。


家族が帰ったあと。


私は一人になった診察室で椅子にもたれた。


疲れていた。


告知の日はいつもそうだ。


体力ではなく。


心が疲れる。


机の上には次の患者のカルテが置かれている。


時間は止まらない。


次の診察が始まる。


また誰かを救う日もある。


救えない日もある。


それでも診察室に座り続ける。


願うことしかできない。


どうか彼女が。


残された時間の中で。


一つでも多く笑えますように。


そしていつか。


最期の瞬間に。


「悪くない人生だった」


そう思えますように。


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