サヨナラ 2
会社での別れを終え、感傷に浸るなか少し考える。
「今度さ、皆でで集まらない?」
そう言ったとき、母は少しだけ驚いた顔をした。
「急にどうしたの?」
「たまにはいいじゃん」
できるだけ軽く言う。
理由なんて、言えるわけがない。
でも、これが“親族と会う最後の機会になるかもしれない”なんて、言えなかった。
数日後。
母の実家には、親戚たちが集まっていた。
玄関を開けた瞬間、懐かしい匂いがする。
煮物の匂い。
味噌の匂い。
「いらっしゃい!」
叔母の明るい声。
「久しぶりじゃない!」
次々に声をかけられる。
「ほんと久しぶり」
笑って答える。
それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。
居間には、すでに料理が並んでいた。
テーブルいっぱいに広がる皿。
子どもの頃から変わらない光景。
「ほら座って座って」
促されるままに座る。
誰かがビールを注いで、誰かが笑って。
会話が自然に始まる。
「仕事どうなの?」
「ちゃんと食べてるの?」
いつもの質問。
いつものやり取り。
でも——
今日は、ひとつひとつがやけに大事に感じる。
あの子が、よく笑っている。
いつも以上に。
それが、少しだけ怖い。
でも、何も言わない。
この時間を壊したくなかった。
「そういえばさ」
ふと、口を開く。
「昔、ここでよく怒られてたよね、私」
笑いながら言うと、
「あーあったあった!」
叔父が大きく笑った。
「勝手に外行って迷子になったやつだろ」
「そうそれ!」
「あの頃のお前は本当にヤンチャで、大人の言うことなんて聞きやしなかったもんな」
「そうだった?好奇心に勝てなかっただけだよ」
みんなが笑う。
その中で、自分も笑う。
——覚えてるんだ。
こんな小さなことまで。
周りの空気が暖かい大切な時間……でも、言わなきゃいけないんだ……
食事が進んで、少し落ち着いた頃。
ふと、言葉の途切れる静かな時間ができた。
その隙間に、言葉がこぼれる。
「ねえ」
みんなの視線が、こちらに集まる。
少しだけ、心臓が跳ねる。
でも—— 逃げない。
「ちゃんと、ありがとうって言っとこうと思って」
その言葉に、場の空気が変わる。
「今までさ、いろいろお世話になったし」
笑いながら言う。
でも、声が少しだけ揺れる。
「ほんとに、ありがとう」
一瞬、静寂。
叔母は、すかさず言葉を投げ掛ける。
「何よ急に!何かあったの?」
「いや、何でもないよ……何となく言いたくなっただけだよ」
「今生の別れでもあるまいし、いきなり感謝なんてびっくりするじゃない」
「ごめん……まあ、感謝なんだから良いじゃん」
少し誤魔化された感じがしたが思わず
「いいから食べなさい」
少し照れ隠しで誤魔化したようだった。
私は、その言葉に、少しだけ救われる。
——これでいい。
全部言わなくていい。
ただ、この時間をちゃんと持てれば。
帰り際。
玄関で靴を履く。
「また来なさいよ」
そう言われて、少しだけ間があく。
でも、すぐに笑う。
「うん、またね」
その“またね”に、少しだけ力を込めた。
外に出ると、空気が少し冷たかった。
振り返ると、実家の灯りがあたたかく光っている。
「……よかった」
小さく呟く。
皆に会えた。笑って伝えられた。
それだけで良かった。




