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十三、聖女の『祈り』とは(現在)

十三、聖女の『祈り』とは(現在)


「ちょっと付き合ってくれ」


「なっ、何をなさいます!」


 驚いて抵抗するチシャを、俺は空き部屋へと引っ張り込んだ。軍人にとってたかだか十代の小娘の抵抗など、あってないようなものだ。

 周りには数人の侍従や女官の姿があったが、チシャをかばい立てする者も俺をとがめる者もいない。これでも俺は王族の一人だ。見習い神官一人をつまみ食いすることくらい誰しも目をつむる。

 ……と、いうのは表向きの理由。


「オブシディアン殿下、聖女様を裏切るおつもりですか……! 見損ないました!」


 嫌悪感もあらわに俺を睨み付けたチシャが、部屋の中にいる面々を目にしてポカンと口を開ける。

 

「やっほー、チシャちゃん昨日ぶり~」


 そこにいたのは、ウラユリ、ゾアビッツ、侍従長バーワス、女官長ムース、それにコンドライト大叔父だ。


「あ、あの、これは?」


 状況が飲み込めないチシャの体を放し、俺は『何もするつもりはない』との意思表示に両手を肩まで上げた。


「驚かせたな。悪いが少し試させてもらったんだ。お前さんの聖女(モリオン)への忠誠心てやつを。俺が見た限り、ローファの主は大神官。だがお前さんは少し違うように思えたもんでな。俺は聖女(モリオン)本人に親身になっているように思ったが、ウラユリが」


「だーってさぁ、チシャさんいっつも副長のこと、うるうるしたかっわいい目で見てたでしょー? 聖女様をダシにして副長に近づくつもりなのか、とか一応は疑うっしょ?」


 人畜無害な顔をしてきゃろーんと人でなしな発言をするウラユリに、チシャは顔を真っ赤にして否定した。


「そんなことありませんっ! オブシディアン殿下は今までどんなにあたしが願っても出来なかったことをやっていただいて、とても感謝していただけですっ。神と崇めこそすれ、男性としてなんてこれっぽっちも意識してませんっ」


 ちょっと内心複雑なんだが。 


「ざーんねーん、副長、魅力ないって」


「トドメを刺すのはやめろ。『願っても出来なかったこと』ってのは、聖女に食わせることか?」


「そうです。あたしは移民です。あたしの妹はとても体が弱くて、『聖女の恵み』目当てに家族でこの国に来ました。妹は結局死んじゃったけれど、聖女様のおかげで、二ヶ月は元気に子どもらしく暮らすことができました。あたしはその恩を聖女様にお返ししたいと、聖女様付きの見習いになりました。それなのに」


 チシャはうつむいてギュッと拳を握った。


「あたしに出来たのは、おなかがすいた、何か食べたいとおっしゃる聖女様を氷で誤魔化しなだめることだけでした。その氷すら、オセロットのあたしには作ることもできない。ローファ様に頼るしかないんです。痩せていく聖女様の顔が、この国に来る前のナシャの顔と重なって……今の聖女様は楽しそうです。殿下には本当に感謝しているんです」


「……なるほど」


 副長が好みじゃないなら俺は俺はー? とか言うウラユリの頭に拳を落として黙らせ、俺は侍従長と女官長へ目をやった。二人が微かに頷くのを確認する。二人の人を見る目は俺より確かだ。

 俺は大叔父へとしっかりと頷いてみせた。


「君の聖女様への気持ちは良く分かった。何も出来なかったなんてことはない。聞いたよ、君は体を掻きむしる聖女様を体を張って止めていたそうだね。弱っている体ではほんのちょっとの傷からも感染症になっていたかもしれない。それに自分を慕ってくれる君が常に側にいてくれたことは聖女様の心を守ったはずだ。よく頑張った」


 チシャの目から涙がポロリポロリとこぼれ落ちた。

 相変わらず、見慣れすぎた戦場での大叔父の姿との落差が物凄くて首筋がぞわぞわする。実力主義の兵士達は実力で黙らせ、パニック症状を起こす前に手っ取り早く意識を刈り取り、痛み止めがなければ手っ取り早く痛みで気絶させる。戦鬼と呼ばれた俺より確実に恐れられていた男だ。

 チシャが感動しているので、ここでは伏せるが。

 ウラユリ、視界の端でニヤ二やするのはやめろ。


「あのな、嬢ちゃん。聖女様ってなぁ、ひょっとしたら副長が十年前に魔獣に襲われてるとこを保護したモリーって子かもしれねぇんだ。そんときゃ俺も一緒にいた。あんまりにも……」


 とつとつと話し出したゾアビッツが、視線をさまよわせた。聖女のベールを剥いだときゾアビッツはいなかったが、ウラユリが後で絵を描いて説明していた。魔術を組み合わせた諜報技術であるウラユリの細密画は残酷なほどにリアルだ。


「あんまりにも様変わりしちまってるみてぇだし、記憶もないらしいから絶対とは言い切れねぇんだが。筋肉筋肉筋肉最高ーってなぁ当時モリーが良く歌ってた歌だし」


「教えたのはお前だ」


「モリーだって喜んで歌ってただろうが。筋肉は全てを解決するってなぁこの世の心理だろ。いやそれはともかく、そんなわけで俺らは聖女を心配してる。幸せになって欲しい。俺らは聖女の味方だ。ここまでは理解してくれるか」


 チシャが戸惑ったように頷いた。

 モリーの話に戸惑ったのか、筋肉談義に戸惑ったのかはあえて追求しない。

 大叔父が話を引き継いだ。


「そこで君に相談なんだ。聖女様の症状は明らかにおかしい。異常だ。最初に診療したときはまだ分かる。極端も極端、絶食に近い断食修行をしていたようだからね……。聖女様本人には言えないが、肉食と五穀を断つというのは、即身仏になるための修行だよ。つまり、生きながらミイラになるための食事だ」


 チシャが両手で口元を押さえ、大きく息を呑んだ。

 事前に聞いていた俺たちですら、心臓に痛みを感じる。


「落ちくぼんだ眼窩に痩けた頬、木の皮のような皮膚。重度の貧血、大神官は聖女様を丸ごと聖女像にでもしたかったのかね。分からないのは、その後の症状なんだ。聖女様は、悪化している」


「そんな! 聖女様は殿下の食べさせてくれるものをそれは楽しみになさっておいでで、少しずつ食べられる量も回数も増えて……!」


「そう、それなのに聖女様の体重は減り貧血症状は悪化している。オブシディアンが聖女様に食べさせたメニューも確認したけれど、それなりの熱量を摂取出来ているはずなんだ。だから何か他に疾患があるのではないかと詳細な検査を申し出た。しかし大神官に却下されてしまったんだよ。だから聖女様の一番近くにいる君に尋ねたい。何か思い当たることはないかな?」


 チシャの目が泳いだ。

 それからローブの胸元を握りしめ、再び大叔父を見た視線には覚悟が滲んでいた。


「ローファ様の前では決しておっしゃいませんが、聖女様は『祈り』がお嫌いです。聖女様の『祈り』は特別なもので、大神官様かローファ様しか共にいることを許されません。それなので、あたしも『祈り』が具体的にどんなものかは存じ上げませんが、『祈り』は痛くて苦しくて気持ち悪いと」


「痛くてて苦しくて気持ち悪い」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。

 『聖女の恵み』は国を支えている。聖女の『祈り』は『聖女の恵み』を生み出すためのものだと聞いている。だから婚姻の後も、『祈り』だけは続けさせるようにと。

 それが、痛くて苦しくて気持ち悪い?


「『祈り』が終わると、ローファ様は後をあたしに任されていつもすぐに神殿に向かいます。魔力か聖なる力か――それを聖女様から聖女様の許容範囲を超えて搾り取っているのではないかと、あたしにはそう思えます」


「十年前、モリーは普通のジャガーの獣人だった。治癒魔法が得意な草食系の獣人でもなければ特殊な種族特性もなかった。そもそも全てを癒やす聖女の力とは、いったい何なんだ……?」


 俺の言葉に答える者はなかった。



◇◇◇


 本宮の廊下を、足早に急ぐ狐の女神官がいる。ローファだ。『祈り』を終えた後、王子宮から神殿へ向かうは魔獣のいる森を経由するか、そうでなければ本宮を通るしかない。


「あーっと、ごめん神官さんっ、大丈夫だった?」


 廊下の角で、ローファは誰かと出会い頭にぶつかった。その誰かは倒れそうになったローファを慌てて抱き留め、白い歯を見せて爽やかに謝り、跪いてパッパとローブのホコリを払った。


「急いでたから前よく見てなくて。ああ、もう行かなくちゃ! また今度会ったらお詫びにお茶でもおごるよ。ごめんね!」


 そう一方的に言って去った好青年の正体は――ウラユリだ。

 諜報を得意とするウラユリは、ほんのちょっと顔に化粧筆を走らせるだけで別人のように化ける。特徴的な三毛の髪に色粉をはたけば、どこにでもいる黒猫の獣人に早変わりである。

 そして、ウラユリの声を大にして言えないもう一つの特技が。


「手に入ったか?」


「誰に聞いてんの。バッチリだよ」


 出会い頭のスリだ。モノが財布なら、金だけ抜き取って財布そのものは懐に戻すほどの職人芸。

 褒めていいのかは分からないが、今回は役に立った。

 ウラユリが手のひらに、グレープフルーツほどの大きさの赤い水晶玉を載せて見せる。


「やはり魔水晶……聖女は魔力枯渇症か」


 魔水晶というのは、魔力を溜めておける鉱石だ。隣国の大魔道士殿は大量の魔水晶を保有していて、その魔力を使った大魔法をバカスカ撃ってきた。魔力の尽きない魔法使いほど厄介なモノはない。

 魔力枯渇症というのは、文字通り体内の魔力を全て使いつくし、さらなる魔力を絞り出そうとするときに起こる症状だ。体の全てが魔力を生み出すことのみに注力し、続けるほどに消化器官が止まり、筋肉が壊れ、呼吸が止まり、最後には心臓まで止まってしまう。聖女が常に魔力枯渇の状態であるなら、食事を摂っていても消化出来ず、新しく血を作ることも出来ず、症状が悪化していくのも説明出来ると大叔父は言っていた。

 

「ちょっと待って?」


 実際に赤い魔水晶を持っていたウラユリが眉を寄せ、それから魔水晶を左右に揺らした。


「これ、魔水晶じゃないよ。魔水晶に似せた球形の瓶だ。ほら良く見るとここに透明な栓がある――中身、液体だ。これ……」


 ほんの少し栓をゆるめただけで、嫌と言うほど嗅ぎ慣れた鉄のニオイが辺りに広がった。

 眉をへにょりと下げたウラユリが、やるせない表情で俺を見上げた。


「副長……」


「血だ。聖女は、魔力ではなく血を抜かれていたんだ……」  



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