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十四、とある権力者の嘆き(??年前)


 始まりは、とある権力者の嘆きだった。


「わしはもう老い先短い。わしのことを恨んで死んでいった者もおるだろう。わしの成したことに後悔はないが、わしはおそらく神の国には行けぬ。息子達もまだ若い。遺して逝きたくはない。わしは死にたくない。死ぬのが怖いのだよ」


 その権力者は、公正で実直、多くの人々に慕われた人格者だったが、それだけで権力を維持出来るはずはない。民衆の支持こそ彼にあったが、兄王を斃し、政敵の多くを抹殺して現在の地位を得た。流した血は身内のものだけで十指に余る。


 『聖教』の教えでは罪を犯した者に神の国の扉は開かれない。

 『聖教』の教えによれば、人類初の殺人は、兄弟殺し。それによって殺人者は穢れ、その子孫である今の人類は本来の寿命を失った。

 兄を殺した彼は穢れてしまった。決して人より長くは生きられないだろう。


 滅多にない弱音を聞いた老いた腹心は、老いた主の心中を慮り、こう言った。


「それでは猊下、『救い主』のお子に請うてみましょう。『救い主』の血は罪を清めると聞き及びます。『救い主』は十字架にかけられたことによって、人々のそれまでの原罪を精算してくださったのです。『救い主』の血を受け継ぐお子の血を頂ければ、猊下の穢れは祓われるに違いありません」


 国に未曾有の危機が訪れたとき、綺羅星のように現れた『救い主』。彼は数々の奇跡を起こし、ほとんど全ての国民の信仰を得、国を乱したとして当時国王だった彼の兄に処刑された。

 『救い主』の奇跡によって大切な者を救われていた信者達は嘆き悲しみ、また同時に怒り狂った。

 婚約者、後の妻を死の淵から救ってもらった彼もまた、悲しみ怒った内の一人だった。

 そして彼は信者の旗頭となり、兄王を斃した。

 兄王を処刑した後、『救い主』はその奇跡の体現として一度だけ蘇った。

 そして、彼に祝福を与え、彼の王権を認め、さらに『救い主』の血を継ぐ一人の子の存在を示唆した。

 

「猊下は妃殿下を心から愛しておられましたが、お子に恵まれたのは遅く、四十を過ぎてからでございました。王子様方は未だ十代、そして我が国には――王位を虎視眈々と狙う、狐めがおるのでございます。猊下は決して私欲で延命を願っているのではありません。あの狐が玉座を得たときの国を憂えておられるのです」

 

 『救い主』の遺児は、信者達によって隠され、人里離れた山奥でひっそりと育てられていた。

 しかし、『救い主』を奉じた彼は信者の最高指導者となっており、彼だけは『救い主』の忘れ形見がどこで暮らしているか知っていた。

 腹心の提案に彼は頷き、隠れ里に腹心を遣わした。

 貨幣すら流通していない山奥の隠れ里で、朴訥に暮らしていた救い主の遺児を尋ね、腹心は誠心誠意、『猊下』の素晴らしさを説き、伏して請うた。


「お願いでございます。老い先短い『猊下』が心安らかに旅立てるよう、あとほんの少しの命を授けてくださいますよう。『救い主』様の血を引くあなた様の血を、ほんの少し分けては頂けませんか」


 遺児は、快く血を分けた。私が今ここで暮らせているのはクンツァイト猊下のおかげです。かの方の苦悩に、私などが役に立つならば、と。 


『救い主の血は、罪を清める』


 遺児の血を得た権力者は、憂いが晴れたおかげか健康を取り戻し、六十が人の寿命と言われる世にあって、九十を過ぎる大往生を遂げた。


『創造の神が人を造られたとき、人の寿命は百五十を越えていた』


 そう『聖典』は語る。


『けれど人が初めて他者を殺したとき、人の魂は穢れ、穢れによって人の寿命は半分ほどに減ってしまった。そのため、罪を犯した人の子孫である今の人々もまた、本来の半分ほどの寿命しか持たないのだ』


 ならば。

 もし、魂の穢れを払えたならば?

 人は、死後『神の国』に迎えられるだけでなく、現世での寿命も取り戻せるのではないか?

 魂の穢れを払うにはどうすればいい?

 罪を清めれば良い。現世の罪も、魂の原罪も。全ての罪を清めるのは?

 血だ。

 『救い主』の血。

 かつて『救い主』は、その力をもってすれば容易に逃げられるはずの十字架にかかり、人々の罪を清めたという。

 しかし国民の寿命は延びなかった。

 ただ一人、『救い主』の祝福と遺児の血を直接受けた、『猊下』以外は。

 『救い主』の血は、遺児に継がれている。


 探せ。

 遺児に深く感謝していた『猊下』も『猊下』の腹心も、既にこの世の人ではない。

 『猊下』は遺児の隠れ里の行方を誰にも告げずに亡くなった。


 探せ。探せ。

 富も権力も行き着いた老人が求めるのは、誰しも寿命だ。

 来世の幸福なんて目に見えないものより、現世の命の方が人は惜しい。

 救い主の遺児さえこの手にすれば、金も権力もこの世の全ては思いのままだ。

 

 探せ。探せ。探せ。

 山狩りだ。

 生きていさえいれば、血が絞れさえすれば構わない。

 殺せ。邪魔するものは。遺児をかばい立てするものは殺してしまえ。

 遺児の血を求める者は多くある。もみ消すなど容易いこと。

 探せ、捕まえろ。


◇◇◇


 追われ、追われて。

 私を育ててくれた村は焼かれた。

 村人達は、私に逃げろと叫びながら殺されていった。

 獣のように追われて。

 逃げ込んだ山には猟犬が放され、追い詰められた私は沢に落ちた。

 私は泳げない。

 体が動かなくなり、溺れたけれど、そんなことで私は死なない。

 ズタボロになり流れ着いた私に、ご飯と衣服をくれた親切な老夫婦がいた。素性も聞かず、暖かな家に招いてくれた。……その夫婦も殺された。

 捕まれば肌を裂かれ、血を搾り取られた。

 必死に抵抗して逃げ出した街の片隅で、自分にかけられた懸賞金を知った。

 人混みに紛れようともぐりこんだスラムで、優しくされ、騙され、売られる。

 何度も捕まり、何度も逃げた。

 逃げろと叫びながら殺された養父たちの顔が浮かぶたび、死ぬわけにはいかないと動かぬ体を動かした。

 ようやくたどり着いたのは山奥の廃墟。壊れかけた何かの遺跡。

 ここならば、しばらく追っ手は来ないだろうか。

 

◇◇◇


 『彼女』を見つけたのは、神殿の聖騎士だった。

 すり切れたブカブカの服を着て、壊れかけた社の縁台に、きょとんとした顔をしてたった一人座っていた。

 

「こんな子どもが、こんな山奥で、獣にも襲われず、どうやって生きていたんだ?」


 物怖じしない『彼女』は、差し出された騎士の腕にキャラキャラと笑い、抱き上げられた。

 母親の姿は、どこにもなかった。

 おそらく五歳くらいだろうと推定された彼女は、大神官が後見となり、神殿で学び、育てられ――やがて、聖女と呼ばれることとなる。

 


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