ナラ教とダンジョン
2018.10.30 投稿
2020.04.11 第91部分に変更
◇ダンジョン【ボレアス温泉ダイス屋】◇
悲鳴を聞いて駆け付けたアベル達は、壁一面の窓の向こうに熊型のモンスターを目にした。
大きさは四メートルを超えているだろう。
口の周りを鮮血が汚していた。
「ご安心ください。あの窓をモンスターが割る事は出来ませんし、此方からしか見えない仕組みになっております」
ピップの説明に、一先ず安堵する。
アベル達は、あのモンスターを倒せた事が無い。
「あの血って……。あの人達の……?」
「そうかもしれないし、他のモンスターのものかもしれない。……此処まで、モンスターに遭遇せずに辿り着いたのは奇跡だな」
アベル達もあの男達も、モンスターの事を何時の間にか失念していた。
それは、恐らく寒さで頭が回っていなかったからだろう。
「誰か来て~!」
今度は、玄関の方で問題が起きた様だ。
アベル達が移動すると、何人かが倒れていた。何れも年配の者達だった。
「突然、倒れたの!」
「医者は居ないのか!?」
丁度その時、人混みをかき分けて医者が出て来た。
「フン。金にならなそうだな」
倒れた者達の身形を見て、医者はそんな事を言い放った。
「こんな時に!」
「見せてください」
ピップが倒れた者の側に寄る。
「冷え過ぎた体が急に温まった為に、心臓に負担がかかったようですね」
「そんな……。助かったと思ったのに」
人が亡くなった事で、空気が重くなる。
「それで、どうされますか?」
ピップが尋ねる。
「どう、とは?」
「御遺体ですよ。外に埋葬しますか? 運が悪ければ、魔物に掘り起こされて食べられますが。それとも……此方で処分しますか?」
「処分って?」
「ダンジョンに吸収します。そうすると、報酬が貰えますので」
ピップの言葉に、人々に警戒心が戻った。
「報酬の為に、俺達を皆、殺すのか?」
「いいえ。一定時間滞在する事でも、報酬は貰えますから」
「死体を吸収する方が、儲かるんだろう?」
「……例えるなら、『雌鶏を潰して肉を得るか、卵を産ませる為に生かしておくか』のようなものでしょうか?」
家畜に例えられて、多くの者は不愉快を覚えた。
だが、ダンジョンでは必ず命を奪われる訳ではない理由を知って、納得が行った。
「吸収の許可は頂けない様ですので、皆様で埋葬なさってください」
その言葉に人々は顔を見合わせた。
「俺は関係無いぞ。家族や親戚や友人が埋葬してやれよ」
「寒いし、モンスターが居るかもしれないじゃない! 嫌よ!」
「あいつ等に守って貰えば良いじゃねーか」
「悪いが、雪の所為で動き辛い。弱いモンスターなら良いが……」
アベルがそう言うと、仲間の女も口を開いた。
「そんなモンスターは、既に餌になっていると思うよ」
「寒いのが嫌なら、ちょっと開けて投げ捨てたら?」
自分の知り合いじゃないからと、酷い提案をする一人の男。
「そんな事、出来る訳無いでしょ!」
「良い案だと思うけどな~」
「あ、あのさ。ピップ……? さん」
別の遺族がピップに声をかけた。
「はい。どうされました?」
「ダンジョンに吸収されたら、天国に行けないのかな?」
「吸収されるのは、肉体だけの筈ですが……。ただ、もしも、神様が、『死体をダンジョンに吸収されるなんて、この魂は罪深い』とお考えでしたら、無理でしょうね」
「その通り」
人混みから、聖職者らしき服装の男達が進み出た。
「我等ナラ教の神は、『ダンジョンは、邪神アルカが人を穢す為に造ったもの』と仰っています。ダンジョンに吸収されるなんて、とんでもない事です」
「そうなのですね」
ピップは襟を正した。
「それでは、皆様。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
深々と頭を下げるピップを、多くは怪訝な顔で見た。
「え? 何?」
「はい? これ以上穢れない様に、出発なさるのですよね?」
その言葉に、ほぼ全員が瞬間的に外の寒さを思い出した。
「わ、私は敬虔な信者じゃないから、此処に居る!」
「俺も!」
先程まで迷っていたのが嘘のように即決即断する多くの人々。
「お、お前達! 天国に行けなくても良いのか!? 甘い罠に惑わされるな!」
「ですが、司教様。この天候では……」
「それすらも、邪神の仕業なのかも知れぬのだぞ!」
「それは、神が邪神に敗北したと言う意味でしょうか?」
ピップが口を挟む。
「神は敗北などせん! これは、試練だ!」
「試練ですか?」
「そうだ! 我等の信仰を試しているのだ!」
「神、自ら、ナラ教を消そうとするとは。流石、異教の神とは違いますね」
「何だと?!」
司教は、ピップが何故その結論を出したのか、理解出来なかった。
「ヒトは、長時間低温に晒されると命を落とします。【低温無効】のスキルなどでもあれば別ですが」
ピップは辺りの人々を見回す。
「皆様は、暖を取る為の燃料が乏しくなった為に、街を出て来られたのですよね?」
「ああ。そうだ。二手に分かれ、一方は南西方向のメトポーロン王国へ・俺達は南東方向のエアル王国へ。……王都に残った者もいる」
アベルが答えた。
王都に残ったのは、歩けぬ者や体力の無い者達など。そして、彼等を見捨てられなかった者達。或いは、自宅で死ぬ事を選んだ者達。若しくは、天候が直ぐに戻ると考えた者達。
それから、避難を許されなかった罪人達。
「果たして、そこまで燃料や食料は持つのでしょうか?」
「それは……」
それは、誰もが考えない様にしていた事だった。
この天候は王都周辺だけで、隣国に行く前に助かるのではないだろうかと、仄かな希望に縋っていたのだ。
「もしも、他国にもこの天候が訪れているのであれば、ナラ教の信者もそうでない方も、皆、命を落としてしまいます。ナラ教の信者は、大陸には居ないのですよね?」
その情報は、『モニター』でこれを見ているダンジョンマスター賽場大好が、『ヘルプ』で検索してピップに伝えたものだ。
「……神がナラ教を消すなんて、有り得ない。他国は無事だろう」
司教は、希望を口にする。
勿論、その可能性はある。
「そうですね。ですが、皆様の軽装では、今日中に凍死してもおかしくありませんでしたよ」
多くは、その言葉にゾッとした。
「神聖騎士達よ! ダンジョンを討伐するのだ! さすれば、穢れる事は無い!」
「暖房を切りますよ」
ピップの言葉に、人々からは「止めてくれ」と悲鳴が上がり、神聖騎士達は躊躇い・司教を窺った。
「卑怯な!」
「討伐でしたら、彼方へどうぞ。彼方への挑戦でしたら、此方の暖房を切ったりはしません」
ピップは、『危険! 立ち入り禁止!』と書かれた扉の方を指す。
「まあ、討伐されれば、暖房は切れるんですけれどね」
「……。此処を討伐すれば、天候も回復する筈……」
「此のダンジョンのマスターは、邪神ではありませんが……」
邪神アルカが雪を降らせているならば、アルカ以外を討伐したところで止みはしない。
そんな簡単な事が解らないようでも司教になれるのかとピップは呆れたが、寒さの所為で鈍った頭がまだ回復していないのかもしれないと思い直した。
「雪を降らせているのは、此のダンジョンだろう! そうでもなければ、こんな所に都合良く暖かいダンジョンが在る訳が無い!」
「先程、ダンジョンは邪神が造ったと仰っていましたよね? 邪神が天候を操作したならば、此処にダンジョンがあっても不思議ではありませんし、ダンジョンの管理責任者が邪神以外でも普通です」
邪神アルカが分身でも出来ない限り、全てのダンジョンに常駐してる訳は無く、ダンジョン討伐で邪神アルカに遭遇する確率はとても低い。
「グッ! う、煩い! 邪神が居ないとも限らないではないか!」
「仮に邪神が居たとして、神が討伐出来ない邪神を人が殺せると本当に思いますか?」
「己! 何処まで愚弄するか! 神の崇高なお考えは、我等人などには推察すら出来んが、討伐出来んという事は絶対に無い!」
司教も口を開いていないそれ以外の聖職者達も激昂しているが、邪神を倒せると思うほど自分達の実力を過大評価している者はいなかった。
邪神が天候を操作しているならば、このダンジョンの管理を任されている眷属を倒した所で、凍死か餓死する事になるだろう。
しかし、もし、このダンジョンの管理者である眷属の方が天候操作したならば、討伐すれば彼等は助かる。
彼等は、果たして何方なのだろうかと二択の様に思っているが、当然、二択では無い。
ダンジョンマスターは他にも居るし、エルフ種等の亜人やドラゴン等のモンスター、ヒト種である可能性だってゼロでは無い。自然の異常気象や、神に因るものという可能性もある。
「司教様。如何致しましょう?」
「……先ずは、此のダンジョンのマスターとやらが邪神かどうかを確認する」
「はっ」
他国や王都から離れた国内の町や村を目指さないのは、寒さを忌避しての事だろうか?
「それでは、皆様、お泊りという事で宜しいですね?」
ピップが確認する。
「……ああ。忌々しいが、仕方有るまい」
「それでは、このダンジョンの説明に移ります」




