【鬼が島】
◇神聖マユミ王国西部・とある島◇
「ひゃっほ~!」
テンションの高い水海が櫂を動かしている。
「ちょっ! 速い速い! 酔う~!」
私は、落ちない様に必死に船縁を掴んで叫んだ。
「流れが速いから、仕方ないよ~!」
「魔法で遅くして~!」
「あ! 渦だ! 落ちない様にね~」
「渦?!」
「死ぬかと思った」
流れが緩やかになり、私はぐったりとしてそう呟いた。
「いざとなったら魔法で何とかしたから、大丈夫だよ」
「いざとならなくても、何とかして貰いたかった!」
水海は舟を漕いで、河原に着けた。
「到着~!」
水海は軽やかに飛び降り、私はヨロヨロと上陸する。
「よう! 来たな! 【鬼が島】へようこそ」
桃色の髪の女性が、私達を出迎えた。
ダンジョンマスターになって四年が経ったある日。
私は、桃流と言う女性から、ダンジョン【鬼が島】への呼び出しを受けた。
拒否権? 何それ、美味しいの?
承諾してからそんな事を考えてしまった、有無を言わさぬ御誘いだった。
ロードアーク様ほどではないが、かなりの上位者だと思う。
水海達にもお誘いがあったそうで、全員で来ても良いし・誰か代表者だけでも良いと言われたらしく、水海が代表としてやって来たのだ。
【鬼が島】は、神国西部の海上――ヒトリ島より陸に近い――に在った。
中に入ると川と小舟が在り、それに乗って下って来たのだ。
最初は狭かった川も、此処まで来ると大河になっていた。
「それにしても、水海。舟、漕げたんだね」
桃流さんの後について河原を歩きながら、私は水海に尋ねた。
「え? 漕げないよ?」
「え?」
「魔法で動かしてたの」
「ええ?! じゃあ、櫂を動かしていたのは何なの?!」
「気分?」
「え~。魔法で動かしてたなら、スピード緩めてよ~」
私は、肩を落として文句を言った。
「ごめんね。うっかり」
うっかりって……。まあ、私も良くやるから、強くは言えないけど~。
「さあ、座ってくれ」
案内された席には、三歳位の幼女が座っていた。見覚えのある顔をしている。
私と水海は向かい側に、桃流さんは幼女の隣に腰かけた。
「ほら、ユティ。『ごめんなさい』は?」
桃流さんは、幼女にそう促した。
ああ。やっぱりユティか。
ユティは、「フン!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「まだ早かったようだな」
桃流さんはそう言いながら、ユティの頭に右手を置いた。
次の瞬間、ユティは零歳児になっていた。
「ギャアアア!!!」
それが不満なのだろう。ユティは大声で泣き叫んだ。
「よしよし。たんと泣け。……済まなかったな。折角来て貰ったのに」
桃流さんはユティをあやしながら、少し困ったような顔でそう言った。
「いいえ。川下り楽しかったですから、御気になさらず」
「私は楽しく無かった」
水海の言葉に、私は聞こえないように呟いた。
「そうか。楽しく無かったか」
「聞こえましたか?! 済みません!」
ユティの泣き声で聞こえないと思ったのに!
「なに、謝る事は無い。実際、楽しませる造りではないからな」
「このダンジョンに、聖剣使いが来た事はありますか?」
水海が尋ねる。
「あるぞ。その川を下って行くと海が在る。其処の島にまで到達したのだが、鬼に勝てなかった」
「へ~」
「途中、モンスターは出ないのだが、滝から落ちて以降、魔法で水を凍らせて島まで行ったからな。魔力が尽きたのだ」
「……滝から、落ちて?」
「ああ。魔法で船を浮かせる事が出来なかったようでな」
普通は出来ませんから。
「まあ、仮に万全の調子で島に辿り着いたとしても、再生力の高い鬼の群れを全滅させるには、力不足だったがな」
「そうだったんですか」
「そんな聖剣使いが、よく【中央ダンジョン】をクリア出来たよね」
どれだけ、運が良かったのだろうか?
「エルフから購入した魔導具を使用したと聞いたぞ」
「へ~」
お高いんだろうな~。
「じゃあ、私達にも、聖剣じゃなくてそれを使えば良かったのに」
「確かに!」
そうだよね。普通は、以降そっちを使うよね。
使わないでくれて、こっちは助かったけれど。
「なりたてと言う事で、甘く見たんだな。それに、エルフの魔導具だから、消費魔力が多いしな。ゴブリンやオークじゃきつい」
「つまり、【中央ダンジョン】を破壊した聖剣使いは、珍しく魔力が多かったと」
「そういう事だ」
その人(達?)を生かしておけば良かったのにね。
◇神聖マユミ王国東部・ダンジョン【ヒトリ島】◇
その後、私達は桃流さんからお土産を貰い、帰った。
私達は転移陣で外に出る事が出来たけれど、冒険者達は自力で川を遡って出入り口まで行かなければならないらしい。
「ねえ。もし、ユティが謝ったら、許した?」
ヒトリ島に戻った所で水海に尋ねられ、私は考えた。
「謝ったって、またやる気なら許したくないかな?」
「だよね」
「でも、心は読めないし」
「そうなんだよね。でも、まあ、長年固執して来た事をそう簡単に諦めるとは思えないしね~」
「同感」
絶対に無いとは言えないけれど、滅多に無いと思う。
「ただいま~」
水海が帰り、私は居住用ダンジョンに入った。
「お帰り。何の用だった?」
「なんかね。ユティに、私達へ謝らせようと思ったみたい」
マツにそう答え、お土産が入った袋をテーブルに置いた。
「これ、お土産。桃味の十団子」
「ユティが謝る? 有り得ねえだろ」
「開けて良い? マスター?」
「うん」
カヤが中身を取り出すと、小さな団子が糸で繋がっていた。
なるほど。十個一組だから十団子か。
「これ、何で糸で繋げているの?」
「何でだろうね?」
宗教的な意味でもあるのかな?
「食べながら、マスターから【鬼が島】の話を聞こうぜ」
カシがそう言って、皆団子を手に席に着いた。
「【鬼が島】に行ったらね~」
私は、そう話し始めた。
◇ユティ神国西部・ダンジョン【鬼が島】◇
「赤ん坊にするなんて、酷い!」
元の三歳児に戻されたユティが、桃流に怒鳴る。
「ははは。お前がちゃんと謝れないからだろう?」
桃流は、金色の目を細めて笑った。
「何で、私があいつ等に謝らなければならないの! 謝るのは向こうだわ!」
「お前に謝る理由が無いのであれば、向こうにも謝る理由は無いよ」
「そんな事無い! 私は特別なんだから!」
「お前が特別ならば、彼等も特別だよ」
「違う! 私だけなの! 特別なのは、私だけなのよ!」
頑ななユティの頭を、桃流はワシワシと撫でた。
「そうかそうか! 自分だけ特別が良いんだな! でも、特別なのはお前だけじゃないんだ」
「私だけよ!」
ユティの頭を撫でていた桃流が最後にポンと手を置くと、ユティは再び赤子の姿になった。
「ギャアアア!!!」
ユティが大人になれる日は、遠い。




