【薔薇園】3
◇ビアン王国・王都◇
ビアン王国が、ミサンドル王国に侵攻した。
ミサンドル王国の国王が、ダンジョン討伐で率いていた軍共々命を落としたかららしい。
弱っていると見れば透かさず襲いかかるなんて、野性的だねえ。
王宮を見に行ったあたしは、王太子が密かに女装しているのを目撃した。
「失礼。王太子様」
あたしは、背後から王太子の口を塞いで話しかけた。
「あたしは、ダンジョンマスター。あんた達が悪魔と呼ぶ存在」
そう言うと、あたしの拘束から逃れようと暴れていた王太子は、怯えた様に動きを止めた。
「うちのダンジョンに来ないかい? 好きなだけ女装出来るよ?」
「そんな甘言に乗ると思うのか?! 悪魔め!」
口から手を放してやると、王太子は小声でそう答えた。
人を呼ばないのは、女装している姿を見られたらヤバいからだ。
「怯えながら女装するより、ずっと良いと思うけれどねえ」
「悪魔に魂を売り渡すなんて、許されない!」
「女装の時点で、許されないのに?」
「……それは、……神の怒りの度合いが違う」
問うと、王太子は暫く考えて答えを絞り出した。
「女装の方が嫌いかもよ?」
ユニ教の聖典では、どちらの方がより許されないのか明言されていないのだから、それも有り得ない訳ではない。
「そんな馬鹿な」
「何故そう思う? 聖典には、何方の方がより嫌いか、記されていないのに」
「いや、だって、普通は……」
「王家への反逆者と淫乱な女、どっちが嫌いだ?」
王太子は何も答えず、暫くして力無く笑った。
「フフ……。悪魔は狡猾だね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「でも、僕は神への信仰を捨てたくない。野蛮人にはなりたくないのだ」
「戦争なんて野蛮な事をしているのに?」
「野蛮とは、正しい神を信仰しない事だよ。そして、戦争は、より良い未来に至る為の努力だ」
ユニ教には、罪無き人を殺してはならないと言う戒律がある。
しかし、より良い未来を獲得する為の殺人は許されるのか。
「より良い未来にする為に、ミサンドル王国が邪魔なのかい?」
「……邪魔と言う訳ではないけれど」
「邪魔じゃないなら、大義は無いんじゃないかい?」
「国を発展させる為には、領土拡大が必要なんだ」
そういうもんなのかね~。
「でも、今だって手が回って無いじゃないか」
政治の素人のあたしには、領土拡大の前にやるべき事があるんじゃないかと思えてならない。
この国、一枚岩ではないのだ。
地方で、度々反乱が起きているらしい。
「それは……」
王太子が何か答えようとしたその時、何者かが駆け込んで来た。
「兄上、一大事で……! 兄上、その格好は一体……?!」
闖入者は、どうやら、弟王子の様だった。
「貴様、何者!? 出会え! 曲者だ!」
女装した兄を見て暫し呆然としていたが、あたしに気付いて衛兵を呼ぶ。
「じゃあ、あたしはこれで」
あたしは、さっさと窓から逃げ出した。
「まっ……!」
王太子が引き留めようとしたのか声を上げたが、捕まる気は無いんでね。
ん? もしかして、連れて逃げて欲しかったのかな?
まさかね。信仰を捨てたくないと言っていたものな。
「待て!」
「逃がすな!」
あたしは、追手が撃った矢をコウモリに変身して避け、コートに隠しておいた眷属のコウモリ達で視界を塞いでやる。
「吸血鬼か!?」
「クソッ! 見えない!」
「何処へ行った?!」
別に殺しても良かったが、必ず勝てるとは限らないので、只管逃げた。
コウモリからネズミへ、ネズミからその辺によく居る鳥へ、更に毒蛇に変身し、街が遠くなった所で元に戻る。
臆病かもしれないが、大勢の命を預かっている身としては、慎重に行かねばなるまい。
しかし、あたしは直ぐに鳥に変身して街へと戻った。
弟王子が言っていた『一大事』や、王太子がどうなるのか気になったからだ。
街の一角で、武力衝突が起きていた。
どうやら、反乱を企てていた者達が、ミサンドル王国との戦争で手薄になった王都で兵を挙げたらしい。
国王が侵攻軍を率いて留守にしている今、代わりを務めるのは王太子なのだろう。
しかし、その王太子は、女装趣味が露見してしまった。
王太子は捕えられ、代わりを誰が務めるかで、この後、揉めに揉める事となる。
結果、国王軍は侵攻半ばで帰還する破目になった。
「よくも、わしに恥をかかせてくれたな!」
「ああっ!」
王太子は、話を聞いて激怒した国王に幾度も鞭打たれた。
しかし、男だからなのか・王族だからなのか、異性装の罪で処刑される事は無かった。
その後、王太子は身分を剥奪され、記録から存在を抹消された。
彼は隷属の首輪と仮面を着けられ、歩兵として軍に入れられた。
後に、戦死している。
王太子の母は、女装趣味の王子を産んだ罪で密かに処刑された。
元王太子の存在が抹消された事で次男は長男になり、彼が王太子となった。
後に国王となった彼は、この十年後に、ミサンドル王国併合を果たす事となる。
元の王太子について発言した者は捕えられ、死刑に処された。
そして、ミサンドル王国を併合したビアン王国は、偉大な国王の死後、王位継承争いによって三つに分裂した。
ユニ教を国教とする国における文明の発達は、長らく停滞する事となる。
◇ビアン王国・ダンジョン【薔薇園】◇
「マスター。俺達は外に国を作る!」
ある日、うちのダンジョンで生まれ育った若者達が、そう決意を口にした。
例えば、女装趣味の男性と男装趣味の女性の間に生まれた子や、男も女も愛せる夫婦の間に生まれた子などだ。
あたしは彼等に、世界の様々な宗教を教え、彼等は其々自分の意思で選択した。無宗教を。
「簡単にはいかないよ」
「道程が険しい事は解っている。しかし、挑戦したいんだ」
「そうかい。此処が恋しくなったら、何時でも一時帰宅しな」
「ありがとう」
やがて、彼等はローディー大砂漠中央にオアシスを発見し、集落を作り始めた。
そして、彼等が老齢に差し掛かった頃には、立派な都市国家となった。
この国は、アイリス大陸で最も発展した国となる。




