【薔薇園】2
カニバリズム。
◇パラダイ王国・某所◇
一人の少女が、夜の荒野を駆けていた。
その足を、矢が掠る。
「ちゃんと狙え!」
「クソ! 大人しく狩られろ!」
少女が狙われている理由は、その容姿にあった。
銀白色の髪に白い肌、そして、赤い目。
少女は、アルビニズムであった。
それで何故狙われるのかと言えば、此処アイリス大陸では、アルビノの人間の体には特別な力が宿ると信じられており、食べられたり・薬の材料にされたり・幸せのお守りにされたりするからだ。
生まれて直ぐでは量が少ない為、大抵、大人になるまで生かしておくものだったが、高値で欲しがる者が現れた為に、この日、少女は殺されようとしていた。
(も、もう、駄目……)
少女は、まだ女性器切除されていなかった為に此処まで逃げられたが、疲労と矢から受けた痛みに、限界を迎えていた。
そして、到頭矢が少女の心臓に刺さる……。
……筈だったが、何時の間にか現れた女が、矢を掴んで止めた。
女は、透かさずその矢を投げ返す。
一人の首に刺さった。
「おのれ! 女の分際で!」
男達は怒りに任せて矢を撃ったが、間に割り込んだ紫色の何かに阻まれた。
それが、サイ型モンスターだと認識した時には、既に此方に向かって突進して来ていた。
モンスターは、男達を突き刺し・跳ね飛ばし・踏み付ける。
元々非力な少女を殺すだけのつもりだったので、碌な装備をしていなかった。
が、仮に彼等の最高装備を身に着けていたとしても、碌な財力の無い彼等の物では高が知れている。
彼等のレベルでは、トン単位の重量には耐えられないのだ。
基本的に、大きいという事はそれだけで強い。
彼等が火器を所持していれば、その限りでは無かっただろうが……。
因みに、この世界アディアには、火器が存在する。
ドワーフの技術を舐めてはいけない。
まあ、地球で初めて銃が造られたのは八世紀頃らしいが。
兎に角、彼等に為す術は無かった。
街の外は決して安全ではないという事を、比較的安全な街で弱者しか狩った事の無い彼等は忘れていたのだ。
「大丈夫かい?」
あたしは、へたり込んでいる少女に声をかけた。
「あ……。あなたも、……わたしを食べるの?」
「は? ……ああ。あんた、アルビノか」
怯える少女に【鑑定】を使い、その情報を得る。
「あたしは、アルビノに関する迷信なんて、信じちゃいない」
「……でも」
「まあ、信用出来ないのも当然だね。じゃあ、達者でな」
「え?!」
あたしの言葉に、何故か少女が驚いた。
「ん? まさか、信用出来ない相手に、街まで送って貰おうと思っていたのかい?」
「そ、そう言う訳じゃ……」
ずっと此処にいる訳にはいかない。
しかし、危険な野生動物やモンスターがいる荒野を歩き、無事街まで戻る事が出来るか?
街に戻ったら、また狩られるのではないか?
確かなのは、此処にいたら遠からず死ぬという事だけだ。
と、気付いたのだろう。
私が送ってくれれば、街までは安全に辿り着ける。
でも、その先は?
一生守ってくれる訳はない。
と、いう事にも気付いたのだろう。
『どうした?』
「紅。あんた、女、集めているんだよね?」
『そうだよ』
あたしは、同じアイリス大陸でダンマスをしている友人の紅が女性を保護している事を思い出して、『コール』した。
「アルビノの子供を保護したんだけど、迎えに来てくれるかい?」
『良いよ。何処に行けば良いんだい?』
あたしは、ビアン王国とミサンドル王国の大体の国境である荒野を指定した。
「じゃあ、行くよ」
紅とのコールを終え、あたしは少女にそう言った。
「え? 街まで送ってくれるの?」
「いいや。砂漠を越える」
「……え?」
◇ビアン王国とミサンドル王国の国境付近◇
「来たね」
大雑把な待ち合わせ場所だったが、紅はグリフィンと共に待っていたので、直ぐに見付ける事が出来た。
「済まないね。待たせて」
「大して待って無いよ。気にしなさんな」
「お、鬼!? 酷い! 鬼に食べさせる為に連れて来たの?!」
紅の角を見て、少女が恐慌する。
「食べないよ。食人鬼や食屍鬼じゃあるまいし」
「嘘だ! 鬼は人間を食べるって聞いたんだから!」
「人間にだって、人間食べる奴は居るじゃないか。あんたも食べるのかい?」
紅の言葉に、少女はぐうの音も出ないといった様子で口を噤んだ。
「で、でも、信じて良いのか……」
「あたしを信じて一緒に行くか・信じられないから自力で街まで行くか・此処に死ぬまで居るか、好きなのを選ぶと良い」
「因みに、一番近い街はあっちだよ」
あたしは、東方を指差した。
「それも、信じられないと思うよ」
「だよねえ」
結局、少女は紅と一緒に行く事を選んだ。
独りで街まで行けそうにないから、仕方なく選んだのだろうけれど。
◇ビアン王国・ダンジョン【薔薇園】◇
「何の真似だい?」
ある日、保護した同性愛者の男に腹を刺された。
「煩い! 吸血鬼は死ね!」
あたしは男を蹴り飛ばし、ナイフを抜き取った。
直ぐに傷が塞がる。
「銀のナイフか」
銀は、邪悪な存在を退治する効果があるとされている。
「馬鹿な! 何故、アンデッドが回復出来るんだ!?」
「誰がアンデッドだ!」
生気溢れるあたしの何処を見たら、アンデッドに見えるんだ?!
「吸血鬼だろう!」
「そうだ!」
「なら、アンデッドじゃないか!」
「あんたは、『人間のアンデッドが存在しているから、人間も全てアンデッドだ』と言うのかい!?」
あたしの言葉を聞いた男は、愕然としてあたしをマジマジと見詰めた。
「……確かに、アンデッドには見えない。生きた吸血鬼が居るなんて、知らなかった……」
暫くして、そう呟く。
「だが、生きていたって、人間の血を吸って殺し、アンデッドにするんだろう?!」
「人其々だよ。人間にだって、人殺しとそうでないのとがいるじゃないか」
「それは、そうだが……。信じられるか!」
男は頑なに信じようとしない。
まあ、憎い相手や邪悪と信じている存在を、そう簡単に信じられるものではないから、当然だが。
取り敢えず、あたしは、ダンジョンについて説明した。
「と言う事は、お前は悪魔なのか!? じゃあ、何故、銀が効かないんだ!?」
「さあ? ダンジョンマスターが悪魔だと言うのが、嘘なんじゃないのかい?」
そもそも、銀に聖なる力があるとしても、悪魔や吸血鬼が、ナイフの一刺し程度で大ダメージを受けるとは思えないのだが。
「神が嘘を吐いたと言うのか! ふざけるな!」
「じゃあ、悪魔や吸血鬼に銀が効くって言うのが、迷信なんだね」
「そんな事は無い! アンデッドにはちゃんと効いていた!」
「あたしはアンデッドの吸血鬼じゃないし、悪魔もアンデッドじゃないからねえ」
男は反論材料が無くなったのか、黙り込んだ。
「で、どうするんだい? うちで暮らすかい?」
「悪魔の巣で暮らすなんて、冗談じゃない! それに、俺は、アンデッドの吸血鬼を撲滅するんだ! 引き籠ってなどいられるか!」
「そうか」
そうして、男は立ち去ろうとして、水も食料も無いまま街まで移動する事の困難に気付いたのか、立ち止った。
「どうしたんだい? さっさと行きなよ」
「いや、その……」
「街はあっちだよ」
あたしは指差して教えてやる。
「あ、ああ……」
男は、何か言いたげにあたしを見た後、頭を振って駆け去った。
後日、街でその男を見かけた。
アンデッドの吸血鬼になっていた。




