4 恋愛相談
「それで、相談って?」
「お付き合いを申し込まれているの」
「大学の関係の人?」
「ええ、サークルの先輩。新歓コンパの夜にお付き合いしたいって言われたの」
僕は動揺した。今は9月だ、だとすると申し込まれたのは半年も前だのことになる。なぜ、今それを僕に相談するのだろう。
愛華はその疑問に答えるように続けた。
「最初は断ったのだけど、私が誰とも付き合っていないと知ると、恋人未満でいいから試しに付き合ってみないかと言われたの」
「その話を受けたのか?」
「うん」
「でも、どうして? 最初は断っていたんだろう」
「私が告白を断ったのは、思いを引きずっている人がいたから。でもその人の心には別の人がいて、私のことを見てくれないの。でもずっとそうしているわけにもいかないから、誰か他の人と付き合ってみたら忘れられるかもしれないと思ったの」
僕は体中を針で刺されているような痛みを覚えた。
「でも、その先輩のことが好きなのか分からなかった。これまで男の人とは付き合ったことがないし、初めては本当に好きな人としようと思っていた。だから、そう先輩に話したの」
「それで先輩は?」
「そのままでいいというの。そのままの気持ちでいいから、私が先輩のことを好きと思える時がくるまで友達以上恋人未満の関係で、一緒に食事をしたり、映画を見に行ったりしてほしいと言われたの」
「そうか……」
「ねぇ、こういうのって付き合っているというのかな?」
「そんなの知らないよ」
僕は愛華の目を見ることができなくて下を向いた。
「で、相談というのはその先輩との惚気話を僕に聞かせることだったのか」
「違うの。先輩からお試しの付き合いを始めてもう半年が過ぎたから、そろそろ結論を出してほしいと言われたの」
「そうか」
「それで再来週の週末に二人で旅行にゆくことにしたの」
「ちょっ、ちょっと」
僕は飲みかけていたドリンクを変なところに飲み込み、むせた。
「その先輩のことを好きになったのか?」
「分からない。でも嫌いじゃない。私のことをちゃんと見て、すごく大切にしてくれている。だからもういいかなと思ったの」
僕は何も言えなかった。
「でも、偶然、今日、ゆうくんに会えたのは運命のようなものではないかと思って、一歩踏み出す前に確かめて置きたいことがあるの」
「僕に?」
愛華はうなづいた。
「ねぇ、ゆうくん、あなたが好きだと言った人は誰なの?」
「なぜ、それを今、僕に訊く」
「それを聞いたら、吹っ切れて、先輩と本当に付き合うことについての気持ちを整理できるような気がするの」
『何故だ?』という気持ちが渦巻いていた。しかし、それよりも、愛華が再来週に先輩と二人で旅行に行くという話を聞かされてパニックになり何も考えることができなくなっていた。
「今なら教えてくれるよね。ゆうくんが好きな人のこと」
「それは……」
男と二人で旅行に行くと告白された後に、君のことが好きだなんてとても言えなかった。
愛華はため息をついた。
「もういいよ。ゆうくんの気持ちは分かった。幼いころからの幼馴染で、私はゆうくんのことは何でも知っていると思っていた。でもゆうくんが好きになった人のことは私には秘密なんだね。私とはそういうことは話せないという友達以下のただの知り合いってことだったんだね」
愛華は伝票を手に取った。
「時間とらせて、ごめん。つまらない相談に付き合ってもらった償いとしてここの代金は私が払っておくから」
「待って」
「これ以上話してどうするの」
「その……」
「ねぇ、私のこと傷つけているっていう自覚はある?」
「どういうことだ」
「だって分かっているでしょ。私がずっと好きだった人はゆうくんだったってこと。それなのに、その態度は無いよ」
「待って、愛華が僕を好きって?」
「当たり前でしょ。私のファーストキスの相手はゆうくんだよ。覚えているでしょ?」
愛華は幼稚園生の時に僕に『わたし、将来はゆうたんのお嫁さんになる』と言って唇にキスをした。
その時のことは今も忘れていない。だけど、あれは子どものおふざけだと思っていた。
「あの時から私の気持ちは変わっていないよ」
「そんな……。まさか」
「他に誰を好きになるっていうの。 ずっと一緒にいて、一番近くにいた幼馴染のゆうくん以外に。まさか、本当にゆうくんは、私が誰か他の人を好きになったとでも思ったの?」
雷に打たれたような衝撃だった。 僕は言葉を失った。誰かに奪われたわけでも、フラれたわけでもなかった。僕が一人で勝手に勘違いをして、勝手に絶望し、勝手に彼女の手を離しただけだったのだ。なんて滑稽で、取り返しのつかない遠回りをしてしまったのだろう。
「……ごめん。僕の、本当にひどい勘違いだった。愛華が別の人のことを好きになったのだと思っていた」
「もう……ゆうくんの大バカ」
愛華は僕の肩を小さい手で叩いた。
「あの日からゆうくんが私と距離を置くようになって、私どれだけ泣いたか……」
愛華の瞳に涙が滲んでいるのが見えた。
「でも、ゆうくんには私でない別の好きな人がいて、そのことを私にも教えてくれないから、ずっとゆうくんのことを諦めよう、諦めようとしてきたんだよ。だから本当は好きでもない先輩ともゆうくんを忘れるために付き合おうとしているんだよ」
愛華は泣き崩れた。
「ごめん」
「もう、いいから。何も言わないで……」
「違うんだ。僕が好きな人は愛華だ。今まで言えなかったけど、僕が好きな人は愛華だけなんだ」
「えっ」
愛華が涙でメイクがぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「だから……何年も待たせちゃって、本当にごめん。……僕と、付き合ってください」
愛華は涙を指で拭い、無邪気な子どものような笑顔を見せた。
だが、すぐに真面目な顔になった。
「もう突然何を言うの……遅いよ。そういうこと言うの、遅すぎるよ」
僕はその後の愛華の沈黙が途方もなく長いものに感じた。
(まさか、先輩の方を選ぶのか……)
僕の顔にはその時、絶望が浮かんでいたのかもしれない。
無意識に席を立って逃げ出そうとして腰を浮かせていた。
「ゆうくんのそういうところだよ。私の気持ちを信じてもっと自信をもってよ」
愛華がすねたように言った。
「私がゆうくん以外の人を選ぶわけないじゃない」
愛華は僕の手を握った。
「これからもよろしくね、ゆうくん」
愛華が満面の笑みを浮かべて言った。
「うん。よろしく」
それは、すれ違ったまま停滞してい僕たちの時が、ようやく動き始めた瞬間だった。
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