5. 理の魔女と星円梟(せいえんきょう)
――それから数日が過ぎたある日。
私は柔らかい感触とモフモフした感触で目が覚める。
まぁ、その正体はルルアなのであるが、たまに私を起こしに来てそのまま私のベッドに上がって寝始めることがあるのだ。ということは……
「姉様っ!今日がエステル様にとって大事な日とわかっているのですか!」
怒った様子のリリアが部屋に入って来る。私たちにとってはよくある日常だ。だが、言っておく。怒った様子の彼女も愛らしい。
そして、リリアが「大事な日」と言ったが、今日は私の褒章の授与式があるのだ。フランク代弁によって学術会議で私の研究が評価され、赤鳳魔術師団長クラウス様の実証実験により私が資料に示した「誰でも恩恵に与ることができ、効率的な魔力の消費で、生み出された現象は高い効果が得られる」という内容が正しいことが証明されたのだ。
「むにゃむにゃ……リリアも一緒に寝ようよぉ……」
「そんなこと……」と言いかけた彼女だったが少し顔を赤らめる。「少しだけならいいでしょう」
そう言ったリリアはルルアとは反対側からベッドに上がり、私にくっつくかたちで仰向けになるのであった。
幸せな朝である。そして、二度寝に入るのであった――
どれくらい経ったかわからないが、しばらくして目が覚める。
「ん……そろそろ……起きないと」
私はそう言ってゆっくりと状態を起こし、目を擦る。そして、次の瞬間に目に飛び込んできた光景に驚くのであった。まぁ、顔には出てないだろうけど……
「お前たち、何をしている」
テオバルト殿下だ。椅子の背もたれを前にして逆向きに座った彼は、背もたれの上の部分に肘をつき、手を頬に当てながら、青い冷たい瞳で私たちを眺めている。かっこいい。じゃなくて……
「もっ、申し訳ございません」そう言って飛び起きるのはリリアであった。
「勝手に……女の子の……部屋入って来るの……良くないと思う」
「ノックをしたのに出てこなかったのはお前だ。授与式に寝坊されても困るからな」
はい。ごめんなさい。それを言われたら何も言い返せません。
「むにゃむにゃ……殿下も一緒にどうですか?」
ルルアは平常運転である。というか、何を言っているんだ?この子は……
「それも悪くないな」
はぁ?この王子何を言っているの?……ていうか、意地悪な笑みを浮かべているし!
「……が、そろそろ授与式の準備をしたらどうだ?……俺は外で待っている。あ、俺が買ってやったローブ、楽しみにしているぞ」
そう言ったテオバルト殿下は部屋を出ていくのであった。
そう少し前にローブを買いに言ったのだ。選んだのはルルアとリリアで殿下は「当日見るからいい」と同行もしなかったがお金を出してくれたのは彼である。
というわけで、のんびりしてもいられないので、リリアがルルアを叩き起こして私たちは授与式に向けた準備を始めるのであった――
そして、準備を終えて部屋を出る。
「……お待たせしました」
「……似合っているではないか」
軟弱な私にとっては少し重い、綺麗な装飾が施された高級なローブ。そんなローブを纏った私見た殿下は少し満足そうである。こんな顔もするのか……
「では、行くぞ」
殿下はそう言ってすぐに歩き出す。私はその後ろを付いていき、謁見の間に向かうのであった。
特に緊張などはしていない。一応事前に聞かされていた段取りは再度頭の中で整理しよう。
とまぁ、そんな感じで授与式の流れとか、宣誓の言葉とかを頭の中で考えていたら、あっと言う間に謁見の間の大きな扉の前に到着してしまった。
扉の前には既にフランクさんや赤鳳魔術師団長クラウス様の姿もある。
「2人とも今日は頼んだぞ」
「お任せください!エステル様もご安心してくだい」
「……私は私の仕事をするだけです」
テンションが高めのクラウスさんとは対照的に長髪眼鏡のイケメン・クラウス様はクールである。
そして、しばらくの待機後にいよいよ式が始まるのであった。
「エステル・サンフルーヴ様!ご到着!」
そんな声とともに大きな扉が開く。
豪華絢爛な広い謁見の間、大理石の床、扉から玉座に向かって敷かれている細長い絨毯。長い面の両端は金色に輝いている。玉座がある場所は三段ほど高くなっており、国王陛下と王妃陛下の玉座が並んでいる。2つの玉座の間には、後ろの壁に掛かった紋章旗。双頭の鳥をモチーフにしたグランツラントの紋章が刺繍されている。双頭の鳥は国王と王妃をイメージしているそうだ。この国は代々国王だけでなく、国王と王妃によって統治されてきた国であり、そのイメージにしっくりくる紋章だと思う。
そして絨毯を挟んで謁見の両側には大勢の貴族たちが並んでいた。
私はその中を進み、後ろにテオバルト殿下、クラウス様、フランクさんが続く。
玉座前にある段差の少し前で膝をつき、頭を下げる。そして、式は私の言葉で始まる。
「国王陛下、王妃陛下、並びにお集まりいただいた方々、私のためにこのような素晴らしい授与式の場を用意していただき、感謝とともに、誠に光栄に存じます」
声は少し小さかったが悪くはないだろう。まずは第一関門突破だ。
「それではこれより授与式を執り行う!」
そう告げたのはこの国の宰相であるヴェルナー・シュテュッツァー様だ。見た目は穏やかで優しそうな容姿であるが、有能な宰相と聞いている。
「うむ。まず初めに彼女の功績を皆に告げなければならないが、魔術学の分野において歴史を変えるような理を解いたと聞いているが。それは誠か?学術会議長フランク・ヴァイスハイト」
威厳のある声でそう問いかけたのはレオンハルト国王陛下である。40歳のイケオジな国王様だ。
「はっ。僭越ながらこのフランク・ヴァイスハイトがご説明をさせていただきます。エステル様が説いた理によると、例外はあるとのことですが、この世の自然現象は目に見えない粒が様々な反応を見せることで引き起こされているという理論のもと、魔術におきましては、既存の基礎術式はこのような理を組み込んではおらず、エステル様は新たにその理を組み込んだ新しい術式を構築されました。これが一番大きな功績に存じます」
途中からではあるが、やはり会場の貴族たちはざわついている。まぁ、その気持ちはわからなくはない。
「たとえば、夜寝る前に暖炉に鉄や陶器の器を被せる、また、ランタンの火を消す時に空気を通す穴をふさぐなど、私たちは知らずにエステル様が解いた理を使っているのです。逆を言えば、それらがエステル様の理を証明すると、学術会議は考えております」
そこに辿り着くのとは、さすがはフランクさんだ。
「うむ。筋は通っているな。確かにその例えを聞くと納得できる」
という国王陛下も事前に話を聞いて納得しているから今私がここにいるのだ。これは貴族向けのパフォーマンスである。
「続いて、赤鳳魔術師団長クラウス・エールリッヒ。そなたは実証実験を行ったと聞いているが?」
「はっ。……私を含む数名でエステル様の新しい術式を用い、実証実験を行いました。結果としましては、検証に参加した魔術師全員の複数の魔術において、既存の基礎術式よりも、魔力消費の効率が良く、そして、高い効果が得られるということが証明されております」
「うむ、彼女以外の誰かが使っても問題なく機能することが、これで皆も理解できただろう。我が国の赤鳳魔術師団長の言葉だ。疑う余地もあるまい。推薦人である第一王子テオバルト、並びに学術会議長フランク、赤鳳魔術師団長クラウスの言葉を受け、エステル・サンフルーヴを我が国において、魔術学の賢者と認め、星円梟褒章を授与することをこれにて決定とする!」
星円梟褒章は魔術学の分野で功績を挙げたものに与えられる褒章で、各分野で褒章の名前が違うらしい。
「……ありがたき、幸せに存じます」
これだけの言葉であるが、第二関門突破だ。
「エステル・サンフルーヴ、前へ」宰相ヴェルナー様である。
「……はい」
私は立ち上がって前に進む。もちろん玉座がある場所には上がらない。階段になっているところのギリギリ手前だ。
ヴェルナー様から記章を受け取ったエリーゼ王妃陛下が私のもとにゆっくりと下り、私のローブの左胸にそれをつけてくれたのであった。
星の魔法陣の中央に梟というデザインの記章が私の左胸で輝く。
「……おめでとう。これから頑張るのよ」
エリーゼ王妃陛下が私の耳元でそう囁く。私は小さな声で「はい」とだけ返事をする。
そして、エリーゼ王陛下が玉座に戻り、座ったタイミングで第三関門だ。
私は再び跪き、国王陛下に向かって頭を下げる。
「星円梟の記章を胸に戴き、星々の運行と闇を見通す梟の瞳に誓わん。我が紡ぎし魔術は、世界の理を解き明かす光なり。授かりしこの栄誉に溺れることなく、国のため、民のために未だ無知なる暗闇に真理の灯火を掲げ続けることをここに誓う」
「うむ。その誓い、しかと受け取った!そなたに理の魔女の異名とサビドゥリアの姓を与える!エステル・サンフルーヴ、いや魔術学の賢者、理の魔女エステル・サビドゥリアよ!我が国、我が民のために力を尽くすのだ」
「……はい」
こうして、授与式は終わりを迎えるのであった。
はぁ、疲れる。台本通りの言葉を並べればいいとはいえ、やっぱりこういう空気は嫌いだ。だが、この後はもっと疲れそうな昼宴会の時間だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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