4. 新たな仮説と図書室の天使
――翌日。
昨日は長文を喋りすぎたせいで体力を失い、ふかふかのベッドで本を読みながら早い時間に寝落ちしてしまった。
ここに来てから基本暇なのでほぼ毎日王城の図書室に来ているわけだが、今日は久々に胸が高鳴っている。昨日私はあることに気づき、それについて調べて寝落ちした。闇属性の魔術についてだ。今日はその続きをしようと思ったのである。
まずその前に回復系魔術について説明する。これは研究資料にも書いたことであるが、この世界の回復系魔術は薬学とつながりが深い。魔力を用いて自然界に存在する薬の成分の分子構造をその場で具現化することで発動するのが回復系魔術だ。このため、万能なものはなく、怪我を治す成分と、病気を抑える成分、毒を中和する成分はすべて違うため、使う魔術も違うという理論だ。万能回復魔術だといってそれをすべてまとめてしまえば、効率が悪く、効果が落ちるか、そもそも効果がなくなってしまう。ただし、炎・水・風などの自然現象よりも、しっかりと効く薬の構造は複雑なため、1回使用しただけで多くの魔力を消費してしまい、例えば並みの魔術師であれば1回、よくて2回が限度だろう。もちろん「薬草を混ぜただけの薬」と同等の簡単な魔術もあるが、それは「昔ながらの薬」と同等の効果しかない。魔導具も同じことであり、理論上は治癒の魔導具を作れるが、その膨大な魔力の供給源となると話は別だ。だから、薬も世に出回っており、薬学という分野があるのだ。
これを踏まえると、例外はあるが魔術で起こせる現象の多くはこの世界の自然界のルールに従っていることになる。
そう仮定した場合、闇属性の黒、あるいは濃い紫の炎や闇属性の濃い紫の雷もこの世界の自然界にあるもので説明できるのではないかと考えたのだ。具体的には闇属性の原子があるのではないかということだ。例えば炎であれば闇属性の原子を含んだ可燃性気体が、空気中の酸素と結びついて燃焼し、黒、あるいは濃い紫の炎になるということだ。そして、この世界の闇属性の炎は周囲に瘴気を発生させる。それが酸化反応などによる影響だとしたら……
これは日本で生きた記憶があるからこそ盲点だった。炎の色は温度によって変わるが、炎色反応だってあるじゃないか。闇属性の原子があるとするならば、そんなわけのわからないものが反応しているのであれば、地球の理論は通用しない。
これに気づけたのはフランクさんの「じゃあ闇属性の魔術で見られるあの現象は、一体どんな粒がどう動いているのでしょうな?」という言葉だ。
この世界は前世の記憶がある私にとってはファンタジーのような世界だ。だが、この世界は紛れもなく現実である。ならば、すべての現象には仕組みがあって当然だ。
まずはこの自然界で黒く、あるいは濃い紫色で燃え、瘴気を発生させるものがあるかどうかだ。何でもいい。その何かが必要なのである。
私は関連しそうな本を持てるだけ集め、いつもの席に座り、それを読み始めるのであった――
どれくらい時間がたったのだろうか。
いつの間にか私の隣の席に少女が座っている。彼女はこの国の第二王女であり、12歳のフロレンティーナ王女だ。どうやら数日前から彼女に懐かれてしまったらしい。恥ずかしがり屋の彼女を始めて見かけた時は遠くから私の様子を見ていただけだが、日に日に距離が近くなっていった。昨日は来ることができなかったのだが、一昨日は正面の席、そして今日はなんと私の隣の椅子で本を読んでいる。
エルナはエリーゼ王妃陛下と同じ金髪だが、フロレンティーナちゃんはレオンハルト国王陛下やテオバルト殿下のように黒髪である。ちなみに一番下のノルベルト王子も金髪である。
黒髪のフロレンティーナちゃん、それはそれで天使である。
「……本……好きなの?」
「うん、好き」
まぁ、ミリーやルルアと比べるのもあれだが、エルナも賑やかなほうだし、そんな3人と比べるとリリアやフロレンティーナちゃんの距離感はなんか落ち着く。
「エステルお姉様も本が好き?」
「……うん、好き。……ステラで……いいよ」
「うん。じゃあ、私もフローラでいい」
そして、しばらく沈黙が続く――
お互い本を読むことが最優先なのでこんな感じである。
やっぱり黒髪ストレートの子が本を読んでいる姿!なんかいいよね。
そんな私の癖は置いといて、フロレンティーナちゃんも本好きの空気のようなものを感じ取ってくれたのだろう。
「どんな本が好き?」
そして、たまにこうして話しかけてくる。
「……『星降る夜のファンタジア』かな」
「何それ?知らない」
これだけここに通い詰めているフローラちゃんが知らないとなると、ここには置いていないのだろうか。お城の図書室にないとなると、街には王立図書館もあるらしいので、今度行ってみよう。
「……今度一緒に……読む?」
「いいの?うん、読む!」
か、かわいい。守りたいこの笑顔ってやつだ。
「フローラ……ちゃんは……何が好き?」
「かわいい魔物図鑑とか不思議な植物図鑑」
変な本とかじゃなくて良かった。フローラちゃんはそのまま大人になって欲しい。
「ステラお姉様、夜に月や星の光を吸って光るお花、本当に実在するのかな?」
「それは――」
危ない。『星の光を吸って発光するルミネセンス、さらに言えばクロロフィル蛍光や遅延ルミネセンスだとしたら、励起光が弱すぎて人間の目にはほぼ目視できない。もし本当に夜に自発的に明るく光っているのだとしたら、それは光を吸っているのではなく、植物の細胞内でルシフェリン・ルシフェラーゼ反応。つまり、光る物質であるルシフェリンに、ルシフェラーゼというタンパク質と酸素が化学反応を起こすことで強い光を生み出している』って言うところだった。
でも実際、仮説を立てるなら、地球の理論で言えば植物がルシフェリンを持っていることは考えにくい。この花が夜に光るのは、花弁の表面に発光微小体、つまり微生物を飼っており、植物自身は光の触媒となる酵素ルシフェラーゼしか作らないが、夜になると花から薄い蜜を分泌し、微生物が持つルシフェリンと、花の酵素が混ざり合うことで、光の反応が始まるとか、そんなところだろう。微生物は蜜をエネルギー源とし、花は受粉目的で蛾などの夜行性生物をおびき寄せるために光る。どちらも利益がある共存関係というわけだ。まぁ、こっちはただの妄想だけど。
それはそれで綺麗だが、フローラちゃんの夢は壊してはいけない。
「どうしたの?」
「……図鑑に……あるなら、どこかの樹海に……あると思う」
今度、フローラちゃんのために調べておこうかな。
でもやっぱりこの世界に確実にある現象で仕組みがわからないものの仮説を立てるのは楽しい。それを証明していく過程も面白いが、仮説という妄想を膨らませるのも楽しいのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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