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3. 科学の理論と知の探究者

 ――それから数日の時が流れた。

 ルルアやリリア、そしてエルナとも仲良くなったそんなある日のこと。

 テオバルト殿下を通して私の研究資料がグランツラント王国学術会議会長の手に渡っていた。それを読んだ会長がわざわざ城に足を運んでくれたのだ。

 彼は私の代わりに学会で代弁してくれる存在だ。なんだか申し訳ない。

 そんなわけで私は今応接室にいるのだ。テオバルト殿下も一緒である。

「話していた通りだが、会長が話を聞きたいらしい」

 仕事モードの殿下はやはりかっこいい。

「エステル……サンフルーヴと……申します」

「お初にお目にかかります。私は学術会議会長のフランク・ヴァイスハイトでございます。そんな肩書は置いといて、私も長く学者として生きておりますが、こんな理論は初めて見ました!素晴らしい、の一言ですよ」

 少しぼさぼさの髪に眼鏡、そして白衣となんかイメージ通りの学者である。雰囲気は優しそうだ。

「本当ですか!?」

 またやってしまった。褒められると大きい声を出してしまう。悪い癖だ。

「えぇ、ですが!私には理解できないことも多く、まだ具体的な内容についてはわかっておりません。何度も読んでみたのですがどうも理解が追い付かず、こうしてお話を伺いに参ったのでございます」

「……質問をいただけたら……答えます」

「まずはこの炎を発生させる基礎術式の意味をお答えいただけますか?」

「あぁ、そこですね。そこは単純に火や炎とは何かということを理解しなければなりません。物質が熱せられて可燃性の気体に変わり、周囲の酸素と激しく結びつく急激な酸化反応が起こります。その反応が進むと、物質が保持していたエネルギーが熱と光のエネルギーへ一気に変換されます。この熱と光を放つ現象の総称を火と呼び、この時、激しい反応によって発生した高温のガスや微粒子が眩しく輝く状態を炎と呼びます。この熱がさらに次の燃料を気化させ、反応が途切れなく続くことで火は燃え続けます」

 あ、やってしまったー。ついつい楽しくなってしまって。

 好きなことだし、こういう説明系はほぼ台本通りに喋ればいいので余計なことは考えずに普通に喋れます。普段の会話だと台本があるわけではないし、いろいろ考えてしまうからね……

 でも、別にオタクキャラみたいに早口になっているわけではないです。いや、まぁ、私にとっては早口なんだけど、私の喋る速度の限界は人並か、それよりも劣るので……

「サンソ?サンカハンノウ?……そこがイマイチピンとこないのですよ」

 そうですよねー。

「……ごめんなさい。わかりやすく説明すると、たとえば薪を熱すると、まず目に見えない粒に変わります。これが空気中に含まれる物を燃やす特別な粒と激しく混ざり合い、抱き合うようにして一体化します」

 フランクさんはメモをしっかり取りながら話を聞いてくれている。

「なるほど、粒ですか。その先ほどおっしゃったサンソ?というのが、空気中に含まれる物を燃やす特別な粒ということですね?」

「はい。ただ、物を燃やすだけではありません。火や炎の説明ではそれで間違いはないのですが、私たち人間にも必要な物で呼吸をすることで体内に取り入れています。なので、密閉空間などで火や炎を燃やし続けると酸素がなくなっていき大変なことになります。あ、でもそれは理論上であって、その前に二酸化炭素中毒――」

「おい。話が逸れているのではないか?」

 殿下、その目、怖いです。わかっています。またやってしまいましたね。殿下が同席した意味が分かった気がします。

 あ、でも、長文話すの疲れるから途中で話を挟んでくれると楽だよね。フランクさん、あえてやってくれているのかな?

「……ごめんなさい」

「いえいえ、では『一体化します』の後からお願いします」

「この一体化の衝撃で、薪が秘めていた力が一気に解き放たれ、熱と光に変わります。この現象が火です」

「それが火の正体というわけですか」

「その衝撃で熱せられた空気や煙の粒が、眩しく輝いて揺らめいているものが炎です。この熱がさらに次の薪を可燃性の粒に変え、反応が途切れなく続くことで、火は燃え続けるのです」

「なるほど。火や炎についてはある程度は理解できました」

「今話したことを順番に術式に落とし込んだのがその新しい基礎術式です」

「素晴らしい。そうやって火や炎の細かい工程を組み込むことで効率的に効果の高い魔術を発動できると、そういうことですね」

「はい。その通りです」

「では、次に水属性の基礎術式についてですが、こちらは?」

「水は肉眼で見えない極小の粒が結びついてできた液体です。この粒には2種類あります。水素という非常に軽い粒2つと、先ほども出てきた酸素という呼吸や物を燃やすのに必要な粒1つです。これらが2対1の決まった割合で一体化すると、1つの水の塊になります。世界のあらゆる水は、この小さな合体粒が数え切れないほど集まって構成されています」

「なるほど。また粒ですか。段々とわかってきましたよ。この粒はサンソだけでなく、いろんな粒があって、それらがポイントになるのですね。それはそうと、水属性の基礎術式もその内容を落とし込んでいるのですね?」

「はい。その通りです」

「では、先ほどの、えーと、ニサンカタンソ?というのも粒であり、エステル様の口ぶりからすると人にとってはあまり良いものではない粒もあるということですねぇ」

 逸れた時の話を覚えていてくれたのか。なんていい人。でも間違っている!

「いえ、そうとも言えません。確かに多いと人体に害がありますが、少なすぎても体内の調整機能に影響が出るため、通常の大気中にある程度の量が必要なのです」

「なるほど。……えーっと、では、続いてこちらの風属性の基礎術式について伺っても?」

「風は目に見えない空気の粒が移動する現象です。空気の粒は温められると軽くなって上へ昇り、冷やされると重くなって下へ降ります。このとき粒が減って隙間ができた場所へまわりの粒が勢いよく流れ込みます。この空気の粒の大移動こそが風の正体です。温かさの差が大きいほど粒の移動スピードが速くなり、強い風が吹きます」

「また粒ですね。えぇえぇ、わかってきましたよ!」

 なんだか楽しそうである。まぁ、私も楽しくなっているけどね。あ、たぶんまったく表情に出てないと思いますが、これでも楽しんでます。

「こちらもそれを術式に落とし込んだのですね?続いて土属性の基礎術式の説明をお願いします」

「岩石は様々な種類の鉱物が、ぎゅっと固まってできた巨大な塊です。でき方で3つに分かれます。マグマが冷え固まったもの、泥や砂の粒が積み重なり重みで固まったもの、そして、それらが強い熱や圧力で変身したものです。一見ただの硬い塊ですが、色や形の違う小さな結晶ブロックが、隙間なくパズルのように噛み合って構成されています。世界で最初にできたのはマグマが冷え固まったものです」

「なるほど。それで?」

「土は、岩石が削れた小さな粒に、生き物のカケラが混ざり合ってできたものです。何年もかけて風化し細かくなった岩石の粒の隙間に、枯れ葉や虫の死骸などが分解された栄養の粒が混ざることで土になります。さらに、その粒と粒の隙間には、水や空気も含まれています」

「はいはい」

「泥や砂は、岩石が細かく砕けた粒が、その大きさによって区別されたものです。岩石が風や水に削られ、2ミリ以下の大きさになったものを砂と呼びます。それがさらに信じられないほど細かく砕け、水を含むとドロドロになる、小麦粉のような超極小の粒になったものが泥です。どちらも元は同じ岩石ですが、粒の大きさが違うだけで、手触りや水の吸い込み方がガラリと変わります」

「なるほど、やはり土や岩石、砂や泥はイメージがつきやすいですね」

「はい。そうだと思います」

「こちらも今お話しいただいたことを術式に落とし込んでいるとして、光属性についての術式に行きましょうか」

「光は、波のように進む力を持った極小の粒です。熱い場所から、この粒が超高速で飛び出しています。この粒がモノに当たって跳ね返り、私たちの目に飛び込んでくることで、私たちはモノの色や形を見ることができます。光が生まれる源では、粒の中のさらに小さな粒が激しく動いています。大きいほうの粒のまわりを回る雷属性の粒が、熱や雷属性などの力を吸収すると、一時的に外側の通り道へジャンプします。ですが、この状態は不安定なため雷属性の粒はすぐに元の通り道へと戻ります。この元の位置に戻る瞬間に、余った力が光の粒として外へ勢いよく飛び出すことで光が生まれます」

「今度はさらに小さな粒ですか。こちらもそれを落とし込んでいる、と。なるほど。ではお話に出てきた雷属性の術式について是非お話を伺いたい」

「雷は雲の中で生まれた雷属性の粒が一気に地上へ流れ落ちる現象です。激しい風で入道雲の中の氷の粒同士がぶつかり合うと、雷属性の反応が起こり雷属性の粒がたまります。雲の底にたまった大量の雷属性の粒は、地上にある反対の雷属性のものに向かって、空気の抵抗を突き破り大爆発を起こしながら一気に飛び降ります。このときの激しい光が雷光で、まわりの空気が急激に膨張して鳴る大音響が雷鳴です」

「素晴らしい。やはり共通点は粒なのですねぇ」

「はい。その通りです」

「では最後に闇属性のこの術式についてお話を伺えますか?」

 闇属性は一番難しい。魔術で言えば、科学では説明できないものが多いからだ。闇の説明は光の説明の逆を言えば何とかなるが、それはやみの説明であり、ダメージを与えるものではない。闇と闇属性の魔術は必ずしも等しいとは限らないのだ。なので、闇属性の基礎術式については科学の理を取り入れたのは少ない。その1つ、今フランクが話を聞きたいと言っているのはブラックホール系の魔術の術式である。

「土や岩石の話で物質はぎゅっと固まっていると言いました。もし、魔力によって、ある空間のあらゆる粒を、信じられないほどの超高圧力でこれ以上ないほど限界まで1点に圧縮したらどうなるでしょうか。その場所は凄まじい引き付けの力を持つようになり、まわりの空気の粒も、水も、さらには光の粒さえも引っ張られて脱出できなくなります。光すら吸い込まれて出てこられないので、その1点を中心にした丸い境界の向こう側は、すべてを捕らえて決して逃がさない漆黒の球体に見えます。これこそが、あらゆる存在を底なしに飲み込む正体、すなわち質量が極限まで詰まったことで、空間そのものが底を抜いてしまった歪みなのです」

 申し訳ないが、私もこれ以上はわかりやすく説明できない。しかも、この魔術は説明でもわかる通りとんでもない魔力量が必要になる魔術だ。並みの人間ではできない。

「なるほど、最後の最後で難しい話が来ましたね。イメージできなくはないのですが難しい!」

 そうだね。それが普通の反応だと思います。

「とりあえずは、わかりました。闇属性のこの魔術についてはおいおい理解するとして、他の属性についてはある程度は理解したのでこれを元に学術会議で代弁しますね!」

「……お願いします。……お手数をおかけします」

「いえいえ、とんでもない!これはやはり素晴らしい。これは歴史が動きますぞ!」

 なんかすごく張り切っている!でも、そこまで大袈裟にすることなの?

「だろうな。俺も最初にそれを読んだ時、意味は理解できなかったがすごいということは理解できた。そして、今日の説明を聞いて確信したからな。本当にエステル以外が使っても効果があるのかの確認をするための実証実験を赤鳳魔術師団長クラウスにも任せている。念のため学術会議と実証実験の結果を待つが、その結果を待つ必要もないだろう。これまでは基礎術式でできる範囲のイメージが重要でそれを応用術式にどう落とし込めるかが重要視されていた魔術だ。応用術式に目を向けるのではなく、その基本となる基礎術式にこれほどの細かいイメージを落とし込んで新しく構築してしまうとは……」

 実証実験を行っているのは赤鳳魔術師団、通称ロート・フェーニクスの団長であるクラウス様だ。かなりの使い手と聞いている。証人としてはこれ以上ない人選だろう。

「これは賢者内定と言ってもいいでしょうな!」

「焦ることはない。俺はフェテールのようにエステルを手放す気はないからな」

 何?そのプロポーズみたいな台詞。そして、少し笑みを浮かべながらこっち見ないで欲しい。

 とまぁ、そんな殿下は置いといて、この後も少しフランクさんと楽しい会話を続けるのでした。ただ、テオバルト殿下も私の話を理解しようと真面目に聞いてくれていたようですね。それは少し嬉しいかも。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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