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49. 理の魔女と冥焔竜

 それから私たちは魔物を見ることなく最深部、つまりは現在の調査限界の階層に辿り着く。

「――これは酷いな。一体何があったと言うのだろうか」

 ディートリヒさんの視線の先には魔物の血のようなものが飛び散った跡がある。それもそこら中に……だ。辺り一帯に同じような痕跡があり、引きずった跡のようなものも見える。

「これはまずいことになったわね。ハンターの仕業の可能性も否定はできないけど、普通はここまでしないわよね」

「うん、深層からヤバいのが出て来たのかもしれないよね」

「……あぁ、なんという悪趣味で無慈悲な惨状だろうか。飛び散った鮮血の紅は、まるで僕という劇薬のような美に狂わされ、命を散らしていった者たちの最後の叫びのようだね。だが、美しくない。実に美しくないよ。この血生臭い空気は、僕の繊細な呼吸器への暴力以外の何物でもないさ。僕の吐息が汚れてしまう前に、一刻も早くこの不快な赤を僕の美貌で上書きしてしまいたいものだね」

「あんたの呼吸器が止まれば静かになってちょうどいいんだけどね」

「黙れ。血の匂いに寄ってくる奴がいるかもしれん、口を閉じろ」

「しっ!何か聞こえるよ?」

「原因を調べる必要はある。行ってみるしかなさそうだな……」

 ディートリヒさんはため息をつく。そして、私たちは音のする方向に進むのであった――

 瘴気が漂う広い空間。これまでにも同じような空間はあったが、今まで以上に広く、洞頂も高い。

「……オプスキュレクスだ。だが、何をしている」

 そんな大空洞の中央にオプスキュレクスの姿があった。だが、様子がおかしい。何かと戦っているようだ。

「何かと戦っているみたいだよ!ハンターというわけでもないみたい」

 しばらく私たちは様子を見る――

 すると、暗闇の奥から、おそらくこの異変の原因と思われる存在が姿を見せる――竜だ。

 首は長くはなく、前足と後ろ脚の四足、背中にある翼に翼膜はなく翼骨格、つまり骨だけが鱗で覆われている。洞窟内での移動や背中を守るなどの戦闘の補助、音や振動の感知、体温調節など、理由はわからないが、とにかく骨格部分だけの翼が残っている。そして、目のようなものはあるが、退化して見えていない可能性が高い。何らかの理由があって残っているのだろう。四足で歩行であり、二足歩行にはならないようだ。

 そんな姿の竜であった。オプスキュレクスはその竜と戦っていたのだ。

 だが、次の瞬間にはその竜が黒い炎を吹き、オプスキュレクスを仕留め、そのままオプスキュレクスを食べ始め、骨をも噛み砕く音が辺りに響き渡る――

 狩りゲームの魔物やモンスターの登場シーンのようだ。

「――なっ、なんだ、あれは!?」

「……ああ、あれは、目撃情報は極めて少ないのですが、……確か、あの文献に載っていた、何でしたっけ、……え~っと、そそ、そう!冥焔竜ヘルヴルムですね、はい。その文献によれば、多くの被害が出たとか……だったと思います、はい」

「かなりまずいんじゃないかしら?そんなの災害級以上じゃない」

「……ひぃっ、な、なんて冒涜的で醜悪な造形美の欠如なんだ!……神が泥酔しながら粘土を捏ね繰り回したとしか思えない悪夢の具現化じゃないか!」

「これ逃げたほうが良くないかな?」

「……黒い炎。……やっと見つけた。……ターゲット変更。……あれを狩る」

 このチャンスを逃すことはできない。冥焔竜ヘルヴルム……闇の原子を証明するための相手としてはこれ以上ない存在だと思う。

「はぁ?……おい!あんたらの賢者様はこう言っているが、頭がおかしいのか?」

「否定はできないのであります~!」

「マジかよ。冗談であって欲しいが……」

「……でも、仮に俺たちが逃げて、これが迷宮の外に出たら大変なことになるっすよ?倒すしかないんじゃないっすかね?」

「へっ、上等じゃねぇか!ようやく、うちのアーレント・コルネⅥに相応しい相手が出て来たってわけか!」

 そんな時であった――

 ヘルヴルムが顔を上げて私たちがいる方向に顔を向ける。退化しているような目とはいえ、睨まれているように感じる。

 身を隠していたのだが、ヘルヴルムには私たちの居場所が正確にわかるらしい。

「見つかってしまったようね」

「ちっ、やるしかないってことかよ!報酬はたんまりと上乗せしてもらうからな!」

「ひぃ、こっちに来るよ!……でも、やるしかないなら!」

 エマさんが先陣を切る。高い身体能力ですばやく近づき、ヘルヴルムの頭を殴るのであった。だが、ヘルヴルムには効いていない。

 ヘルヴルムはエマさんを狙って前脚を振るうのであった。

 私はエマさんの前に魔力障壁を展開し、それを防ぐ。

「――ありがとう!……くっ、硬い!こいつ硬すぎるよ!」

「……コルネリアさんは銃で目を狙って。……あそこには鱗がない。……ディートリヒさんは注意を引き付けて、イレーネさんはディートリヒさんの援護に徹して。……カミルさんは瘴気の無効化に専念。……ユーリアさんとヘルフリートさんは翼を狙って。……動きを制限するためにもできれば切り落として欲しい。エマさんは自由でいい。私はエマさん、ユーリアさん、ヘルフリートさんを援護する。……あ、アルベルトさんは隠れていて」

「簡単に言ってくれるな、おい……」

「1人で3人の援護をする気?そんなの無理よ!」

「……大丈夫。……私は理の魔女、魔術学の賢者……だから」

「そうだったわね。じゃあ、任せるわよ?」

「……うん、任せて」

「じゃあ、始めるとすっか!ひゃっは~!うちのアーレント・コルネⅥが火を噴くぜぇ!」

 そう言ったコルネリアさんはヘルヴルムの目への攻撃を開始する。

 目には直接当たってはいないものの、やはり、ヘルヴルムは嫌がっている。これでいい。

「くれぐれも俺に当てないようにな」

 ディートリヒさんもヘルヴルムに斬りかかっていく――

「じゃあ、俺らも行くか!ちびっこ!」

「行くのであります~!」

 ヘルフリートさんとユーリアさんもそれぞれ翼を狙って攻撃に出る。

 こうして、本格的にヘルヴルムとの戦闘が始まるのであった――

 だが、特に決め手のないまま戦いが進んでいく。攻撃魔術もいろいろ試したが、ほとんど効いていないようだ。いや、まぁ、威力は抑えているからなんだけどね。だって、素材を吹き飛ばすわけにはいかないよね。私にとっては討伐ではなく、素材を手に入れるのが目的なんだし……

 それでもしばらくするとヘルフリートさんが左側の翼を叩き切るのであった。

「――しゃあ!まずは左翼を切り落としたぜぇ!」

 ヘルヴルムは前脚を高く上げて咆哮を上げる。耳をつんざくような咆哮だ。

 それからのヘルヴルムは狂ったように周囲に黒い炎を吹き続ける。

 近接組は近づけそうにない。

 私はエマさん、ユーリアさん、ヘルフリートさんの3人それぞれの前に同時に魔力障壁を展開してそれを防ぐ。

 しばらく、そんな防戦一方の時間が続く――

「ぐ、あぁっ……!だ、ダメだ、そろそろ限界だよ……!僕の魔力が枯渇してしまう……!この僕の至高の肌に瘴気のせいでくすみが……シミができてしまうじゃないかぁぁっ!美の神への冒涜だ!こんなの絶対に許されない!早く、早くあの醜悪な竜をどうにかしてくれ!僕の美しさが死んでしまう前に……頼むから早くぅぅっ!」

 黒い炎は瘴気を発生させるので、カミルさんに負担がかかっている。限界が近づいているのは無理もない。だが、瘴気を無効化できなければ、くすみやシミでは済まないぞ?

「このままではキリがないわ!そのうちこっちに限界が来るわよ!攻撃魔術も効いてなさそうだし、どうするの?」

「おい!さすがに弾も持たねぇぞ!」

「このままじゃ全滅であります~!」

 魔術も威力がないと効きそうにない。そうするとアルミニウム粉粉塵爆発か?水素爆発も誘発すれば威力はそれなりに出る。いや、ダメだ。ここは洞窟内だし、火や爆発は使いたくない。大空洞なので、少しくらいは問題ないだろうが、何より本気を出すとヘルヴルムが木端微塵になるかもしれない。本気を出さないと仕留められないだろうし……うーん、どうしたものか。

 まぁ、ミリーだったら迷わず粉塵爆発を使いそうだけどね。エルナなら……って、今この状況でミリーもエルナも関係ない。……待てよ、エルナなら、……そうか。……これしかない。

「……ディートリヒさん、……ヘルヴルムの目を剣で刺して、……刺したまま退避することは可能?」

「はぁ?急に何を言い出すんだ?近づけそうにないだろ!」

「……全力でサポートする。……私とイレーネさんで……防御魔術を展開すれば……大丈夫」

「何が大丈夫なんだ!」

「じゃあ、俺がやるっすよ?俺の大剣ならいけるっすよね?」

「……ダメ。……大剣は大きすぎる。……ヘルヴルムの目は小さい。……その周りの鱗も硬い。……大剣だと深くは刺さらない」

「……ちっ、あぁ、わかった。やってやるよ。やればいいんだろ?」

「……コルネリアさんはディートリヒさんが近づくまで頭に向かって銃を撃って」

 そして、全員が私の指示通りに動き出す。

 コルネリアさんが銃をヘルヴルムの頭を狙って撃っている間にディートリヒさんが距離を詰める。そして、私とイレーネさんでディートリヒさんを援護する。魔力障壁でディートリヒさんを包み込んだのだ。

 ディートリヒさんはそのまま黒い炎に突っ込み、そして、ヘルヴルムの目に剣を突きさして、退避するのであった。見事である。

「刺したぞ!これでいいんだな!?」

「……大丈夫。……あとは任せて」

 ヘルヴルムは前脚を高く上げて再び咆哮を上げる――

「……これで終わり」

 私はヘルヴルムの目に刺さった剣に向かって雷魔術を放ったのである。

 その雷は剣を伝って、ヘルヴルムの脳を焼く。

 ヘルヴルムは抵抗する間もなく、一撃で肉体の全機能をシャットダウンさせ、その場に倒れるのであった――

「おいおい、マジかよ。本当にやっちまうとは……」

「……ふぅ、何とかなったわね」

「私はあまり役に立てなかったけど、勝てて良かったよ」

「……は、はぁ……はぁ……終わった、のかい……?ああ……神よ、感謝するよ。この僕という奇跡の造形が、あの瘴気によって永遠に損なわれずに済んだことを!……ふぅ、危うく僕の完璧な美貌に拭えない汚点が刻まれるところだったよ」

 こうして、私たちは冥焔竜ヘルヴルムの討伐に成功したのである――


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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