48. 理の魔女と異世界迷宮
――それから2日後。
私たちは昨日1日使って浅い階層の調査を行い、ハンター協会公式の情報と変化がないことを確認してからオプスキュレクスが目撃された最深部に向かうことにした。
今は中層部を進んでいるところだ。浅い階層でも中層部でも何回か魔物に遭遇しており、討伐しながら進んでいた。
しばらく中層を進んだ私たちは広い空間に出る。洞頂も随分と高い。
「おぉ、一段と綺麗なのであります~」
「あ~、あれは淡月塊だな!でも、うちもこれほど大きな淡月塊がこんなにある光景は見たことねぇな」
ユーリアさんとコルネリアさんが話しているのは洞頂や洞壁からその一部を露出させ、辺りを薄っすらと照らす石の塊のことである。浅い階層でも似たようものはあったが、その多くは「朧光石」という石であり、淡月石はそれよりも珍しい石だ。浅い階層でも淡月晶と呼ばれるサイズの淡月石を見かけることもあったが、それが塊であちこちに露出している。
そのため、この迷宮は決して昼間のように明るいわけではないが、真っ暗というわけでもない。まぁ、朧光石も淡月石も光が強いわけではないので、この空間も薄暗いといった感じだ。
だからこそ、見上げた時の淡月塊が綺麗に見えるのだろう。まさに月のようである。まぁ、本当の月とは違っていっぱいあるけど。
「……ふっ、まるで僕という眩い恒星を讃えるために、夜空がひざまずいて星々を散りばめたかのようだね。この儚い光は、まさに僕の憂いを帯びた横顔を照らすために誂えられた天然の舞台照明じゃないか!岩肌に眠る鉱石たちですら、僕の美しさに当てられて自ら光を放たずにはいられないのさ。罪だね、美しすぎるという――」
「しっ、静かにしろ!……何か来るぞ!」
ディートリヒさんがカミルさんの言葉を遮ったのであった。その言葉に全員が一斉に臨戦態勢に入る。
コルネリアさんの銃に取り付けてあるライトに照らされたのは蜘蛛の魔物であった。と言っても大きさは人よりもひとまわり大きな蜘蛛だ。一番前の脚、つまり第I脚が鎌のようになっている。
「ああっ、あれはメッソル・カベラネアですね、はい。洞窟でよく見かけるカベラネアの亜種で第I脚が鋭い鎌状になっているのが特徴です、はい。かっ、鎌に毒があるので注意してくださいね、はい」
「のんきに解説している場合じゃないわよ!囲まれているわ!」
「え~、私は蜘蛛が嫌いなんだよね!とっとと片づけちゃおうよ!」
エマさんは蜘蛛が嫌いなようだ。まぁ、私もどちらかと言えば嫌いだけれど……
「じゃあ、うちに任せておけ!ひゃっは~、蜂の巣にしてやるぜ~!」
そう言いながら突撃型魔導銃アーレントの、え~っと、コルネリアさん改造バージョンのいくつかは覚えてないけど、とにかくアーレントで周囲のメッソル・カベラネアを撃ち抜いていく。
「ふん、見たか!これがうちのアーレント・コルネⅥの力だ!」
周囲のメッソル・カベラネアをすべて撃ち抜いたのであった。まぁ、雑魚敵はコルネリアさん1人で十分だよね。
そして、アーレント・コルネⅥだったか。もう、6回も魔改造しているんだね、コルネリアさん。
「おい、コルネリア!俺の獲物も残してくれよな!」
そう言ったのはヘルフリートさんだ。ヘルフリートさんもずっとやる気満々だ。
「おい!音で他の魔物が寄ってきたらどうする!」
ディートリヒさんの言いたいことはわかる。だが、まぁ、可能性はなくはないが、ほぼあり得ないだろう。
「……大丈夫……だと思う。……爆発音や……聞いたことのない音を聞いたら……警戒して……近づいてくることはない。むしろ……警戒して隠れるのが普通」
どんなに強い魔物でも動物と変わらない以上はそれが普通の行動だ。ライオンだって近くで銃声や爆発音がしたら逃げるのが普通だ。
人間だって街中で銃声や爆発音が聞こえたらわざわざその方向にはいかないだろう。SNS用に撮影するために近づく馬鹿はいるかもしれないけどね。まぁ、あれよね。人が持つ「知性」や「社会性」は文明を発展させたが、「承認欲求」や「野次馬根性」という形で、生存に不可欠な危険察知能力を麻痺させてしまう場合もあるということってことだよね。
もちろん、警察や軍人などのように、その場所を守っているとか、侵入者を何としても排除する使命があるとかなら近づいて排除しようとするだろう。消防士のように爆発による火災に立ち向かう人たちもいる。そのような魔物がいるなら話は別だが、この世界の迷宮は自然洞窟であり、ボスや番人みたいな存在はいない。地上と同じく、ただ魔物が生息している場所なので、竜のような魔物でない限りは隠れる、または逃げるのが普通だろう。
「それならいいのだが……」
「え?マジっすか!?魔物出て来てくれないと俺がいる意味がねぇっすよ!」
「まぁ、何事もないのが一番であります~!」
「つーか、今のでオプスキュレクスも隠れちゃったんじゃないっすか?」
「へっ、何を言ってやがる!まだ中層だろうが!さすがにうちだってそのくらい考えてるっつーの!天才だからな!」
「それにしても魔導銃っていうのはすごいわね。まだ珍しいけど、最近はハンターも使い始めている人もいるわよね。こうやって実際に見ると納得よね」
「ふっ、そうだろ!特にうちのアーレント・コルネⅥは最強だぜ!」
「いや、まぁ、それはわからないけど……」
「そうかな?弾とかも必要なんだよね?殴ったほうがいいと思う。拳だけでできるからね!」
エマさん、確かにそれはそうなんだけど、エマさんは脳筋タイプだったかぁ。でも、エマさんはそれでいいと思う。
「よく言うわよ。蜘蛛が苦手で殴れないわよね」
「まぁ、そうなんだけどね。あはははは!……でもさ、嫌いだからこそ本気で殴れるよね!逆にかわいい魔物とかは殴れなくない?」
「じゃあ、今度出てきたら殴りなさいよね」
「それはちょっと嫌かも、えへへ」
「……ふっ、だが、実に無作法で暴力的な鉄の筒だね。だが、放たれるあの閃光と一筋の煙。……まるで僕の完璧すぎる流し目に貫かれ、一瞬で心臓を射抜かれてしまった哀れな淑女の命の瞬きのようじゃないか。命を奪う道具ですら、僕の視界に入れば一編の芸術へと昇華されてしまう。罪だね、僕という存在は!」
「あぁん?芸術だぁ?うちのアーレント・コルネⅥを淑女の命とか変なもんと一緒にしてんじゃねぇぞ!」
「おい、それを僕のほうに向けないでくれたまえ。この僕が蜂の巣になるなど、神への冒涜だから勘弁してほしいね」
「あんたのポエムのほうがよっぽど神への冒涜よ」
「……周囲に魔物の気配はなさそうだ。先に進むとしようか」
そう言ってディートリヒさんが歩き出す。私たちもそれについて行くのであった――
その後も特に何事もなく進むことができ、私たちはついに最深部がある深層に入るのであった。ちなみに最深部とは現在の調査限界点の階層のことであり、深層はその階層を含めた複数の深い階層を指す言葉だ。
そんな深層をしばらく進んでいた私たちだが、ディートリヒさんがあることに気づく。
「……おかしいな。魔物の数が少ない。この辺りから強力な魔物と遭遇する頻度が高くなる想定だが、その気配すらない。隠れているのか、あるいは……」
「中層までは特に問題なかったわよね」
「あぁ、何かが起こっていれば中層でそのような魔物たちを見るはずだが……」
「……そそっ、そうなんですよね、はい。……縄張り争いで敗れたなら中層に逃げ出しているはずですし、隠れているだけなら、はい、気配や痕跡、匂いが残っているはずなんですよ、はい。……それが全くないということは不気味ですね、はい」
「……ふっ、怯える必要なんて何もないさ。魔物たちも弁えているのさ。深層に潜む獰猛な獣たちですら、この僕の神々しいまでの美しさに圧倒され、畏怖のあまり息を潜めているだけなんだからね。罪深いよ、僕の美貌は生態系すら狂わせてしまうのだから」
「あんたの頭のほうが狂っているわよ」
イレーネさんのツッコミもキレが増していく。
「頼むから今は黙ってくれ」
「オプスキュレクスが関係しているのかな?全部食べちゃったとか!」
エマさんが問う。
「……い、いえ、たたっ、確かにオプスキュレクスは獰猛な魔物ではありますが、むっ、群れで行動するような魔物ではありません、はい。単体で深層の魔物をすべて捕食するなど不可能ですよ、はい。たまたま多くのオプスキュレクスが深淵から上がってきたのであれば、可能性はなくはないですが、そのオプスキュレクスも見当たりません、はい」
確かにもしそうであれば、オプスキュレクスには既に遭遇しているだろう。
「それに瘴気も濃い。……とにかく、気を引き締めていくぞ。どちらにしても調査はしないといけない」
不穏な空気が漂い始めるのであった――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけた場合はページ下の【★★★★★】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!




