47. 理の魔女と野営
――ミアスタールの森。
私たちは予定通り2日目の夕方にミアスタール迷宮の入口付近に到着し、野営の準備を整えていた。就寝用のテント、シャワー用テント、トイレ用テントも設置済みだ。トイレ用は男女で分けており、シャワー用テントについては男性用としてシャワー1基のテント、女性用としてシャワー2基の大きなテントだ。女性のほうが多いのでこのようにしている。どの道、見張りも必要で交代制になるのでこれで十分だ。快適な野営施設の完成である。
そして、私は今、ユーリアさんと一緒にシャワー用テントに入っている。
「温かくて気持ちぃのであります~」
「……そうだね」
「昨日も入ったのでありますが、野営でも温かいシャワーを浴びることができるなんて最高でありますな~。エステル様に感謝であります~」
ユーリアさんや他の人たちに喜んでもらえて何よりだ。
「……ありがとう」
私は髪や体を温かいお湯で濡らして、お湯を止める。まぁ、ハンドルは大きめで固いがこれは仕様通りであり、水の生成・通水とジュール熱を用いた加熱を順番にしなければならないので仕方のないことだ。
シャンプーで洗ってお湯で流し、体をボディソープで洗ってお湯で流す――
シャンプーやボディソープも衣類用洗剤を応用してフィリーネさんに作ってもらっているので、それを持って来ているのだ。
タオルで体を拭いて、ドライヤーで髪を乾かす――
ドライヤーも予定通り雷魔術とジュール熱、風魔術を利用した仕組みで作ってもらったのだ。快適である。エレオノーラさんとコルネリウスさんに感謝だね。
そして、ユーリアさんと一緒にシャワー用のテントから出る。
「お待たせしたのであります~!コルネリアさん、どうぞ、なのであります~!」
エマさんとイレーネさんは先に入っているのであとはコルネリアさんだけである。
「おぉう!わかった!」
「食事の準備も始めているわよ」
「いい匂いでありますな~!お腹ペコペコなのであります~!」
イレーネさんは今夜の食事用として渡しておいた「牛肉の赤ワイン煮込み」の缶を空けて、魔導コンロの上に置いた鍋で温めているところだ。良い香りが辺りに漂っている。
あとは缶の中に生のパン生地を入れ、缶ごとオーブンで焼き上げて、熱々のうちにそのまま蓋をして密封した、いわゆる缶内焼成のパンも用意している。
どうだ。抜かりはないだろう。
「これ便利よね。確かに冷凍でもいいかもしれないけど、解凍しなくていいから早いし、味や食感も落ちないわよね」
「……喜んでもらえて、……何より」
「魔導シャワーも便利だよね!野営でちゃんとしたシャワーを浴びることができるって嬉しいよね」
そう言ってくれたのはエマさんだ。
「あぁ、さすがは賢者様。あなたが紡ぐ知性は、まるで僕の麗しい髪を撫でる夜風のように洗練されているよ」
いや、意味不明である。カミルさんが何を言っているのか私には理解できない。
「あの魔導シャワーから零れ落ちる雫たちを見たかい?まるで僕という美の結晶を讃えるために天から降り注ぐ涙のようだった。野営の泥にまみれ、危うく僕の完璧な肌がくすむところだったけれど、賢者様の発明のおかげで、僕は今夜も世界で一番罪深い輝きを取り戻すことができたのさ」
これはどう対応するのが正しいのだろうか。誰か教えて欲しい。
「相変わらずお前が何を言っているのかさっぱりわからん」
ディートリヒさんである。まぁ、ディートリヒさんがわからないのなら、私にわかるはずがないよね。放置するのが正解ということか……
「くぅ~!サッパリしたぜぇ!」
そう言いながら男性用のシャワーテントから出て来たのはヘルフリートさんだ。
「アルベルトさん、次いいっすよ!お待たせしたっす!」
「……ああっ、ありがとうございます、はい。最後でいいと言ったのは、ぼっ、僕なので大丈夫ですよ、はい」
「お、美味そうじゃねぇっすか!いや、これは絶対に美味い匂いっすね!アルベルトさんも早くしないとなくなっちゃうっすよ!」
「いや、全員のシャワーが終わるまで待つわよ。……だから、アルもゆっくりしてきていいわよ」
ツッコミ担当のイレーネさんも大変だ。普段はカミルさんだけだと思うが、今日はヘルフリートさんもいるので忙しそうである。……まぁ、冗談だけど。
「……あっ、ありがとうございます、はい」
アルベルトさんはそう言ってシャワーテントに向かっていく――
それからしばらくして、コルネリアさんとアルベルトさんもシャワーを終え、みんなで食事だ。
「――くぅ~、やっぱりこれもうめぇな!」
ヘルフリートさんはいつものようにすごい勢いで食べている。「待て」と言われた犬が「よし」と言われた後のそれである。
「……あぁ、なんということだ。舌の上でほどけていくこの肉の繊維はまるで僕という絶対的な美を前にして、恥じらい、崩れ落ちていく淑女たちの心のようだ。赤ワインの芳醇な香りは、僕の吐息のように深く罪深い。そしてこの焼き立てのパン……外側の香ばしさと内側の無垢な柔らかさは、気高き僕と、僕を慕う無邪気な子猫ちゃんたちの関係そのものじゃないか。ふっ……今夜の僕は、満たされすぎて夜空の星すら嫉妬させてしまいそうだ」
カミルさんはまたこんな調子だ。あと、昨日だったか今日の朝だったかは忘れたが、同じことを言っていたような気がする。というか、意味不明過ぎて全部同じに聞こえてしまう。
「はぁ、また始まったわね。うっとうしいから黙って食べてくれないかしら。……それに、あんたを慕う女性なんていたかしら」
「あぁ、イレーネ。君は何もわかっていない。このような素晴らしい食事をどうして黙って食べることができようか」
「いいから黙ってさっさと食え!冷めるぞ」
「私はおかわりしようかな!」
そう言ったのはエマさんである。まぁ、いっぱい食べておくれ。
「あ、俺もおかわりするっす!」
「私もおかわりするのであります~!」
「じゃあ、う~ちも!」
ヘルフリートさん、ユーリアさん、コルネリアさんが続く。昨夜の「豚肉の熟成葡萄酢煮込み」も人気だったが、こちらも人気である。
「……いよいよ、明日は迷宮に入る。今日はしっかり休んで、明日は気を引き締めていくぞ。迷宮の中は何があるかわからないからな」
「そそっ、そうですね、はい。まっ、魔物相に変化がある可能性もありますのでね、はい」
まぁ、簡単に言えば、当然魔物同士で争ったりするわけで、生息する魔物の種類に変化があったりするということだ。迷宮から出てくる魔物は基本的には縄張り争いに敗れて迷宮での居場所を失った魔物たちだ。それだけが理由とは限らないが……
とにかく、だからこそ迷宮は高ランクのハンターでなければならない。未知の魔物と遭遇する可能性もあるからだ。特に最深部の奥、つまり深淵から未知の魔物が出てくる可能性もある。深淵でもまた縄張り争いがあるのだ。
「まずは迷宮内の調査からよね。既存の情報と現在の状況に差異がないか調べないといけないわよね」
「あぁ、その通りだ。まぁ、頻繁に変わるようなものではないけどな。それにこの森にも特に変化はないようだ。迷宮に変化がある場合は、迷宮の魔物が森に現れることもあるが、今日1日歩いた限りではそれもなかった」
「まぁ、何もないことを祈るしかないよね~」
私はそんなエマさんの言葉がフリにならないことを祈りたいと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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