45. 理の魔女と学術調査計画
――お城にある私の執務室。
それからしばらくして、アルベルトさんの知り合いのハンターさんから情報が入る。
フリーデンの西方に位置するミアスタール迷宮。
ミアスベルクとネストベルクという2つの山の谷にあるその迷宮で、オプスキュレクスという魔物を目撃したハンターがいるという情報が入ってきたのだ。
オプスキュレクスとは、魔物図鑑によれば、翼がない二足歩行の肉食竜であり、言ってしまえばティラノサウルスのような見た目である。黒い炎を吹くとされ、私が探している魔物の条件に合致する。アルベルトさんも過去に実物を見たことがあるようだ。
ちなみにこの世界の迷宮はボスもいなければ宝箱などもない。ただの地下洞窟であり、魔物が蔓延る迷宮だ。地上にはない独自の生態系があり、地上にはほとんど出てこない珍しい魔物も生息している。だが、当然ではあるが、極めて危険な場所である。人が立ち入ることができる限界を「最深部」と呼び、その先は「深淵」と呼んでいる。深淵は特別な空間になっているというわけではなく、深くなればなるほど強力な魔物が生息しているため、ハンター協会の調査隊が現段階で調査可能な範囲という意味での「最深部」と、その先の「深淵」という意味なので更新されることもある。このため、協会は深淵への立ち入りを非推奨としている。
この日はハンターからの情報を元に学術調査の計画を立てているのだ。
私は机に地図を広げてそれを眺める。
「……ミアスタール迷宮はここ。……ミアスタールの森を……通らなければならない。……余裕を持って考えると、……フリーデンから森までが半日……森を抜けるのに1日。……迷宮の調査に最大3日。……森を出るのに1日、帰還に半日。……くらいかな。……出発は1週間後にしよう」
「エステル様、本当に行くつもりなのですね。私は心配です」
「私たちはお留守番ですよね~!」
メイドである2人を危険なところには連れていけないので2人はお留守番の予定だ。まぁ、2人が強いのはわかったけれど、メイド以上のことは頼めないし、頼みたくはない。私のことは気にせずにゆっくりして欲しいと思っている。
「……うん。……2人は連れていけない。……ごめん」
「大丈夫なのであります~!このユーリアに任せて欲しいのであります~!1匹たりとも魔物を近づけないのであります!」
さすがにユーリアさんには同行してもらう。
「ルルアもリリアも大丈夫だ!俺もついて行くからな!……そうっすよね!理の魔女様!」
そして、何故か参加することになったヘルフリートさんだ。食堂で学術調査の話をしていたら、それを聞いていたヘルフリートさんがパンデミック時に家族や友人を助けてもらったお礼とのことで同行する気満々になってしまったのだ。まぁ、仲間は多いほうがいいので助かるが……
「……うん。これで4人だから――」
「はいはい。ちょっ、ちょっと待ってください!」
アルベルトさんが私の言葉を遮るように少し大きな声を出す。
「……まっ、まさか、僕も行く流れになっていませんかね、はい」
「……当たり前です。……魔物学者の……知識も必要なので」
「やっ、やっぱり、その流れですよね!ぼぼっ、僕は戦力にはなりませんよ?」
「……知っています。……ですが、……魔物の生態調査で……現地に行くことも……ありますよね?」
「はいはい、まぁ、それはそうなのですけどね?」
「アルベルトさん!同行するしかないっす!理の魔女様がこう言っている以上、従うしかないんじゃないっすかね!」
「ぼぼっ、僕のほうが賢者として先輩なんですけどね、はい」
「後輩を助けてあげるのも先輩の仕事だと思うっすよ!……それとも怖いんすか?先輩!……女の子が行くって言ってるのに怖くて逃げる先輩って、先輩としても男としてもどうなんすかね?」
「ダサいと思うのであります!」
いや、ユーリアさん。それは……
「……はいはい、わかりましたよ!……いい、行けばいいんですよね、行けば!……わかりましたよ、はい。……まぁ、ぼぼっ、僕もミアスタール迷宮には興味がありますからね、はい」
言い過ぎだとは思ったけど、ナイスだね、ヘルフリートさん。アルベルトさんには来てもらわないと困る。どんな魔物が出てくるかわからないからね。成功率を上げるためにもアルベルトさんの知識は必要だよね。
「……アルベルトさんの……知り合いのハンターさんたちも……同行してくれる。……という認識で合っていますか?」
「……彼らには、ぼっ、僕が頼んでおきますよ、はい。……彼らなら同行してくれると思いますからね、はい。……僕が調査に出る時に同行してくれる人たちですからね、はい」
「……ありがとうございます」
「ぼぼっ、僕も彼らが同行しないなら行きたくはありませんからね、はい。……説得はしますよ、はい」
「そのハンターってどんな人たちなんすか?」
「はいはい、天狼の牙といってですね、はい。……4人組の凄腕ハンターたちですね、はい。かっ、彼らは僕が一番信頼できるパーティですからね、はい。ここっ、今回もいてもらわなければ困りますね、はい」
「へぇ、楽しみっすね!どれほどの腕か興味あるっす!俺も騎士になる前はハンターの見習いやってたんすよ!」
「――今日は一段と賑やかだな。また何かするつもりか?」
そんなところに入ってきたのはテオバルト殿下だ。
まぁ、別に隠す必要もないだろう。すぐにバレることだしね。それに私には学術調査という大義名分がある。
「……学術調査の計画」
「お前、まさか自分で直接探しに行くつもりか?」
「……当然」
「それを俺が許すと思っているのか?」
やっぱりそう来るよね。そんなことは想定済みである。
「……許可は必要ない。……これは賢者として、……魔術学の研究のための……調査であり、……研究のために必要なこと。……『国のため、民のために未だ無知なる暗闇に真理の灯火を掲げ続ける』と……あの日、……誓ったからには……闇魔術の謎を……解き明かすのが……私の使命。……それを邪魔するのは、……賢者としての私を……否定するのと同じこと」
「ふっ、言うようになったな。……だが、今度俺を心配させるようなことをしたら許しはしない、とパンデミックの後の賢者会議で言ったはずだ」
確かにそんなことを言っていた気がする。でも、私もここは絶対に譲れない。
「……許さなければいい。……それに好きなように……すればいいと言ったのは殿下。……殿下が心配するかしないかは、……私には制御できない。……つまり、制御できないことを考えても……仕方ない。……私は自分のやりたいことをするだけ」
「……わかった」
殿下は大きく溜息をつく。
「何を言っても考えを変えるつもりはないようだな。本当はお前を縛り付けてでも行かせたくはないが、今回は俺の負けだ。……だが、今回だけだ。いいな?」
何それ?殿下にはそんな趣味があったのか?……まぁ、冗談だけど……
嫌われる覚悟もあったが、どうやらそんなことはなさそうだ。……ということは、今回は私の勝ちだ。だけど、何だろう、この気持ち。少し申し訳ない気持ちもある。私のことを心配してくれているわけだしね。
「……うん。約束する。……それに私の強さは……殿下なら良く知っているはず。……心配しなくていい」
「確かに、それはそうだが、それとこれとは話が違うだろ」
「……同じだと思う」
「お前は何もわかっていないな」
私が何をわかっていないというのか。まぁ、いいや。これで殿下の許可を得たのも同然なので堂々と調査に行くことができる。
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