44. 理の魔女と孤星の魔物学者
――アルベルトさんの研究所。
翌日、私はアルベルトさんの研究所を訪れていた。
アルベルトさんは魔物の解剖中だったため、私もマスクと防護服を装備して解剖室に入ったところだ。ユーリアさんは解剖室の外で待機している。
解剖台に乗せられているのは、おそらくファンテネブリアである。もちろん、既に息はなく、どこかで討伐されたものだろう。
ファンテネブリアは前にも説明した記憶があるが、サキュバスのような魔物であり、他種依存型雌性発生生物に分類される。
他種依存型雌性発生生物は、他にドライアドのようなサルトゥスフェア、ハーピーのようなヴォラピナ、セイレーンやローレライのようなイレシーナなどが有名だ。すべて綺麗なお姉さんではなく、人型ではあるが、異形の魔物である。
ちなみに他種依存型雄性発生生物もおり、こちらはゴブリンのようなパルヴィオル、オークのようなフェロブール、オーガのようなカルニフォル、トロールのようなヴィロブストなどが有名だ。
どちらも、人や人型魔物、類人猿系魔物の異性を繁殖に利用する生態を持つ。ただし、他種依存型雌性発生生物と他種依存型雄性発生生物ではうまく繁殖できないとされている。
前世の地球でいえば、日本の多くの地域に生息するギンブナやメキシコなどに生息するカダヤシ科の淡水魚のアマゾンモーリー、台湾、中国、東南アジア原産で日本でも問題になっているタイワンシジミと同じである。ギンブナとアマゾンモーリーは他種依存型雌性発生生物、タイワンシジミは他種依存型雄性発生生物である。
ちなみにアマゾンモーリーのアマゾン川ではなく、アマゾネスという意味だ。アマゾネスが女性だけの部族であることとアマゾンモーリーの生態からその名前が付いたらしい。
魔物の説明の後に言うのもなんだが、この世界の「人」にも触れると、以前、純人と亜人でも混血は存在しないと言った記憶があるが、それは雌性発生生物や雄性発生生物と言う意味ではない。
純人がプレーン、あるいはバニラであり、そこに様々な血が入ったのが亜人とされているためだ。この世界で科学的に証明されているわけではないが、私の仮説はこうである。
例えば、純人と亜人の子どもは、「純人の遺伝子」と「亜人にある純人の遺伝子」または「純人の遺伝子」と「亜人特有の純人ではない遺伝子」の遺伝子によって、どちらか片方になる。
例えば、魔人と獣人の場合は、純人の遺伝子をベースに「魔」か「獣」どちらかの遺伝子が結び付くので、両親のどちらかの種族が生まれる。
そして、亜人の同種の場合、魔人を例にするなら、純人の遺伝子をベースに確定で「魔」が入るので魔人が生まれる。「純人と純人」「魔と魔」にはならない。
要はどのパターンも純人の遺伝子をベースに残りの席をそれぞれの種族で取り合い、その結果、その席が純人なら純人、魔人なら魔人となる。
仮説としてはまだ弱いところはあるが、私はそのように考えている。
「……かかっ、解剖室で申し訳ないですね、はい。……みみっ、見ての通り、珍しい個体が手に入りましてね、はい。……見てください、レギーナ・ファンテネブリアというファンテネブリアの上位種ですよ、はい」
レギーナ・ファンテネブリアには諸説あり、ファンテネブリアが何らかの原因で先天的に変異した個体である。あるいは後天的に変異、あるいは進化したものとされている。いずれにしても、通常種よりも格段に能力が高いとされている魔物だ。
ただし、アルベルトさんも言う様にかなり珍しい魔物であり、孤星の魔物学者と呼ばれる彼がこのような反応を見せるのは頷ける。
レギーナ・ファンテネブリアの体は胸部から腹部にかけて綺麗に開かれ、体内が見える。わずかに臓器は違うようにも見えるが、どうやら人間と同じ構造のようだ。
……あれ?……待てよ。人間と同じ構造?……これはこの世界の医学の発展に役立つのでは?
とすると、アルベルトさんは魔物学者であるが、同時に医学者にもなれるのでは?……孤星の魔物学者なんて言われている根暗な人だが、まさにダークホースなのではないだろうか。
これは想定外の収穫だ。……いや、人型の魔物なのだから当たり前か。今まで何故気づかなかったのだろう。前世でも類人猿は人に近い構造だったはず。この世界の「人型」の魔物は類人猿よりも人に近いから「人型」なのだ。体内の構造も類人猿よりもさらに人に近いと考えるのが妥当である。
人型魔物で手術の練習を重ねれば、そのまま人間の外科手術もこなせるようになるのでは?
人間にいきなり使うのは危険な新薬も、構造が人間に近い人型魔物で試せば、かなり正確な効果や副作用がわかるのでは?
……いや、後者は流石に駄目か。生きた魔物で試す必要があるけど、そんなことは難しいし、倫理的にどうなんだろうという葛藤があるよね。異形の魔物とは言えね。前者は、まぁ、人が安全に暮らすには討伐しないといけないこともあるし、処分されるくらいなら……という思いはあるけれど。
「……アルベルトさん」
「ははっ、はい!……何ですか?」
「……すごいことに……気づきました。……少なくとも、……このレギーナ・ファンテネブリアの内部構造は……人の構造と酷似しています。……つまり……医学を発展させるための……宝庫になり得るということです」
「……はい、はいはい、……いや、そそっ、それは僕も考えていました、はい。……でで、ですが、調査などできませんからね、はい。……証明することはできませんでした、はい。……人型であり、……かっ、彼らが繁殖に利用できる種のひとつに人が含まれる。……ととっ、ということは共通点もあるということなのですよ、はい」
その通りだ。ファンテネブリアをはじめとし、先ほど例に挙げた魔物たちはあくまでも「魔物」であり、異形の人型の魔物だ。言葉をしゃべることもできない。だが、類人猿系の魔物よりも人に近いというのは明らかであり、だから「人型」なのだ。
「……アルベルトさんは、……人類の希望に……なるかもしれませんね」
「ぼぼっ、僕が、ですか?……やっ、やめてくださいよ、はい。……ぼっ、僕はただの魔物学者です、はい。……そそっ、そんな大きな仕事はできませんね、はい」
「……この件は……後でフランクさんに……相談してみましょう」
「そそっ、それが良いと僕も思います、はい。……それで、……何の用でしたっけ?」
「……あ、そうでしたね」
ここに来た理由を忘れるところだった……あはは。
「……黒い炎を……操る……魔物を探しているのは、……以前、……お話したと思います」
「はいはい。……なるほど。……しかしですね、……闇の力を使う魔物自体が珍しいんです、はい。……ぼっ、僕のところにも、……滅多に入らないんですよ、はい」
「……ハンターに知り合いがいると……聞いています」
「はいはい。……まぁ、そうですけどね、はい。……かかっ、彼らに恩を作りたくないんですよね、はい」
「……ハンターたちなら……何か、目撃情報が……あるのではと」
「確かに、はい、……目撃情報は持っている可能性はありますね、はい。……かっ、彼らは常に狩り場に出ていますのでね、はい。……ですが、はい。……地上ではほぼ目撃されることはないはずです、はい。……たっ、たまに迷宮から出てくることはありますが、……基本的には迷宮内部が生息域ですね、はい」
「……迷宮に行けるほどの……ハンターじゃないと……情報は持っていない。……そういうことですか?」
「はいはい、そう考えるのが妥当ですね、はい。……まぁ、僕の知り合いには、そういうハンターもいますけどね、はい」
「……じゃあ、お願いできますか?」
「……わっ、わかりましたよ。きっ、君の頼みであれば、彼らに聞いてみますよ。……ただし、あまり期待はしないでくださいね、はい。……珍しい魔物なのでね、はい」
「……ありがとうございます」
「……ききっ、君に恩を売っておくのも悪くないですからね、はい」
こうして、私はアルベルトさんをも巻き込んで闇の原子探しを始めるのであった。
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