41. 理の魔女と蓄音機
――ヴィーラント工房。
この日は国民の生活水準向上第3弾のためにこの場所を訪れていた。魔導銃の時のようにエレオノーラさんにも来てもらっており、コルネリウスさんの技術とエレオノーラさんの技術が必要なものを作ってもらおうとしているのだ。
それはエジソン式蓄音機だ。一般庶民向けではないが、貴族向けにはなるだろう。貴族たちの間で娯楽品として広まれば、長い時間はかかるかもしれないが、いつかそれは庶民向けにもなっていくはずだ。
「エステルも大変だな。いろいろ国から頼まれてさ」
そう言ってくれたのはエレオノーラさんである。確かに大変ではあるが、私は設計図を書くだけだ。実際に洗濯機などを作ったのはエレオノーラさんやコルネリウスさんである。
「……私は設計図を……作っただけ。大変なのは……エレオノーラさんと……コルネリウスさん……です」
「まぁ、そうかもしれねぇけどな!設計図を書くのだって大変だろ?」
まぁ、確かにそうだ。前世の記憶があると言っても、そこにエレオノーラさんやコルネリウスさんの技術レベルを考慮し、魔術を使った仕組みも落とし込んでいるので、それなりに時間はかかる。とはいえ、前世の記憶がベースにあるので、私の役割はそんなに大きくはない。
「……とまぁ、愚痴はこれくらいにして、次は何を作るんだ?」
「……蓄音機です」
「要するに音を記憶するってことか。……そうするとその音を出すこともできるってことだよね?」
「はい。……その通りです」
「だが、そんなもんどうしろってんだ?」
「……音の本質は……空気の振動……です。その振動を……利用します。……まずは……コルネリウスさんに……金属を筒状、または……円柱状に加工してもらいます。その表面に魔力を流すと柔らかくなる金属系のスライムの素材を加工した少し硬めのゲルを薄く塗ります」
金属系のスライムは基本的に身を守るために固くなっているが、動く時はゲル状になる。まぁ、そうしないと動けないからだ。この時に魔力を使って柔らかくなっているのだ。その性質は核を失っても変わらないので、魔力を流してやれば柔らかくなるのである。
ちなみに金属系のスライムは核を破壊すると、ゲル部分からゆっくりと魔力が抜けていき、最終的に固くなるのだ。
私は設計図を指差しながら説明を続ける。
「……音の記憶の仕組みは、……ゲルに魔力を流して……柔らかくします。……針を取り付けた……振動板、つまり、真鍮や薄い金属片に向かって声を出すと、空気の波で針が震え、回転するゲルの表面に……物理的な溝が刻まれる……という仕組みです。……記憶した音を出す仕組みは、……まずゲルに……魔力を流さないこと。……再びその溝に針を滑らせて……回転させると、針が震えて……ラッパ部分から声が出る……という仕組みです。……回転は風魔術で行い、……威力を固定すれば、……同じ速度で回転するため、……記憶させる時と……その音を出す時に……ズレることがなくなります」
「なるほどなぁ、理解したぜ!がはははは!」
「この仕組みは螺旋状に溝を作っていくものだと認識したけど合ってるよね?……それと、筒状、または円柱状にした金属の長さによって、記憶できる音の長さが違うってことで合ってるよな?」
「……はい。その通りです」
「……すると、針もよぉ、その金属に連動して移動させなきゃいけねぇわけだな」
「……はい。その通りです」
これに関しては歯車と送りネジの仕組みで実現できるはずだ。
「これって複数の楽器などの音も一緒に記憶させられるの?」
「はい。……例えば、人の声と……複数の楽器の音などが……同時に鳴っても、……空気中では……それらが合成されて……複雑な形をした……1本の波になります。……振動板は……それを受け、……針はその通りに揺れて……溝を作るため、……問題ないのです」
「それはすごい話だな。わざわざ楽団を呼ばなくても部屋で音楽を流せるってことだろ?楽団も金属の筒を売ればわざわざ出向かなくても儲けられるってわけだ。まぁ、それはこの魔道具を通さないほうがいいんだろうけどさ」
「……なぁ、振動板は薄い金属でいいとして、音を拾って刻む針の素材は何にする?柔らかい金属じゃすぐに先が潰れて溝が潰れちまう。まずは焼き入れした硬い鋼を極細に研ぎ出してみるか!」
「……はい。……まずは鋼で……試してみて、……もしゲルが削れやすいとか……針が摩耗するようなら、……より硬い鉱石や……魔石を使うことも……考えましょう」
「まぁ、調整が必要ってこったな!わかった、考えてみるぜぇ!」
「……そういえば、洗濯機の設計図だけど、温度管理魔導具みたいに有料で売り出したのか?」
「……はい。……エレオノーラさんだけでは……広く普及させるのは……負担がかかりすぎて……無理だと思うので」
「まぁ、そうだね。助かるよ。私も洗濯機だけ作っているわけじゃないからね。こうやって新しい設計図を回って来るからな」
「俺が作った密封缶はどうだ?」
「……あれも確認ができたら、……設計図を売り出します。……少し前に試作缶詰を作ったので……ある程度期間を……置いてからですね。いくつか作ったので……期間を分けて1つずつ開けて、……中身がどうなっているかを確認し……問題なければ、普及に向けてって……感じです」
「まぁ、食いもんだからな。それは慎重にもなるか」
「……はい。そこは慎重に進めます」
「……そういえば、洗濯機ってやつは、ありゃ、便利だな!がはははは!うちでも使わせてもらってるぜ!」
「あんたのところはすぐに汚くなるだろうからね」
「ここは鍛冶工房だ!仕方ねぇだろ!フィリーネやお前のところとはちげぇんだ!」
「――まったく、その通りだぜ!そもそもロッティは頭ん中がきたねぇだろ!」
話に入ってきたのはコルネリアさんだ。
「まぁ、それは否定しないけどね。困った馬鹿弟子だからね」
「……んなことより、何だ?また新しい魔導具かよ!……あぁん?……武器か?このラッパみてぇなところから今度は何が飛び出すんだ?」
「……武器ではない。……音が飛び出る」
「音だと!?……なんだ、武器じゃねぇのか!じゃあ、うちは興味ないな」
「何言ってんだ!馬鹿娘がぁ!お前も手伝え!」
「うるせぇな!バカ親父!うちは銃の改良で忙しいんだ!」
「鍛冶師がそんなもんを一体何に使おうってんだ!」
「この天才コルネリア様が国のために改良してやってんだ!うちの改良が上手くいったら役立つだろ?バカ親父!」
「まぁ、確かにその通りかもしれねぇけどな!限度ってもんがあるだろ!」
「はいはい、親子喧嘩はそこまでにしなよ。……というか、喧嘩ってわけでもないか。2人とも仲良しだからな」
「あぁん?誰がこんなバカ親父と仲がいいって?笑わせるなっつーの!」
「こんな口も態度もわりぃ馬鹿娘と仲がいいわけねぇだろ!」
「いや、そうやって言い合ってるけど、いつも楽しそうに仕事してるよね?」
「そういう、てめぇもロッティと仲良しじゃねぇか!うちにはそう見えるけどな!」
「まぁ、ロッティは魔導具師としての腕は確かだし、私もそこは認めているからね。……まぁ、頭の中はアレだけど。それでも別に仲が悪いってわけじゃないからな。私は2人と違って素直になれないわけじゃないから、仲が良いのは認めるよ」
「うちらだって別に素直になってねぇとか関係ねぇし、本心だけどな!なぁ?親父!」
「その通りだぜ!がはははは!」
いや、まぁ、どう見ても仲良しだよね。この親子……
「まぁ、そう思うならそれでいいんじゃないかな……」
こうして、私たちは生活水準向上第3弾に向けて動き出したのであった。
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