36. 理の魔女と新たな洗剤
――フィリーネさんの研究所。
翌日。私はフィリーネさんの研究所にいた。もちろん、衣類用の洗剤を作ってもらうためである。
相変わらずフィリーネさんの研究所は綺麗だ。
「エステル氏!お久しぶりですな~。今日はかわいいカビたちを見に来た……というわけでもなさそうですな」
そして、オリヴィアさんも相変わらずである。
「オリヴィアさん、あなただけよ~?カビに興味があるのは」
フィリーネさんも相変わらずオリヴィアさんをバッサリだね。
「……それで、今日はどうしたの?」
「……今日は……洗剤を作ってもらいたくて……来ました」
「どんな洗剤を作るのかしら?」
「界面活性剤を……含む洗剤……です」
あ、界面活性剤の説明も必要か。ただマッチがないんだよな、この世界。魔術あるから火をつけるのは魔術でいいからね。どう説明しよう。あ、キノコでいいか。
「界面活性剤の……説明ですが、……界面活性剤の粒の塊は小さなキノコのような形をしています。丸い傘の部分は水となじみやすく、細長い柄の部分は油となじみやすい性質を持っています。これを含んだ洗剤を水に混ぜると、このキノコたちが一斉に動き出します。油汚れを見つけると、キノコたちは軸の部分を油に向かってぐさぐさ刺すように集まっていきます。すると、油汚れの周り全体が、外側を向いたキノコの傘で隙間なく覆われます。外側がすべて水となじみやすい傘で包まれたことで、油汚れは水の中に浮き上がり、そのまま水と一緒に流されていく……これが汚れの落ちる仕組みであり、界面活性剤を含む洗剤の目的です」
どうかな?わかりやすく説明できたと思うけど。
「……なるほどね~、理屈はわかったわ~!それをどうやって作ればいいのかしら」
「……資料にまとめてきました」
私はフィリーネさんに資料を渡す。
「まず、材料ですが……植物油、……灰汁から精製・純化した液、……精製水、……蒸留酒等から精製したアルコール、……分解成分、……ハーブや柑橘類から抽出したオイル……です。分解成分は……混ぜられないので、洗剤自体を3パターン用意します。……肉食植物系の魔物から取れる成分、……脂質分解酵素として油分の多い種子から取れる成分、……繊維分解酵素として草食系の魔物から取れる成分です」
分解成分については、肉食植物系の魔物から取れる成分がタンパク質分解酵素、油分の多い種子から取れる成分が脂質分解酵素、草食系の魔物から取れる成分が繊維分解酵素だ。
「作り方は、……精製水に木灰から純化した液を少しずつ混ぜます。……次にそれを温めた植物油の中に少しずつ注ぎながら混ぜ合わせます。……さらに高濃度アルコールを少しずつ混ぜ合わせます。……それを人肌くらいにまで冷ましてから……分解成分を混ぜます。最後に精油を数滴たらして、……全体を優しく混ぜ合わせ完成です」
これを応用してシャンプーやボディソープ、食器用洗剤も作れそうだ。今はとりあえず衣類用洗剤だけど……
「……わかったわ。でも、魔物の素材はアルベルトさんに調達してもらうことになりそうよね~」
「はい。……後で私が……相談に行きます」
「それは助かるわ!……私は絶対に行きたくないわね。エステルちゃんも気を付けるのよ?」
まぁ、フィリーネさんの言い分をわかるけどね。というか、フィリーネさんならそうだろう。
「……思い出しただけで気分が悪くなるわね。あんな気持ち悪いところは二度と無理よ。あんなところは人間の行く場所じゃないんだからね!」
とはいえ、アルベルトさんもすごい言われようである。というか、じゃあ、普通に行ける私も人間じゃないのか?……まぁ、いいけど。いや、よくはないけど……
「ということは、エステル様も人間ではないということでありますか?」
おい、ユーリアさん。それは聞かなくていいことでは?
「あ!違うのよ?これは言葉の綾で……ごめんなさい!」
「……大丈夫です。……気にしていません」
「ほら!エステルちゃんって女神みたいでしょ?ね?そういうことよ!」
どういうことだ?……まぁ、本当に気にしてないけどね。
「……そういうことに……しておきます」
「女神でありますか~!確かにそうかもしれないのであります!」
いや、これ以上は広げなくていいからね、ユーリアさん。
「……そういえば、あれから特に問題ないでありますか?」
ユーリアさんが聞いているのは例の帝国スパイの襲撃事件のことだ。
「えぇ、特に問題ないわよ。エステルちゃんたちは?」
「……問題ないです」
「私もジークフリートさんの仕事っぷりを見たかったのであります~!普段あんな感じでありますからね」
「まぁ、普段は確かに頼りないわよね~」
ジークフリートさん、くしゃみしてなければいいけどね。
「まぁ、うちの研究所も警備を強化してくれてるから大丈夫よ、きっと」
まぁ、それについては警備担当の騎士団の皆さんを信用するしかない。
「……はい。そうですね」
「――エステル氏!見て欲しいものがあるので来てください!」
隣の部屋からオリヴィアさんの声が聞こえてくる。面倒事でなければいいのだが……
私は渋々隣の部屋に行くのであった。そして、彼女の顕微鏡を覗く。
「カビだと思ったのですが、どうやら違うようですぞ!」
「……これは……放線菌……だね」
「この子は放線菌というのですなぁ」
放線菌といえば、ペストなどの抗生物質、ストレプトマイシンのストレプトマイセスが有名だよね。あとはチーズで有名なブレビバクテリウムも放線菌。
というか、ストレプトマイセス探しもしたほうが良いんだよな。後で資料作ってオリヴィアさんに渡しておくか。
「……ちなみに……薬になる……種類がある」
「何ですとな!?どういう子が薬になるのですかな?」
「……後で……資料を作って……渡す」
「了解しましたぞ!お待ちしておりますぞ!」
まぁ、そうだなぁ。仮に見つかって培養する場合は培養液と温度が違うんだよね。温度管理はどうしようかな。28℃前後だからパーム核油あたりがいいのかな?……いいや、後で考えよう。
「楽しみですな~」
オリヴィアさんは楽しそうである。それにしてもこうやって放線菌まで見つけてくるとは流石はオリヴィアさんだね。私はまたやることが増えてしまったけれどね。
「所長!この子の仲間も薬になるみたいですぞ!」
「う~ん、聞こえてたから大丈夫よ?オリヴィアさん、頑張ってね~」
まぁ、ペニシリンの時は急ぎだったし、優先度が高かったのでフィリーネさんも積極的だったが、今は急ぎではないのでオリヴィアさん任せになるよね。フィリーネさんも暇じゃないし。
「え!?丸投げですかな!」
「だって、好きでしょ~?そういうの~」
「まぁ、好きですけど……」
「ほら!私はいろいろ他にもやることあるでしょ~?そういうのは好きな人に任せたほうが良いじゃない?」
「それはそうですけどなぁ」
「オリヴィアさん、頑張ってね~。応援はしてあげるわ!」
「応援されてもって感じですなぁ」
オリヴィアさんはため息をつくのであった――
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