27. 理の魔女と執務室の天使!?
――お城の私の執務室。
猩紅熱との激闘から半年後。私がグランツラント王国に来てから約1年半が経とうとしていた頃。
あれから街は今までと同じ日常を取り戻し、活気が戻っていた。ペニシリンも順調に生産が続けられており、生産できる環境も広がっていった。とりあえずは、安心できると思う。
また、私の設計でエレオノーラさんがつくった温度管理機魔導具は人間の部屋用としても出回り始めている。
私の設計書を販売してもらったのだ。もともとお金儲けのために作ったものではないので無料で公開してもらおうとしたのだが、結局みんなの意見で有料に決まった。もちろんエレオノーラさんが改良した内容は含まれていない。
最近の私はというと『現代魔術学』を執筆していたり、闇属性の原子についても調査を続けている。だが、闇属性の原子については、ジークフリートさんの意見を聞いた後でアルベルトさんにも聞いてみたが、そもそも闇属性の炎を扱うような魔物は種類も少なく、珍しいとのことで、迷宮などの深い階層でなければ見つからないということだ。なので、違う方法も模索している。
「……ステラお姉様。空気の粒は顕微鏡でも見えないの?」
最近は執務室にフローラちゃんが入り浸るようになった。中等学院が休みの日だけであるが、私の執務室に来て、応接用のソファに座って本を読んだり、顕微鏡で何かを見ていたりする。
「……小さすぎるから見えないよ」
空気の主な成分である酸素や窒素の分子は、大きさが約0.3〜0.4ナノメートル、10億分の1メートルだ。仮に光学顕微鏡の最高スペックだとしても、見える限界の大きさは約200ナノメートルまでだ。空気の粒はそれよりもはるかに小さいため、光の波長をすり抜けてしまい、像を結ばない。
「……そうなんだ」
「……でもね。……空が青いのは……光が自分より……遥かに小さな……空気の粒にぶつかって、四方に激しく……跳ね返る現象なんだよ。……光は波のように進み、その波の幅が長い赤い光と、短い青い光の2種類がある。空気の粒が小さすぎるため、波の幅が長い赤い光は粒を障害物と感じずにそのまままっすぐ通り抜けるけど、波の幅が短い青い光は小さな粒に何度もまともにぶつかってしまい、四方八方へ飛び散る。昼間に空を見上げたとき、この跳ね返って空いっぱいに広がった青い光が目に届くから空が青く見える」
まぁ、レイリー散乱である。19世紀末にイギリスの物理学者ロード・レイリーが電磁気学・マクスウェルの方程式を基に理論的解明を行ったものだ。
「……じゃあ、夕焼けが赤くなるのはどうして?」
フローラちゃん、鋭い質問だね。
「夕方は太陽が傾くでしょ?光が空気の中を進む距離が昼間よりずっと長くなる。散乱しやすい青い光は途中でほとんど跳ね返り尽くし、私たちの目に届く前に消える。一方で、障害物をすり抜ける赤い光だけが、長い距離を耐え抜いてまっすぐ私たちの目に届くから、赤く見える」
「……そうなんだ。今見えている青空も、夕方の綺麗な空も……目に見えない空気の粒がそこにある証拠なんだね」
「……そうだね」
たまにこういう会話をしながら、静かな時間を過ごす。まぁ、ルルアが騒いだり、リリアが怒ったりして完全に静かな時間ではないこともあるが……
それはそうと、フローラちゃんはそういうことにも興味があるようだ。私のせいで興味を持つようになった、と言ったほうが正しいかもしれないが……
「……エステル、これが今回の輸出のお前の取り分だ。あとでしっかり受け取っておけ」
部屋に入ってくるなりテオバルト殿下が明細書を持ってくる。
薬の輸出利益の1割が私の収入になるのだ。お金儲けのためではないし、何なら前世の知識なので、一度拒否はしたのだが、国として困ると国王陛下やヴェルナー宰相、殿下などから言われ、渋々受け取っている。
世界唯一の独占生産・輸出国となっているので、輸出利益も膨大な額になっているし、国やコルネリウスさんをはじめとする職人、フィリーネさんたちをはじめとする薬師、その他関係者も潤っているが、その1割が毎回入る私の懐は既にキャパオーバーだ。
「エステル様、今回はお部屋に白金貨をぶちまけたり、ベッドの下に詰めたりしないでくださいね」
私には雑に扱ってリリアに何度か怒られた過去がある。収納魔術でもいいのだが、そのまましまうと使う時に出すのが面倒だし、小分けにするのも面倒だし、使うであろう分だけ収納魔術でしまっているのだ。それ以外はどっかに置いておきたい。
「ウォークインクローゼット……になら……いいかな?」
「ダメに決まっています」
うぅ、リリアが厳しい。ウォークインクローゼット……ダメだったかぁ。良いと思ったんだけどな。
「じゃあ――」
「ダ・メ・で・す!ちゃんとしまってください」
私は「じゃあ」しか言っていないぞ。
「……はい」
「あんまりリリアやルルア、ユーリアを困らせるなよ」
私を困らせることを言ってくる殿下がそれを言うのですか……
「……それより、今朝、ヴァルデスルーエから連絡が入った。数日前にお前の兄弟姉妹が国境に現れたらしい」
ど、どうして!?と驚く流れかもしれないが、別に何とも思わない。「へぇ」って感じだ。あの人たちに興味はない。
「……そうなんだ」
「彼らが言うにはサンフルーヴ家は爵位剥奪。お前の父親と長男は死刑、元子爵の正妻は自殺。その他の兄弟姉妹は奴隷に落とされたからお前を頼って逃げてきたらしい。お前の噂はフェテールでも流れ始めているからな」
まぁ、私を取り逃がした責任をあの男が負わされるのは当然だろう。私は逃げる時点でそういう未来も予測はしていたが、まぁ、フェテールはそういう国だ。
「……それでどうなったの?」
「ヴァルデスルーエは特に理の魔女を慕うものが多い。お前がどんな扱いを受けてきたかも皆が知っている。国境警備兵たちがそんな者たちをこの国に受け入れるはずがない。途中からお前を貶し、自分たちのほうが役に立つと言っていたらしい。もちろん国境警備兵が彼らの意見を聞くことはなく、最終的に暴言を吐いてフェテール方面に消えていったとのことだ」
「……愚かな人たち。……自分たちのほうが……役に立つと言うなら……自力でなんとか……すればいい」
「その通りだな。……対応はこれで良かったのか?」
「……それでいい。……あの人たちに会うつもりもないし、……興味もない」
「……でも、随分と面の皮が厚い人たちですね~!」
「姉様の言う通りですね。エステル様よりも役に立つというのなら病気に効く薬でもなんでも作ってみればいいのです。口だけの人たちがエステル様を貶すなど許せませんね」
「私も許せないのであります!」
私にとっての家族はこの国にいる人たちだけだ。誰に何を言われようと私はそう思っているし、今後も変わらない。私にとって大事なのはこの国の皆のことである。
「……ありがとう」
「まぁ、どの道、彼らはこの国では生きられないだろう。この国は理の魔女を崇拝しているからな。お前はヴァルデスルーエの奇跡とフェアケールの奇跡によって民の心を掴んだ。国としても薬の輸出で外貨を得て潤っている。お前は既にその地位を確固たるものとしているわけだ。お前が自分たちよりも優れていると認めたくない彼らにとってこの国は生きづらいだろうな。まぁ、そもそも民が許さないと思うが……」
テオバルト殿下の言う通りだ。彼らには耐えられないだろう。
「新聞でもフェテール王国の愚行とサンフルーヴ家の過ちについて書かれた記事が出ていましたからね。原因不明の死病から国を守り、その薬で富を生んだエステル様を異端とし、その価値にも気づかずに手放した。一方で、そんなフェテール王国と比較し、エステル様の価値に気づいて受け入れた国王陛下とテオバルト殿下を称える内容も書かれていましたね」
リリアはしっかりそういう情報も仕入れている。
猩紅熱のパンデミックの影響はそういう形でもいろんなところに影響が出ているのだ。もちろん、被害という面での悪い影響は忘れることはできない。だが、技術の広がりや薬による利益、民の国に対する評価など、そういった面での良い影響も出ているのは確かだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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