26. 理の魔女と星降る夜のシンフォニア
――ブルーノさんのお屋敷にある庭園。
凄絶を極めた現場での死闘から、約4ヶ月が過ぎた頃。
闇取引ルートからフェアケールへ持ち込まれた猩紅熱は、結局北部だけに止め、徹底した区画隔離とサルファ剤、そして奇跡的に間に合ったペニシリンの投与によって、ついに完全な収束を迎えていた。本来であれば年単位で猛威を振るい、大勢の命を奪うはずだった死病を、わずか4ヶ月で完全に封じ込めた出来事は、『フェアケールの奇跡』と呼ぶ者もいる。
だが、もちろん全員救えたわけではない。残念ながら犠牲になってしまったものもいる。私もそれを見てきた。そして。これは第1波に過ぎず、この後も波が来ることは想定済みだ。そして、厄介なのはサルファ剤に耐性を持つ耐性菌、つまり耐性菌が出てくることだ。その前にペニシリンの量産体制に入る必要がある。
また、同盟国や中立国にはサルファ剤を売れる体制は整ったし、既に一部は渡っているが、世界で発生しているパンデミックはまだ収束しているわけではない。
完全な収束はまだまだ先の話であることは分かっている。ただ今日はつかの間の休息を皆と一緒に楽しみたいと思う。
ブルーノさんのお屋敷にある庭園で賢者会議という名の食事会が開かれているのだ。
「一旦の終息とのことではあるが、まずは皆の尽力に敬意を表し、賢者会議を開くことにした。と言っても、ただの食事だがな。ほとんど何もできなかった俺からの礼だと思ってくれ」
というブルーノさんだが、北部だけで抑え込めたのはブルーノさんの尽力でもあると聞いている。
「まぁな、いやぁ、毎日働き詰めで久しぶりにくたばるかと思たぜぇ!がはははは!」
「ふっ、何言ってんだ、バカ親父!親父がそんな簡単に倒れるわけねぇだろ!まぁ、確かに少ししんどかったけどな。この天才コルネリア様にかかれば朝飯前だぜ。アルベルトも手伝ってくれたしな!」
「ぼぼ、僕なんて、……ほっ、ほとんど何もしていませんよ、はい。お2人が凄かっただけです、はい。でででっ、ですが、お役に立てたのなら、よよっ、良かったと思います、はい」
一番の功労者はコルネリウスさんとコルネリアさんだろう。危険な工程を乗り越えて完璧にサルファ剤を作り上げてくれた。アルベルトさんも尽力してくれたと聞いている。だが、当然だが、彼らだけでは不可能だった。多くの鍛冶職人たちも手伝ってくれたのだ。コルネリウスさんの元弟子たち、その弟子たち、知り合いの職人たち、多くの職人がコルネリウスさんの元に集まった。
「いやぁ、いろいろあったけどエステルが設計した魔導具を形にすることができてよかったよ!本当にいろいろあったけどな」
「マジヤバかったよね~!あんなの師匠じゃなきゃ完成できなかったんじゃないの~?」
「そんなことは当たり前だろ!私を誰だと思ってるんだ!馬鹿弟子が!」
ペニシリン培養の要である温度管理魔導具をしっかりと完成させてくれたエレオノーラさんとロッティさんにも感謝だ。私の設計を少し改良してより良いものを作ってくれた。そして、防護服などではロッティさんの魔導具の素材は役に立ったことも事実だ。
「いや~、所長殿!エステル氏!ペニシリンが間に合ってよかったですなぁ」
「本音を言うと、もう最初からすごく出遅れていたからすごく焦っていたわね~。でも、これから量産体制に向けて動き出すのよ!」
フィリーネとオリヴィアさん、それとスタッフの皆さんも尽力してくれた。各地の薬学者や植物学者も手伝ってくれたと聞いている。ペニシリン量産体制に向けた輪は今も広がりつつある。本当に安心できる日が来るまで、この2人はもう少し頑張ってもらう必要はある。
「ステラお姉様!お疲れ様です!ずっと会えなかったので寂しかったです!心配してました!だから埋め合わせに結婚してください!」
「あなたは全然変わっていませんわね!あなたのその病気に効く薬も作ってもらったら良いのではなくて?」
賢者会議とは言え、ただの食事会なので、今回はエルナたちも呼ばれている。
本当にミリーは変わっていない。
「あ、それはいらない。……ステラお姉様をギュッとして、スリスリして、愛でていれば大丈夫だから!」
「それのどこが大丈夫ですの?」
「ふっ、俺の反対を無視してフェアケールに行った時はどうなると思ったが、まぁ、今回はこの結果に免じて許してやろう。だが、今度俺を心配させるようなことをしたら許しはしない。それは覚えておけ」
そして、何故かテオバルト殿下も来ている。
「……ここは……賢者会議。どうして……いるの?」
「招待されたからに決まっているだろ。俺はお前の保護者だからな。出席する義務がある」
保護者って何?私は子どもじゃない。
「……まぁ、いいけど」
まぁ、テオバルト殿下にもいろいろ協力してもらったし、会議では背中も押してもらった。国としての対策や私たちの援護をしてくれていたのは殿下だ。そして、ここにはいないけどフランクさん。多くの人の力があった。それにはもちろんこの国民も含まれている。
「エステル、俺たちが今こうしていられるのはお前のおかげだ。それは間違いない。お前はこの国にいろんな理をもたらしてくれる。これまでも、きっとこれからもな」
「……違う。……みんなのおかげ。……私はそのひとかけらにすぎない」
「仮にそうだとしてもそのひとかけらが大事だ。お前がこの国に来てからこの国は大きく変わった。絶対に欠かすことはできないひとかけらだ」
「……そう言ってもらえるのは……嬉しい」
「そうですよ!ステラお姉様!ヴァルデスルーエの奇跡の次はフェアケールの奇跡まで成し遂げたんです!」
「俺はよぉ、嬢ちゃんの提案だから乗っかったんだ!信用できると思ったからなぁ!」
「けっ、結果として、ぼぼ、僕も巻き込まれましたけどね、はい。……ででっ、ですが、君の資料がなければ、ぼぼ、僕たちは何もできなかったわけですよ、はい」
「私もアルベルトと同じだな。エステルの設計書がなければあんなことは思いつかなかった」
「そうね~、エステルちゃんがいたから、私も福音の薬師としての居場所が見つかったわけだからね~。原因不明の死病の前に何もできない福音の薬師にならずに済んだのはエステルちゃんのおかげね!」
「俺は詳しいことはわからんが、他の賢者がこう言っているのだから胸を張るがいい!こいつらがここまで言うのは珍しいからな。それとしばらくはしっかり休め。わかったな?」
ブルーノさんまでそう言ってくれるのはありがたい。
「……はい。……そうします」
「じゃあ、私がお世話しますよ!ステラお姉様!」
「あなたは何をおっしゃっていますの?」
「じゃあ、コレで疲れを癒してみな~い?マジで飛ぶから~!」
「おい!バカ!そんなもん出してんじゃねぇよ!早くしまえっつーの!」
これはグランツラントの全員でつかみ取った勝利なのだ。それがつかの間のものであったとしてもその事実だけは変わらない。まだまだ課題もある。だけど、私はこの国でならどんな困難も乗り切れると思った。
私は医者でも薬剤師でもないただの魔術師だ。だが、理の魔女である。「国のため、民のために未だ無知なる暗闇に真理の灯火を掲げ続ける」と誓ったこの国の賢者である。私はこの国の理を変えていく義務がある。それでもそれは私だけではできないことだ。
ペニシリン量産体制を目指すこと、それ以外にもこれから発達していくだろう技術、それに関連した新しい学問、それらすべてはこの国の人々が各々前に進んでいくことでしか実現できない。いや、この国の人たちなら前に進むだろう。
これは私の、賢者たちの、そして、グランツラント王国全員の星降る夜のシンフォニアなのだ――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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