25. 理の魔女と私の選択
――フェアケールの街。
オーレア王国との地続きの国境近くにあるこの街はオーレア王国との貿易の要であり、貿易品をグランツラント王国の全土に流すための流通の要である。もちろん、すべての流通を担っているわけではないが、貿易品ということで言えば、グランツラント王国が直接各国との貿易の拠点としている南部の港街メーアブリックと並んで中心となっているのがフェアケールである。特に造船技術などが優れている海妖種がいるオーレア王国は特に貿易が盛んなので、そこから流れてくる豊富な種類の商品はこのフェアケールに集まるのだ。
そして、猩紅熱はそのフェアケールを中心に拡大していた。現状では封鎖された国境の網をかいくぐり、闇取引をしていた組織により持ち込まれ、それが拡大したと思われている。そして、港や国境だけでなく、大都市や街なども個別に封鎖が強化され、今はグランツラント北部に止めている状況だ。
――とある区画の患者たちが隔離された施設。
私は防護服を着用し、その施設の中で現場の対応に追われていた。
オフセット・シーム――つまりそれぞれの縫い目をずらした3層構造のフード付き防護服だ。袖や足首はゴムを通して絞ってある。頭部は厚手の革で作られたフルフェイス型のマスクで、目の前を塞ぐガラス窓の隙間や、顔との密着部にはロッティさんの夜の魔導具の素材を応用したパッキンが使われ、完全に密閉されている。唯一の空気の通り道である口元のフィルターには炭がぎっしりと詰まっている。「苦しい」「暑い」そんなことを言っている余裕はない。
ちなみにだが、ロッティさんの魔導具に使われる素材はこういう場面でも役に立っている。
施設の中はまさに戦場だ。事前に手順書が配られ、訓練していたとはいえ、やはり実際にこのようなことが起こると誰もが訓練通りにできるわけではない。
「……この患者さんにはサルファ剤は使えない!……ペニシリン中等部屋に連れて行って!」
私は大きな声出す。私にとってはそれも大変なことである。これでもマスクのせいで相手には聞き取りづらいだろう。
ちなみに部屋はサルファ剤重症部屋、サルファ剤中等部屋、サルファ軽症剤部屋、サルファ剤回復期、ペニシリン重症部屋、ペニシリン中等部屋、ペニシリン軽症部屋、ペニシリン回復期、そして、特別対応部屋の9つに分けているのだ。多いように思えるが、既存の建物はそもそも広い部屋が少ないので、どうせわけるなら細分化したほうがいいという判断だ。
「はい!」
「……この人は……えっと、えっと、う~ん、サルファ剤重症部屋です!」
私以外にもトリアージができるように教育したスタッフもいるが、やはりスムーズにはできていないようだ
「……この患者さんはサルファ剤中等部屋に連れていって!」
トリアージもキリがないのが現状だ――
そんな中でこんなことも頻繁に起こる。部屋から聞こえる怒号など日常茶飯事だ。大人しく従ってくれる人だけではない。
「俺は治ってるのに何でまだ薬を飲むんだ!?……なんで、大量の水を飲まされた挙句、暗い部屋に閉じ込められなきゃいけないんだ!」
回復期の患者である。気持ちはわからなくないが、こういう患者に時間を割かなければならないのも辛いところだ。
こういう患者は部屋から出ようとするので、監視の人でも必要だ。
「この病気は一度元気になってもまだ病気の原因は残っています!ここで薬をやめれば、重い病気になって命に関わります。そして、この薬は副作用として光に弱くなるので、光を少しでも浴びれば、あなたが苦しみます。あなたの気持ちもわかりますが、今は我慢してください」
「そんなものはでたらめだ!でたらめに決まっているさ!」
「……では、外に出てみますか?そこまで言うのならどうぞ。その代わりどうなっても知りません。私は忠告しました。あなたが外でのたうち回ろうが知りません。いいですね?」
「俺に死ねと言うのか!?」
「死なせたくはありません。だから、言うことを聞いてくださいと言っています」
「……わ、わかった」
私は学んだのである。このような相手には優しく行っても逆に上から目線になり、暴言を吐く。なので、心を鬼にしてあえて厳しく言う必要があるのだ――
予想はしていたが、貴族や富豪層への対応にも時間を取られることも多い。
「なぁ、もっと楽な薬があるんだろ!金なら払う!俺にもよこせ!俺にこそ、その薬を使うべきだろ!俺を誰だと思ってる!」
こういう言葉ももう何度も聞いてきた。
「あなたが誰であろうとあの薬をお渡しすることはできません。尿が出にくい、あるいは出ない人、体質の問題で摂取すると悪影響が出る人、妊婦や赤ちゃんなどあなたと同じ薬が使えない人たちのための薬です。数が少ないので、そういう決まりにしています」
「そんなこと知ったことか!金は払うっていってんだ!とっとと持ってこい!」
「あなたがそう言うのであれば、あなたの事情も私の知ったことではありません」
「生意気な小娘が!俺を誰だと思っているんだ!」
「あなたこそ私を誰だと思っているのですか?私は国王陛下より今回の病気の対策を任されている理の魔女、エステル・サビドゥリアです」
「なっ、……嘘を……嘘をつくな!」
「では、これを……」
そんな彼に私は魔力を込めた記章を見せる。記章は魔力を込めると純粋な魔力だけの輝きを放つ。これには紫外線が含まれていないので、患者に危険が及ぶことはない。ならば純粋な魔力の輝きで部屋を明るくすればと思うかもしれないが、そこまでの明るさはない。
「そ、それは……星円梟の記章……だと!?……はっ!もっ、申し訳ありません!今までの無礼は何かの間違いでして、その……」
「構いません。あなたの気持ちもわかります。これからしっかり言うことを聞いてくれたらそれで問題はありません。……いいですね?」
「……はい。もちろんでございます」
このような感じで最終手段の記章だ。これがあれば貴族も従うしかない――
一番心苦しいのはやはり子どもたちを看ることだ。
「いつになったらここから出られる?お父さんは?お母さんは?お兄ちゃんは?」
こういう現場ではもちろん面会はできない。施設の外にも子どもを心配する親が駆けつけている。それを制止するのも大変である。もちろん親も感染して施設に入っている場合もある。
「……病気が治ったら出られるよ」
「……いつ治る?」
「病気の原因の目に目ないくらい小さい悪いやつがあなたの体からいなくなったら……かな」
「……苦しいよう。……私が悪い子だったから病気になったの?」
暴言よりも何よりもこういう言葉を聞くのが一番辛い。泣きたくなってくる。これが限界で精一杯やってはいるのだが、自分の無力さを痛感する言葉でもある。
「違うよ。悪いやつのせいってさっき言ったよ? ……あなたは大きくなったら何になりたい?」
「賢者様みたいな魔術師になりたい。知ってる?遠くの街で星を降らせたんだって」
「もちろん。その賢者様は私だからね」
「お姉ちゃん、賢者様なの?」
「そうだよ。だから、大丈夫。病気を治して、魔術を勉強すればきっとなれるよ。だから、悪いやつを倒しちゃおうね。そしたら、きっとあなたは強くなれるから」
「うん。……私、頑張るね」
私にはこれくらいのことしか言えない。頑張れなんてとてもじゃないけど言えない。もちろん既に頑張っている相手に頑張れという言葉は相応しくないという理由もあるが、この選択をしたのは他でもない私だからだ。
戦場となった隔離施設ではこのようなことが毎日のように発生する。ここだけではなく、各地の隔離施設で起こっていることだろう。
猩紅熱で苦しむ患者を目の当たりにしながら、重圧や緊張感に押しつぶされそうになりながら適切な処理をするスタッフも体力的、精神的に追い込まれていく。自分も感染するのではと恐怖に震えながらそれでも懸命に対応するスタッフもいる。
永遠とも思えるようなこんな日々が続くのであった――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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