21. 理の魔女と奇跡の出会い
――フィリーネさんの研究所。
対策会議からしばらく経ったある日。
私が合流する前にフィリーネさんたちに集めてもらったサンプルの中で私が青カビと判断した第1陣は阻止円確認の抗菌性試験で全滅、求める結果が出なかった。現在は第2陣が確認できる状態になるまで待っている間に第3陣のサンプル集めをしているところである。第2陣もそろそろ確認ができる頃だ。
簡易的なマスクや白衣などを着用しての作業である。うん、科学者っぽい。
作業内容は簡単に言ってしまえば、顕微鏡で筆状体と確認できたものは青カビと判断し、事前に準備した黄色ブドウ球菌用のスライムの培地にカビの一部を植えていく作業だ。これを4パターン作る。
そうそう、スライムの培地だけど、やっぱりスライムでもできちゃったんだよね。いや、スライムは便利だね。
「いやはや、しかしながら、かわいいカビたちが薬になるとは思いませんでしたぞ!エステル氏は目の付け所が違いますなぁ。いやぁ、薬になる子に出会えるのが楽しみですなぁ、エステル氏」
この特徴的な喋り方の森妖種の女性が会議中にフィリーネさんが「カビを集めている子」である。
オリヴィア・ファドナー、21歳である。顕微鏡を手に入れてからカビを集めるようになったらしい。フィリーネにカビ集めを注意されていたが、それでもカビ集めをしていた強者である。フィリーネさんが怖くないのだろうか……
「オリヴィアさん、口ではなく手を動かしなさいね~」
「まぁ、手ではなくて、どちらかといえば目ですぞ、所長殿!」
やはり、フィリーネさんに注意されてもこの対応とは強者である。
「……どれどれ、キミは対象の子ですかな?……おぉ、違うけどいい表情をしておりますな。……キミはどうですかな?……キミも違うようですな」
と、こんな感じで作業中も顕微鏡をのぞきながらずっと独り言を言っている。
「……ん?……これ、初めて見る形ですぞ!エステル殿、来てください!」
オリヴィアさんが見たことのないカビ?……そう思いながら、オリヴィアさんのもとに向かい、彼女の顕微鏡を覗く。
タンポポの綿毛のような形だ。これはコウジカビの仲間だろう。あの「コウジ」である。コウジカビは乾燥に強く、乾燥した果物などで見かけるカビであるが、乾燥したものだけにしか生えないのではなく、これは普通の果物だと青かびなどに負ける場合が多いから、とかだった気がする。肉眼では見分けが難しかったりするので、乾燥した部分から採取したのが混ざった可能性もある。
「……コウジカビの仲間……かな」
「なんですとな!?キミの名前はコウジカビだったのですな」
カビを見ているだけなのに本当に楽しそうにするなぁ、この人は……
「オリヴィアちゃん、私にも見せてもらえるかしら?」
フィリーネさんも興味津々だ。まぁ、小さな世界が見えるようになったばかりだからね。フィリーネさんも興味あるのだろう。
そう思いながら私は自分の作業に戻るのであった。
そうそう、コウジで思い出したけど、龍人たちが築いた龍国アマネという国に味噌や醤油、味醂などがあるらしい。……らしいというか、現状はオーレア王国にしかいない海妖種しか行けない場所みたいで、古くから海妖種と交易があるから、オーレア王国経由でグランツラント王国にも入って来るんだけどね。まぁ、でも、そんなに数は多くないから珍しい食材なんだよね。
「どうでしたかな?所長殿。コウジカビもかわいいでしょう」
「うーん、どうかしら~。それはちょっとわからないわね~」
私もカビがかわいいという感覚はわからない。まぁ、顕微鏡で覗くと面白いものもあるのは認めるけどね。
「とにかく、生産株を見つけるわよ!サルファ剤で力を出せないぶん、ペニシリンの生産に向けて力を尽くさないとね!コルネリウスさんに負けてられないわね!」
フィリーネさんは気合十分である。会議ではそんな様子はなかったが、サルファ剤で力になれないのが福音の薬師として悔しいのだろう。
まぁ、その気持ちもわからなくはない。原因不明の死病の薬を作る手がかりもなく、彼女の仕事を私が奪ったかたちでもあり、さらにサルファ剤でも力を出せない。そんな中で、彼女が福音の薬師である意味を示せるのがこのペニシリンというわけだ。ここで結果を出せなければその立場が危うくなる。フィリーネさんの場合は立場というより、ただ悔しいだけだとは思うけどね。
といろいろ言ったが、フィリーネさんの心の中を見れるわけではないので、想像でしかないのだが、フィリーネさんもいろいろと思うことはあるのだろう。
そんなことを考えながら黙々と作業を続ける――
どれくらい時間がたったのだろうか。オリヴィアさんの独り言だけが聞こえるその空間に響き渡ったのは思わぬ言葉であった。
「――所長!エステル様!一緒に来て下さい!」
慌てた様子で部屋に入ってきたのは女性研究員である。
「マリアさん、そんなに慌ててどうしたのかしら?」
「いいから早く来てください!確認してもらいたいものがあります!」
「なんか事件の予感がしますな!私も行きますぞ!」
私たちは慌てた様子のマリアさんについて行く。
彼女が向かったのは第2陣のサンプルを置いている部屋であった。……いや、そんなまさかね。まさか、そういう展開じゃないよね。
「これを見てください!エステル様に教わった特徴と合致しています!」
何だって!?私は彼女が指さすサンプルを見る。自分の領土を守り、その周囲に敵を寄せ付けない綺麗な阻止円を作った青かびであった。そして、他の3パターンは阻止円がない――ペニシリンだ。
この世界にも存在していたのだ。
「エステルちゃん、これって!」
「……はい。……ペニシリンと……判断して……いいかと思います」
鳥肌が立つ感覚がする。言い出したのは私であるが、それでもこの世界にあるのかどうかは自信があったわけではないし、存在しないという考えも捨てきれなかった。
そして、このタイミングで見つけられたのも奇跡である。まだ生産株に適しているかどうかはわからないがペニシリンが存在していることは証明できたと思う。
「ということは、これが薬になる子というわけですなぁ。やしましたな!所長殿!エステル殿!」
「やったわね!これで前に進めるわね!」
フィリーネさんが一番嬉しそうではある。そして、何だかほっとした様子だ。
だが、確かに前には進んだものの課題も山積みだ。
「まだ……薬を作るのに……適しているかは……わからないけど、一歩……前進」
「そうよね、ここから始まるのよね!」
そうここから始まるのだ。そして、最大の課題がある。温度調節の問題だ。今は何とか工夫しているが、それにも限界がある。私はまだその解決方法を見つけられていない。
「……サンプル集めと……抗菌性試験は……引き続き……行います。……より良い……生産株が見つかるかも……しれないし……この株がダメになる……かもしれないし……」
「そうよね、このカビをしっかり保護しつつ、引き続き、頑張るしかないわね」
「ただ見つけるだけじゃ、ダメなのですなぁ。難しいですな、エステル氏」
「……そう……だね」
そう、難しいことをしており、そして、険しい道はまだまだ続くのだ。でも、抱えている荷物の1つくらいは下ろせたと思う。
ここからが勝負であり、温度調節の問題が最優先事項となった今、私がやるべきことは早くそれを実現するものを設計し、その設計図をエレオノーラさんに託すことである。
こうして、私たちは休む暇のない時間を、そして日々を過ごしていくのであった。
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