20. 理の魔女と賢者の決意
猩紅熱対策会議はようやく会議らしくなっていく。
「……では、まず、初めに、不要不急の外出を控えるという点だがこれについての意見を聞かせてもらえるか?」
国王陛下が全員に対して問う。
「……そうですなぁ。完全に外出を禁止するという手もありますが、これだと反発を生みますし、そもそも生活するうえでは食料品の買い出しも必要でしょうな。ここは国民に病について公開し、自粛を促していくしかないのではありませんか?」
ヴェルナー宰相である。確かにその通りだ。
「……しかし、それではパニックになる恐れもあります。まぁ、逃げる場所などない病が敵ですから、どこかに逃れようとする者はいないかもしれませんが、例えば食料や生活必需品の買いだめをする者も出てくるのでは?そうなると物流に影響が出ます」
貴族の男性である。確かにそうだ。食料もこの国には魔導コアと魔導線というインフラが備わっており、冷蔵庫や冷凍庫も普通に普及しているのでその可能性もある。実際、前世の日本でも起きていたことである。そこに目を付けるとは鋭い人だ。
「……では、こういうのは……どうでしょうか?……騎士の皆さんや……国民の方々にも……協力していただき、代わりに……物資を調達して……届ける仕組みを作り、……購入制限も設けます。……配達担当者には……防護服を着てもらいます。……例えば街を区切って……区画ごとに担当者を……割り当てます」
ただの思いつきではあるが、一定の効果はありそうだ。
「なるほど、これは検討してみる価値はありそうですな、陛下」
「うむ、ではその方向で考えてみよう。これについては別で各騎士団長も含めて話し合う必要があるな。……では、患者が出た時の隔離についてはどうだろうか?」
「はい、それにつきましては町や村といった地域ごとに事前に隔離場所を決めておく必要があり、そこに配属する人員も決めなくてはなりません。王都の様な大都市については、区画に分ける必要もあると考えます。また、手順などを整え、あらかじめ訓練をしておくのが望ましいと考えます」
そう進言するのは学者の男性である。
「……すみません。……重症者、中等症者、軽症者……にわける必要もあります」
伝え忘れるところだったが、これも大事なことである。
「……なるほど、やることは山積みだな。では、薬についての話になるが、まずは1つ目の薬からだな。こちらは現状作れる条件はそろっているが、極めて危険な工程があるということだったな?……皆の意見を聞かせてくれ」
「……そもそも薬といえばフィリーネ様の管轄では?」
学者の男性がフィリーネに問う。確かにそうなのだが、まぁ、言ってしまえばなすりつけだろう。フィリーネさんはあくまでも植物由来の薬の専門家だ。サルファ剤はそれに該当しない。
「私は薬学が専門ではありますが、植物学の延長としての薬学なので今回の様なケースは私の専門ではありませんね~。私も人の上に立つ者として、研究所の皆さんを危険にさらすことはできませんね~。残念ではありますし、悔しいのですが、私たちではその薬を作ることはきません」
だから、まぁ、そうなるよね。私もフィリーネさんにできるとは思わない。そして、フィリーネさんの顔が怖い。いや、笑顔ではあるんだけど……
この後は議論というよりはなすりつけ合いになる。「学者がやるべき」とする貴族たちや「騎士がやるべき」とする学者たち、「そもそもそんな危険なことをする者はいない」「言い出した理の魔女様がやれば」とする者など、いろんな言葉が飛び交っていた。
「――ぐだぐだうるせぇ!!!」
そう声を荒げてテーブルを叩いたのはコルネリウスさんである。
「……お前ら、何を言ってやがる!どいつもこいつも度胸がねぇ。こんな大事な時に保身に走っている暇があるのか!?くだらねぇ!……それにだ!嬢ちゃんがやればいいと言った馬鹿もいるけどなぁ。……そこのお前だ!」
そう言ったコルネリウスさんは貴族の男性を睨む。
「嬢ちゃんはこの病と闘うための要だ!危険なことをさせて、もしものことがあったらどうするつもりだ!?もしそうなれば、この戦いに負けるぞ!そこまで考えてものを言え!馬鹿者が!」
私はやっぱりいろんな人に守られているのだと思う。本当に感謝しかない。
「……もういい、俺らがやる!こっちは毎日命の危険がある鍛冶って仕事をしてんだ。毒ガスも酸もかわらねぇ。おい、アルベルト、お前は魔物の毒ガスや酸も防げる魔道具あったよなぁ。あとで詳しく教えろ」
コルネリウスさんが、かっこよすぎる。もう、ただただかっこいいよね。確かにコルネリウスさんたちならできるかもしれない。
「はっ、はい……そういう協力であれば、はい……ぼぼ、僕も協力はできますね、はい。じじ、実際に……作る工程は、はい、ぼぼっ、僕には無理ですからね、はい」
「……でもさ、細かい作業もあるみたいだけどあんたにできるのか?」
コルネリウスさんを煽るにそう言ったのはエレオノーラさんだ。
「がはははは。笑わせんじゃねぇ!武器や鎧の装飾、これらの仕事を誰がやってると思ってんだ?俺たちだ。見くびってもらっちゃ困るぜ!それになぁ、理の魔女のお嬢ちゃんに頼まれた顕微鏡とやらを作ったのは俺らだ!……なぁ、嬢ちゃん。あとで詳細な手順書を頼めるか?顕微鏡の設計図の時みたいな感じにしてくれぇ!気が利いていていい設計図だったからなぁ!がはははは!」
もともとそのつもりである。まぁ、簡単な説明しかしてないし、詳細な手順書がないと作れないからね。
「……はい。あとで作成してお渡しします」
「俺は嬢ちゃんのことを信用している。……だから、俺たちのことも信用して、この仕事は俺たちに任せてくれ。顕微鏡のように必ず成功させて見せるぜ!嬢ちゃんは嬢ちゃんの為すべきことを為せばいい」
「……はい。……私は……もともと……コルネリウスさんを……信用しています」
「……では、決まりだな。天匠の鍛冶師であるそなたにこの件は任せる!……続いて2つ目の薬について話し合いたいが、そもそもどうやって見つけるかだな」
「あの、その件なのですが~、私の研究所でカビを集めている子がいまして~」
え?そんなことある?
「この薬の素を探すのは福音の薬師、フィリーネ・ハイルブリンガーよ。そなたに任せたいと思うがどうだ?」
「私にはどれが生産株かはわからないので、エステルちゃんから情報をもらうか、エステルちゃんと協力して探すということであれば、異論はありません。もう片方の薬には協力できないぶん、福音の薬師として必ずその役目を果たして見せます」
「……うむ、頼んだぞ!……理の魔女、エステル・サビドゥリア、どうかな?」
「……はい。異論はありません」
糖度が高い・酸が強い果物に生える青カビを狙うのが良いはずだ。顕微鏡で確認し、筆状体を探す。もしも発見出来たら阻止円確認の抗菌性試験が必要だが、使うのは黄色ブドウ球菌あたりかな?それには培地も必要だろう。ゼラチン?……いや、温度管理が難しい。寒天や蒟蒻?……いや、これも調達が難しいかもしれない。調達のしやすさで言えば……そうか、スライムとか使えないだろうか?ただおそらく動物を捕食するスライムは胃酸のように塩酸があるだろうから、スライムの断片を熱で溶かし、重曹などを混ぜて中和する必要があるだろう。ただ、これが可能ならスライムは培地にできるのではないだろうか。今度、実験してみよう。
さらに言えば、抗菌性試験は通常テスト、酸テスト、アルカリテスト、熱テストの4パターンで確認するのが望ましい。他のパターンで阻止円が確認できず、通常テストだけで阻止円が確認出来たらペニシリンと判断できる。もっと精密な検証も必要だとは思うが、この世界ではこれが限界である。
「……フィリーネさん、先に……果物に生える……カビを狙って、顕微鏡で確認して……筆状体を探してください。……それに該当する……複数のサンプルを……集めておいて……もらえると……助かります。合流できたときに……最終的に……私が確認します」
「果物に生えるカビと筆状体ね。わかったわ。先に探しておくわね」
その後も会議では様々なことが話し合われる――
「……エレオノーラさんは……各工程で使う……魔導具をお願いします。……現状で設計できるものは……先にお渡しします。……ただ、温度管理をする魔導具だけは……もう少し待ってください」
「わかった。私はそれまでは待機ってことでいいんだな?……それより、私にも面白いものを持って来てくれよな。期待してるぞ、エステル」
「……はい。……頑張ります」
こうして、猩紅熱とのグランツラント王国の戦いが始まったのである。
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