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19. 理の魔女と2つの薬

 ――静まり返る大会議室。

 皆が私に注目し、私の言葉を待っている。

 思いはそれぞれであり、学者たちは「最後の望み」といった表情であり、貴族たちは「どうせ何もないだろう」という諦めの顔だ。だが、テオバルト殿下だけは私を信頼しているような目でこちらを見ている。

「……この病は……原因不明……ではありません。……肉眼で見えない……極小の生き物が……体内で増殖して……いるのです」

 私の言葉に会場が騒めく。特に貴族たちだ。「証拠はあるのか」とか「何故そんなこと知っている」「そんなものはデタラメだ」とかそんな言葉も聞こえてくる。まぁ、そう思うのは仕方ないだろう。

「――静粛に!」

 ヴェルナー宰相の言葉が会議室に響き渡る。

「……皆、聞け!」

 立ち上がったのはテオバルト殿下である。

「これは我が国の賢者、理の魔女、エステル・サビドゥリアの言葉だ。サビドゥリア基礎術式のことは知っているはずだ。彼女は我々が知らない世界の理を示した。だから、賢者と認め、理の魔女と呼ばれている。彼女の言葉を否定する者は国王陛下を、そしてこの国を否定すると同じであると知れ!」

「……これについては私からも説明します」

 続いて立ち上がったのはフランクさんである。

「エステル様が我が国にもたらしたのはそれだけではありません。まだそんなに出回っているわけではありませんが、顕微鏡呼ばれる道具があります。これはエステル様が設計し、コルネリウス様が作った画期的な道具でございます。そして、この道具で自然に存在する様々なものを見ると、人の目だけでは見えない小さな生き物がいることは証明されております。以上です」

 私にはこうして支えてくれる人たちがいるのだ。臆することは何もない。ただ、やるべきことをやるだけだ。

「……まず、この病は猩紅熱……と呼ばれる病です。人から人へ……移る感染症です。なので、まず……患者は隔離すること、……そして、不要不急の外出を……控えること、……衣類・寝具・食器の煮沸消毒……を徹底してください。その上で……この猩紅熱に効く薬は……2つあります」

 まずはサルファ剤からだ。

「……まず1つ目はサルファ剤と呼ばれるもの。材料は石炭を蒸留して手に入る油の成分に酸と鉄を混ぜる瞑酔染油、火山や鉱山から採れる硫黄を原料にした硫酸と塩を合成した蝕塩硫酸、そして、鹿角精、幸いどれも調達可能な範囲です」

 フランクさんや学者たちは頑張ってメモを取ってくれている。

「必要な器具は薬品を1滴ずつ落とすための微量の注ぎ口の滴下管、蒸発した成分を冷やして戻すための冷却管、最後に結晶をこし取るろ過器、密閉炉です。密閉炉は鉄や極厚の陶器で炉の本体を作り、分厚いガラスの粉末を水で練ったもの、水に溶けるガラス、あるいは磁器の膜で内側を完全に覆って焼き上げた密閉炉、あるいはすべて磁器で密閉炉を使います」

「へっ、またとんでもねぇことを言い出すぜ」

 コルネリウスさんが静かに笑みを浮かべる。

「手順は大きく分けて4つの工程です。まずは防護の工程です。薬の土台となる瞑酔染油に、まずは酢を加熱脱水して作ったものを混ぜ合わせます。これは次の工程で使う強力な酸の力から、土台の壊れやすい部分を守るための盾を張る作業です。この盾がないと、次の強い酸を入れた瞬間に素材がダメになってしまいます」

 問題は次だ。この工程が最難関である。

「2つ目は結合の工程です。盾を張った素材に蝕塩硫酸という、触れたものを一瞬で溶かす危険な酸を微量注ぎ口の滴下管を使って1滴ずつ注ぎ込みます。これにより、素材の中に硫黄の力を宿します。凄まじい熱と、吸い込めば命に関わる有毒な煙が噴き出すため、全工程の中で最も命がけの危険な作業です」

 想定通り、会議室の中に騒めきが広がるのであった。

「――静粛に!」

「……3つ目に核の工程です。そこに強烈な匂いのする鹿角精を混ぜ合わせます。これによって、先ほど宿した硫黄の力と鹿角精が融合し、抗菌力の核が完成します。最後に解放の工程です。冷却管を取り付けた炉で酸を加えてじっくり煮込み、防護の工程で被せた盾を綺麗に洗い流して外します。盾を外すことで、薬が本来の力を発揮できるようになります。これを重曹の水溶液を加えて中和し、冷やしていくと、雪のような白い結晶が水底に沈殿します。これをろ過器で集めて乾かせば完成です」

 私は工程をすべて伝える。これは判断材料として考えて欲しいからである。具体的に話せばどれだけ危険かということもわかるだろう。

「ただし、この薬には注意点があり、患者には大量の水と重曹の摂取、光の遮断、最低10日間の服用が強いることになります。大量の水と重曹の摂取は薬による人体の影響を緩和するため、光の遮断はこの薬を使うと光に弱くなるため、最低10日間の服用は病気の後遺症のリスクを下げるためです。そして、この薬は菌を殺すものではなく、あくまでも菌の増殖を抑えるものとなります。以上が1つ目の薬です」

「……必要な器具も難易度が高そうだ。さらに薬を作る工程も危険、そして患者にいろいろなことを強いる必要があるということだね?」

 私にそう問いかけたのは国王陛下だ。

「はい。その通りです」

「もう1つの薬について話を聞かせてくれ」

「……はい。もう1つは人体にも優しく、菌を殺す力があるペニシリンという薬です。こちらはペニシリンの生産株となる青カビを見つけ出し、トウモロコシを水に浸して発酵させた残り汁に少しの乳糖などを混ぜたものを使って培養します。温度管理も重要ですが、それを管理する魔導具の仕組みをまだ思いついておりません。生産株を見つけること、温度管理の手段を得ること、この2点が課題です。薬を作るための材料は薄い酸性の水とフーゼル油、つまり出来損ないの酒と濃い酢で作れる甘蕉香液、薄い重曹水、木炭と先ほど申し上げた培養液です。特別な器具は遠心分離機というものを使います。これは魔導具で作れます。工程は4つ。1つ目は活性炭での回収工程です。培養液に細かく砕いた木炭を混ぜて、ペニシリンを木炭に吸着させ、木炭だけを濾して取り出します。2つ目は酸性の水と甘蕉香液での抽出の工程です。取り出した木炭に薄い酸性の水と甘蕉香液を混ぜて遠心分離機にかけます。ペニシリンが木炭から離れ、上澄みの甘蕉香液へと移動します。3つ目は弱アルカリ性の水での逆抽出です。抜き取った甘蕉香液に、今度は薄い重曹水を混ぜて再び遠心分離機にかけます。ペニシリンが水の方へ移動します。 最後に仕上げとして、この水を冷やしながらゆっくり水分を蒸発・乾燥させれば完成です。以上です」

「……こちらは2つの課題はあるが、患者にも優しく、危険な工程もないってことだね?」

「……はい。その通りです。私は……サルファ剤を……主軸とし、もしも仮に……ペニシリンの生産株を探し出し……奇跡的に……ペニシリンの培養が……間に合ったら、尿が出にくい、あるいは出ない人、体質の問題で摂取すると悪影響が出る人、妊婦や赤ちゃんなど……サルファ剤が使えない人にまわすべきと考えます。そして、まずは患者の隔離の徹底、……不要不急の外出を控えること……衣類・寝具・食器の煮沸消毒が……大切です。私からは……以上です」

 私は病気の原因、病名、それに対抗するための2つの薬についての説明を終える。これが今の私に導き出せる最適解なのだ。

 ここからは国王陛下をはじめとするこの場にいる全員の判断を委ねるしかない。なぜならば、この国の人々の協力が必要だからだ。この先は私一人ではできない。

「1つ目の薬は危険な工程、2つ目の薬は探すところから始めなければならない。だが、やるしかなさそうだ。私は国王として、我が国の賢者であり、理の魔女であるそなたの言葉を信じ、それをもとに議論を続けようと思う。提案してくれたことに深く感謝する」

 国王陛下には申し訳ないが、簡単な道はないのだ。

 こうして議論は私の見解を元に進んでいくことになる――


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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