18. 理の魔女と緊急事態
――フリーデン城の大会議室。
光学顕微鏡の完成からしばらくの時が流れたある日。グランツラント王国は、いや世界を震撼させる事態が発生し、このフリーデンにもその情報が飛び込んできた。
原因不明の死病の流行、つまりパンデミックである―――
これに対応を話し合うために、大会議室には王族はもちろんのこと、賢者や有力な貴族、そして学者が集められていた。会議室は緊張感に包まれている。
「――静粛に!ではこれより会議を始める!」
会議室にヴェルナー宰相の声が響き渡る。
「国王陛下、まず始めに現在の状況のご説明をお願いいたします」
「うむ。皆も既に知っているかもしれないが、西大陸東部リベルティア共和国にて、原因不明の死病が広まっていると情報が入ってきた。当該国とも我が国との交易があるため、一時的な貿易の停止などの手は既に打っているが、我が国がある東大陸にその病が入って来るのも時間の問題であると考えておいた方が良いだろう。我が国は同じく当該国と交易があるオーレア王国、そしてヴュールラント王国、ヴィフレア王国とも地続きであるため、こちらも封鎖するよう既に支持を出しているが、その網を抜けてくる場合も想定する必要がある。考えたくはないことではあるが、我が国に入ってきた場合の対応について皆に意見を聞きたく、こうして集まってもらったのだ」
「ありがとうございます。……次にフランク学術会議長!原因不明の死病に関する情報をお聞かせください」
「はい。……私のところに集まっている情報を精査すると、激しい喉の痛み、全身に赤い発疹、舌が白くなった後に赤色になる、顔全体が真っ赤であるにもかかわらず、口周りだけ白くなる、これらの特徴があるのではないかと考えています」
くっ!……各国の学者とも繋がりがあるフランクさんのこの情報を信用するならばこれは地球にも存在した感染症の特徴と合致する――それは猩紅熱だ。
これに効く薬を作ろうとすると、ペニシリンが必要となるわけである。だが、この世界にそもそも存在するのかもわからない。存在していたとしても、この状況では生産株を探し出して培養するなんてことをしていたら絶対に間に合わない。どうする?……考えろ。考えるんだ。
回復魔術?魔術で薬を生成する?……いや、並みの魔術師ならば1~2回しか使えない。私ならもっと使えるが、さすがに1人でパンデミックを抑えられるほどの力はない。仮に魔術師をかき集めたとしても、彼らが感染したらどうなる?……ダメだ。魔術に頼るのは無理がある。
今後のことも考えるとやはり薬は必要だ。そして、それはこの世界の人々でも作れるものでなくてはならない。私一人で一生その薬を作り続けるわけにもいかないからだ。
魔術がダメでも私は前世の知識がある!セフェム系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬?……いや、あんなものはそれこそ作れない。クロラムフェニコール?……あれは致命的なリスクもあるし、そもそも作れない。地球で猩紅熱のパンデミックがあった時、人類はペニシリンの前はどうしていた……
「また、子どもたちの被害が大きく、残念ながら感染すれば命を落とす確率が極めて高いとの情報も入ってきています。……以上です」
そんなフランクさんが放った原因不明の死病に会議室が騒めく。
そうだ。地球では猩紅熱で多くの子どもたちの命が失われた。そんな猩紅熱に対する人類の武器となったのがペニシリンだ。その前は……確か、そうか――サルファ剤だ!
私はサルファ剤の材料、必要な器具、作り方を頭で整理する――
これならいける!ただし、殺菌作用のペニシリンに対してサルファ剤静菌作用だし、患者には大量の水と重曹の摂取、光の遮断、最低10日間の服用が強いることになる。これでも助かるかどうかはわからない。尿が出にくい・出ていないなど重度の腎機能障害がある人、アレルギー反応がある人、妊婦や新生児・乳幼児はどうする?やはりペニシリンも必要だ。仮にペニシリンを培養できる青カビがあったとしてそこから薬を作れるのか?
私はサルファ剤の材料、必要な器具、作り方を頭で整理する――
「原因不明とのことであれば、対策しようがありません!国境や港の封鎖という対策がこの病に対する対策の限界でそれ以上は何もできないのでは?」
そう切り出したのは有力貴族の男性だ。私は名前もしらないけど……
「こんなところで話し合うより、家族を、そして何より子どもたちを守るために、各々対策を考え、速やかに実行したほうが賢明なのではないでしょうか?」
「確かに彼のその考えも一理あります!それでも国としての方針は定めておくべきです!でなければ国は混乱します。現状のリベルティア共和国を見てください!」
そう反論するのは学者の男性である。
「何を言っているのだ?我々貴族には領民を守る義務がある!何も対策を立てられないまま無駄な時間を過ごし、その結果領民が命を落とすことがあってはならないと言っているのだ!原因も解明できず、対策も立てられない貴殿たちに何を言われても納得できるはずがないであろう?」
別の貴族の男性である。
「それは学者批判ともとれる内容ですね。原因も解明できず、対策も立てられない……確かに現状はそうですが、それを話し合う場がここなのではありませんか?」
――ダメだ。ペニシリン培養の温度管理が問題だ。材料も問題ない、器具なども何とかなる。たが、温度管理だけは難しい。そもそも温度を測る魔術、ましてや温度を管理の魔術などあるはずはない。この世界には電子回路もセンサーもないんだ。魔術師たちで昼夜問わず、ずっとつきっきりで温度管理をする?いや、結局感覚になってしまうし、現実的ではない。新しい魔導具をどうにかして考えるしかない。
「では、問おうではないか?対策を議論するに値する何かそのきっかけとなる情報を持っている者はいるのか?」
そんな貴族の男性の言葉に会場が静まり返る。会議の空気は最悪だね。
ちょっと待っていてね。今頭の中を整理しているからね。
「……では、福音の薬師、フィリーネ・ハイルブリンガー。この件についてどう考えているか聞かせて欲しい」
国王陛下がフィリーネさんに問う。
「残念ながら、国王陛下、原因がわからない以上、この段階で薬を作ることはできません。この国でその患者が現れた時、その患者に対してどの薬が効くか試していくしかありません」
ダメだ、温度管理の仕組みがどうしても思いつかない。こうなれば、今回は間に合わなくてもいい。ペニシリンは今後のために並行して生産株を探し出して培養を目指す。もし仮に奇跡があって、わずかでもペニシリンが間に合うのなら、サルファ剤が使えない人に回す。これだ。この状況での最適解は主力をサルファ剤とし、裏でペニシリンを目指す。これしかない。
頭の中で現状の最適解に辿り着き、顔を上げた瞬間にテオバルト殿下と目が合う。
「……うむ、そうか。であるならば仕方ない。我が国の賢者の言葉であるからな。では――」
「お待ちください、国王陛下」
国王陛下の言葉を遮ったのはテオバルト殿下である。
「我が国の賢者はまだ他にもおります。彼らの意見も聞くべくでは?」
「あぁ、そうだな。……他の賢者の意見も聞かせてもらおう」
「へっ、俺は鍛冶師で資源工学の専門家だ!病気に関して出せる知識はねぇよ」
コルネリスさんは国王陛下に対しても、そしてこんな場所でも普段と変わらないのか。
「私もコルネリウスと同じだね!私に期待されても困るさ!」
エレオノーラさんもそういう感じなのか。こんな態度でも何も言われないなんてこの国の賢者ってすごいんだな。
「……ぼぼっ、僕も専門外ですね、はい。専門は魔物学ですからね、はい。まったく関係ないです、はい」
「無論、俺もみんなと同じだ」
当たり前だがアルベルトさん、ブルーノさんも何もないようである。
……って、私の番か!……待ってね。ちょっと待ってね。
本当にこれでいいのか?私は医者でもなければ、薬剤師でもない。そんな私が国民の命にかかわることを発言しても良いのだろうか。
基本はサルファ剤、もしペニシリンが奇跡的に間に合った場合の使い道として重度の腎機能障害がある人、アレルギー反応がある人、妊婦や新生児・乳幼児という切り分けは正しいのか?そんなことを決める権利が私にはあるのか?
そもそも何も言わないほうが楽なのでは?いや、ダメだ。そんなことはできない。なら、覚悟を決めるんだ。あの日、誓ったんだ!「国のため、民のために未だ無知なる暗闇に真理の灯火を掲げ続ける」と。私はこの国の賢者、私は理の魔女なのだから――
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