17. 理の魔女と星降る夜のラプソディ
――それからしばらく経ったある日の夕暮れ。
「これでどうだ?完成したぞ!」
私の執務室にコルネリウスさんとコルネリアさんの姿があった。応接用のソファに座るなり、ローテーブルに光学顕微鏡を置いたコルネリアさんはそう言って豪快に笑う。私が突きつけた挑戦状に対する勝利宣言だ。
ついに顕微鏡が完成したのである。もっと時間がかかると思っていたが、その予想は裏切られ、思ったよりも早い完成だ。
疲れと達成感が入り混じったような表情からいろんな苦労があったのだと想像できる。それでもこの期間で完成させた2人をはじめとする職人たちの執念とも言える技術を称えたい。むしろ、頭が上がらないレベルだ。
話を聞きつけたテオバルト殿下やフランクさんも私の執務室に集まっていた。もちろん、ルルアとリリア、そしてユーリアさんもいる。
「一応、俺達のほうでも確認はした。渡された資料に書かれていた通り、髪の毛を見てみたが、何だ?ありゃ?」
「うちらの髪があんなものだとは思わなかったぜ!鱗みてぇのがびっしりあってよ」
そんなことを言われたらすぐにでも確認したくなる。
「……リリア、ハサミを……お願い」
「エステル様!自分の髪を切るおつもりですか?」
いや、心配してくれるのはありがたいよ?リリア。でも、数本だからね。犠牲になるのは……
「……数本……だから」
「それでもダメであります~!このユーリアがエステル様の髪一本傷つけさせるわけにはいかないと心に誓っているのであります!どうか、この私の髪を使ってください!」
「大袈裟……だけど、確かに、私の白銀の髪は……光が散乱して……白飛びするし、テオバルト殿下のような……黒い髪は光を通さず……陰影がつきにくい。ユーリアさんの……赤茶色の髪なら……光をほどよく透過して……キューティクルが……くっきり観察できる……かも」
「キューティクル!?なんかかわいい名前ですねっ!」
ルルアはそう言いながら楽しそうに微笑んでいる。
「おい、エステル。俺の髪も候補に入っていたのか?」
また、そういうところに突っかかってくるんだよね、この王子様。
「……たとえで……出しただけ……だから」
「うちらが見たあの鱗みてぇのがキューティクルか?」
「さぁ、リリアちゃん!私の髪をひと思いにバッサリと切るのであります~!」
「いえ、数本で良いそうなのでバッサリは切りません」
そう言ったリリアはユーリアの髪を切り、私のところに持ってくる。
私はそれを受け取り、光学顕微鏡にセットし、それをレンズ越しに見てみる。光学顕微鏡の性能としても問題ないようだ。完璧な仕事であり、私が提示した条件は満たされている。
「おい、1人で何を楽しそうにしている。俺にも見せろ」
「……うん」
私と交代でテオバルト殿下がのぞき込む。
「……なんだ?これは。まさか、人の髪がこのようなものだったとは驚きだな」
「殿下、私にも見せてください!このような機会を逃すわけにはいきません!」
続いてずっと楽しそうにしていたフランクさんである。
「……おお、これは素晴らしい!これでいろんなものを見たくなりますなぁ」
「あの……私もよろしいですか?」
少し遠慮しながらもリリアが名乗り出る。
「……うん」
「……なっ、何ですか?これは!これがキューティクルというやつですか?すごいです!」
「どれどれ~、私も見る~!」
ルルアがリリアを押しのけて顕微鏡をのぞき込む。
「ちょっと姉様!」
「……あははっ!ユーリアちゃんの髪、何かおもしろい!」
いや、ルルアの髪も同じだよ?
「私も見るのであります~!」
最後にユーリアさんだ。顕微鏡のレンズ越しに自分の髪を見つめる。
「うわぁ、これが私の髪なのでありますか~?すごいのであります~!」
「……で、どうだ?嬢ちゃん。これで文句はないな?」
「……はい」
「なら、これが請求書だ!覚悟しておけと言ったが大丈夫だろうな?金額見て腰抜かすんじゃねぇぞ!がはははは」
私は請求書を受け取る。ちゃんと詳細に書いてあり、問題なさそうだ。だが、合計金額は……おっ、おお!って感じである。だが、私にはほぼ使ってない褒賞金とわずかだが『近代基礎術式の欠点とサビドゥリア基礎術式』で入って来るお金もある。うん、まぁ、余裕だ。
「……見せて見ろ」
そう言って請求書を私から取り上げたのはテオバルト殿下だ。
「ある程度は予想していたが、こんなに高いのですね?」
「初めて作ったものだからなぁ。今回は失敗でロスしたぶんの金額も込みってわけだ」
当然のことだ。だから、私はもともとその想定なので文句はない。
「次に作るとしたらどれくらいロスを減らせますか?」
「完全にロスをなくせるって保証はねぇ。次回も同じくれぇの金額で見てくれるとありがてぇな。だが、もちろん、ロスが少なければそのぶんはしっかり差し引く」
「わかりました。国王陛下、王妃陛下、そして宰相たちと相談し、これを国として依頼することは可能ですか?」
「もちろん、可能だ!ただ、時間がかかるってのは覚えておけ。数が多ければなおさらだ!そんなに簡単に作れるもんじゃねぇからな。それに俺たちはこれだけ作るわけじゃねぇ。今回は嬢ちゃんの頼みで、しかも面白そうな案件だったから優先させたが、常にこれを作るってなると、それは話がちげぇからな」
「そこは十分理解しています」
「……じゃあ……フィリーネさんの……ところに……優先して……渡して……欲しい。……きっと……必要になる」
「確かにフィリーネ様の研究所では必要になるかもしれないですな。これはフィリーネ様にとっても素晴らしいものではないでしょうか?」
フランクさんが楽しそうに私の意見に賛同する。
「お前たちがそう言うのであればそうなのだろう。……その方向で一旦国王陛下たちと相談し、問題がなければ正式に依頼させていただきます」
「あぁ、問題ねぇ。……だが、こんな無茶ぶりは久々だったぜ。お嬢ちゃんもやべぇものを思いつくもんだぜ」
いや。まぁ、私の場合は前世の知識でしかなく、それを完成させたあなたのほうがやばいよね?
「俺も驚かされてばかりですよ」
「いやぁ、また1つ新しい分野で新しい時代が来そうですな!エステル様のおかげで、このフランク、最近は毎日が楽しいですよ!知らないことを知るのは私の楽しみですからねぇ」
「人の目だけでは見えないものを見る……俺が言えたことではないが、そんなこれまでの常識を覆すようなことを平然と思いつくとは、だから、俺はお前から目が離せないのだろうな」
ななっ、何なの急に!また不意打ちなの?殿下!そんな真顔でそれは反則だよね。
「……でも、これを作ったのは……コルネリウスさんや……コルネリアさん……だから」
「いや、そうかもしれねぇが、あの設計書は見事だ。知識があっても簡単にかけるもんじゃねぇ。あんな気の利いた設計書は初めて見たぜ」
「……ありがとうございます」
こうして、コルネリウスさんとコルネリアさんたちをはじめとする職人たちのおかげで私はこの世界で光学顕微鏡を手に入れることができた。
私ではない。これは彼らが成し遂げた星降る夜のラプソディなのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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