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プロローグ:星降る夜のプレリュード(後半)

 ――アイフリッヒ辺境伯の屋敷。

 ここはグランツラント王国のフェテール王国との国境沿いにあるアイフリッヒ辺境伯領のヴァルデスルーエという街であり、この建物はアイフリッヒ伯爵の屋敷だということを屋敷のメイドさんが教えてくれた。

 私は意識を失った後、この屋敷に再度運ばれてきたとのことだ。その後、3日間も寝ていたらしい。

 目覚めた後はお風呂も貸していただき、着替えも用意していただき、お菓子やお紅茶までいただいて、至れり尽くせりの待遇を受けていた。

 それから辺境伯様が街を救ったことに対してお礼がしたいとのことで、その1つとして食事会が開かれることになり、今、私はその席にいる。

 まぁ、それはそれとして、私から話をいろいろ聞きたいのだろう。でも、今はそんなことより目の前の料理を楽しみたいと思う。辺境伯様もそのつもりらしく、話は食後となりそうだ。

 ただ、何かずっと男の人に見つめられている、というか睨まれている。

 黒い髪、青い瞳の鋭い目、整った顔立ち……イケメンである。辺境伯様のご子息だろうか。だが、全然似ていない。

 別の角度からはあの日私を助けようとしてくれた女の子が目を輝かせながら私のことを見ている。

 こんなに見られての食事は緊張するが、私も一応貴族の娘だ。ここは貴族らしく上品に食べなくてはならない。

 そんな微妙な空気の中で食事会が進み、ようやくデザートが出てきて、あっという間に食べ終わってしまった。出てきた料理はどれも素晴らしかったが、この状況で楽しめるほど私は強くない。

 あれ、ごちそうさまとか、感謝の気持ちを伝えたいのだけど、食事中誰も一言も発していないし、まだ食べている人もいるし、食事中に話してはいけないマナーとかあったりするのだろうか……

 そんなことを思って私が挙動不審になっていると、それを辺境伯様が察してくれたようだ。

「料理はどうだったかな?」

「……ごちそうさまでした。どのお料理もとても素晴らしく美味――」

「君は何者だ……?」

 頬杖をつき、私に鋭い視線を向け、私の言葉を遮るようにそう言ったのは黒髪の男だった。威圧感がある低音ではなく、どこか心地良い低音の声であるが、怖い! 

 ……でも、覚悟を決めるしかない。

「私はフェテール王国の……ヴィルタロの領主……サンフルーヴ子爵の……庶子、……エステル・サンフルーヴ……と申します。16歳……です。愛称は……ステラ。母は私のことを……そう、呼んでいました」

 私は途切れ途切れ、小さい声で自己紹介をする。

 そうだ。私はコミュニケーションが苦手なんだった。緊張しいで慌てる系とか固まる系ではないけれど、これまで口数少ない系のキャラで生きてきたので、長い文章を言葉にしようと思うと、変な感じになるんだった……

「何故フェテール王国の貴族の娘の君がこの国にいるか聞かせてくれ」

「まず……生い立ちから話しても……いい……でしょうか」

「構わない。何なら言葉遣いも気にしなくていい」

 そのお言葉に甘えさせていただきます。

「お心遣いに……感謝」一応感謝の言葉を述べてからタメ口で話を続ける。「……私は庶子と言ったけど、……サンフルーヴ子爵とそのメイドの子。……お母さんとしては……望まないものだった」

 そう、お母さんはあの男に無理やり妊娠させられたのだ。私も最近になって知ったことだ。

「……でも、お母さんは私を愛してくれた。……良く本を読み聞かせて……くれて、私も本が好きになった。……私が特に好きだった本は……『星降る夜のファンタジア』という絵本。その絵本に出てくる魔術が好きで……魔術にも興味を持った」

 私は小さく溜息をつく。

「お母さんは……私がまだ小さかった頃に……亡くなった。私は庶子。娘として認められてはいるけど……家に居場所はなかった。……だから、部屋に引きこもりがちになって……お母さんが残してくれた本で魔術について……勉強した。……来る日も来る日もずっと勉強。……簡単な魔術が上手く使えるようになった後は……森の奥や洞窟の奥で……高度な魔術も試すようになった。それから……魔術、というより術式の……研究もするようになった」

「研究? ……どんな研究だ」

「この国に来た理由を説明した後に……説明する。それで……いい?」

「あぁ、続けてくれ」

「それから数年後、……というか、今から数か月前。……その研究がサンフルーヴ子爵にバレた。……あの男に……理解できる内容では……なかたけど、新しい基礎術式……ということは理解して、自分の出世に……利用しようとした。……その結果、私の研究は……異端とされ、私は……異端審問にかけられることになった。……99%有罪となり、有罪となれば……見せしめのために……拷問された後で……処刑される。だから……私はこの国に逃げてきた。私は……見ての通りオッドアイ」

 私は淡い水色と淡い黄色のオッドアイである。

「フェテール王国では……不吉の象徴とされている。そういうこともあって……災厄の魔女と呼ばれ、あの国には居場所はなかった……」

「国境の警備は厳重だったはずだが?」

「転移系魔術を駆使して……突破した。その後は……樹海を彷徨って、……ようやく道に出たと思ったら、……馬車に轢かれそうになって、……気を失って、……気づいたらこの屋敷にいた」

「その馬車に乗っていたのが俺だ。俺が君をここまで運んできた。君を轢いてしまったかとも思ったが、寝息を立てて眠っていたからな。……なんにせよ、国境の警備は見直す必要がありそうだ」

「それは……ごめんなさい。あと、ありがと……」

 私は顔を上げて黒髪の男に向かって微笑もうとしたのだが、私の視界に入ったその男の右の瞳の色が赤くなっていることに気づく。

「……あぁ、これか。君の言葉に嘘偽りがないか確認させてもらっている。俺は看破の魔眼を持っているからな。魂、あるいは心の色のようなものを見ることができる。例えば、その者の発言の真偽、悪意があるかないか・欲深いかそうでないか・心が汚れているか清らかか、そういったことを見抜くことができる。だから、俺に嘘は通用しない。まぁ、看破の魔眼でみれるのはそれくらいだけどな」

「……嘘は言っていない。……全部真実」

「だろうな。君の色は清らかで美しい色だ。……それで? 君がこの国に来るきっかけとなった研究の内容は?」

「異空間から資料を出しても……いい? 私が口で説明するより……自分で読んだほうが早い……から」

「それもそうだな」

 許可を得たので収納魔術の魔法陣を展開し、研究資料を取り出す。

「では、私がお渡しします」

 そう言って執事と思われる初老の男性がそばにきたので資料を手渡すと、その男性が黒髪の男のところにゆっくりと歩いていく。

 その資料には新しい基礎術式について書かれている。私が構築した基礎術式だ。この世界における術式とは何かを説明する前に魔術について説明する。

 この世界の魔術は、大きく古代魔術と近代魔術にわけられる。

 古代魔術とは、専用の木版や石板などに魔法陣を刻む、あるいは専用のインクを使って紙などに魔法陣を描き、それに魔力を流して発動する。魔術を行使する時に魔法陣を描くのは効率が悪いため、古代の魔術師は魔術書を持っていた。ただ、使いたい魔術の魔法陣が載っているページを覚えていないとすぐに使えないということや多くの魔術を使う場合には複数の魔術書を常に所持する必要があるなどの欠点があった。

 そこで近代魔術というものが出てくるのだが、これは人の能力を使う魔術である。術式を口に出す、あるいは頭の中で術式を構築し、その術式を魔法陣に変換することで発動できる魔術である。言葉や頭で構築した術式を魔法陣に具現化する能力について詳しいことはわからないが、人がそのような能力を持っていることは確かだ。そして、術式を口に出すことを詠唱と言い、頭の中で構築することを無詠唱と呼ぶ。現在は無詠唱が一般的だが、初心者は頭の中で整理できなかったりするので詠唱する場合も多い。

 術式とは、簡単に言ってしまえば、魔法陣の模様を人が理解しやすい「式」や「文」にしたものであり、人のイメージ、つまり魔術によって引き起こしたい現象のイメージを魔法陣に変換するために必要な仲介役のような位置づけである。この世界の魔術はイメージよりもこの術式が大事であり、言ってしまえば、術者自身が現象をイメージできなくても、誰かが構築した術式さえ知っていれば魔法陣を展開し、魔術を発動することは可能だ。そして、緻密な術式が美しい魔法陣を生み出し、より効率的で強力な魔術を発動することができる。ちなみに文字に起こす場合には魔術言語で書かれるが、文字にしても魔法陣には変換できない。

 さらに術式にも種類があり、基礎術式と応用術式である。

 基礎術式とは、先人たちが作り上げた基礎となる術式であり、これを組み合わせることで様々な魔術を発動させることができる。

 応用術式とは、より複雑な現象を発生させるために基礎術式を組みわせたもので、応用術式にも定型化された組み合わせがあるものの、人によって発動しなかったり、効果が弱かったりすることもある。

 術式とはプログラミングのようなものである。脳や魔力量、魔力制御能力など人体環境をハードやOSだとすれば、魔術言語がプログラミング言語、基礎術式がフレームワークのようなもので、基礎術式を組み合わせることを応用術式と言い、それが実装コードとなる。コンパイルすることで魔法陣が展開でき、こうして様々な現象を生み出すことができるのだ。

 ちなみにだが、魔導具には今でも古代魔術の仕組みが使われている。道具は言葉を発することも、頭で考えることはできないので、近代魔術の仕組みは使えないため、術式を使わずに直接魔法陣を書く、あるいは刻む方法が用いられている。じゃあ、新基礎術式の恩恵に与れないのかというとそうでもない。新基礎術式を用いて展開された魔法陣をそのまま書き写せばいいのだ。ただこの場合もそれを手書きや手で刻む必要がある。この世界には紙に書いた文字、つまりは書類などを複製する魔導具は存在する。だが、魔法陣を何かに複写するという技術は存在しないからだ。

 とにもかくにも、私は科学の要素を取り入れた新しい基礎術式を作ったのである。科学の理を組み込むことにより、術式はより緻密なものとなる。まぁ、仕方のないことだ。既存の基礎術式を作ったのは先人であり、科学の理など知らなかっただろう。

 すでに気づいている人もいるかと思うが、私は地球の日本という国で生きていた記憶がある。いわゆる転生者というやつだ。でも、前世の記憶があるというだけで、間違いなくこの世界で生まれ、育ち、そして今ここにいるこの世界の人間だ。おそらく、人並外れた魔力量と一度見聞きしたことは絶対に忘れない記憶力は転生チートなのだろう。記憶力についてはこれまでに読んだ本の内容は1回しか読んでいない本でも一言一句覚えているほどである。

 転生者であることはさておき、私が構築した新しい基礎術式を使うことで、元の基礎術式よりも魔力効率が良くなり、効果も高くなることは検証済みである。また、先ほども述べたようにイメージできなくても、術式さえ知っていれば魔術を発動できるため、科学の知識がない人でも恩恵に与ることができる。そして、元の基礎術式を用いて展開された魔法陣より、私の基礎術式で展開された魔法陣のほうが美しい。

 ただし、この世界には少なくとも私が地球で生きていた時代の科学では説明できないものもあるため、すべての基礎魔術において科学の理を適用できるわけではない。そういうものについては既存の基礎魔術の構成をより効率的な構成に少し変えただけである。例えば、あの夜の魔術は科学の理を組み込んだものではない。

 今、黒髪の男の手元にある資料は新しい基礎術式をまとめ、既存基礎術式と比較した際の検証結果をまとめたものである。

 そう私の研究は精霊信仰が根強いフェテール王国では「精霊の為す業」を否定する「異端」だったのだ。言ってしまえばガリレオと同じである――

 黒髪の男が資料に目を通している間、沈黙が続いていた。そしてしばらくすると男が静かに口を開く。

「……なるほど、良くまとめられている。確かにここに書かれていることが事実とするならば素晴らしい内容だ」

 そう言われて私は嬉しくなり、テンションが上がってしまった。

「本当に!?」急に大きい声を出す。

「あぁ……」黒髪の男が苦笑いを浮かべる。

「既存の基礎術式は未完成で美しくないと思っていた。だから、科学を取り入れて新しい術式を作れないかと思って、いろいろ試して、いっぱい失敗もして、ようやく完成したの!」

「……急にまともに喋れるようになったな」

「……ごめんなさい。好きなこと……だから」

「もう我慢できません!殿下!読み終わったのなら私にも読ませてください!」

 そう言ったのは先ほどから目を輝かせて私を見ていた女の子である。

 え? でででで、殿下ぁぁぁ!?

 背筋が凍りついて、心臓が止まりそうである。

 殿下ってことは王族ってことだよね? ずっとタメ口で話していたんですけど! 言葉遣いも気にしなくて良いとは言われたけど!

「……え、殿下?」

 実家にいた時に感情が表情に出ないと言われて気味悪がられていた私でもさすがに今は酷い顔になっているだろう。

「あれ、言ってなかったか?」

「……はい」

「俺はこのグランツラント王国の王太子、テオバルト・グランツラントだ」

 あ、終わったー。

「大変……失礼……致しました。どうか……不敬罪だけは……」

「安心してくれ。気にするなと言ったのは俺だ」

 あれ、そう言えばいつの間にか少し前の威圧感がなくなっている。

「大丈夫です! ステラお姉様! お姉様が罪に問われたときは、この私、エミーリア・アイフリッヒが証言致します!」

 目を輝かせていた女の子だ。エミーリアちゃんか。良い名前だ。というか、急に愛称で呼ばれた上にお姉様って、なんか懐かれてしまったようだ。でも、悪い気はしない。

「この資料はこの国の学会に提出するべきだと考えている」

「……学会で発表とかあるのでしょうか?」

「必須ではない。どうしても出席したくないのであれば、出席できない理由はどうにでもなるし、こちらで考えておく。だが、学会の代表者が話を聞きに来るだろう」

「……それでお願いします」

「決まりだな。ならば、俺は明日王都に帰る予定だ。少し長い旅にはなるが一緒に来い」

「……はい。いろいろとありがとうございます」

「気にするな。俺が君のことをこの国に有用であると判断しただけだ」

「私は……私のことを信じて、私を受け入れてくれるとおっしゃった……殿下のお役に立ちたい」

「有用とは言ったが、別に俺は君に役に立ってもらいたいとか、君を利用したいわけではない。君は君の思う通りにすればそれで良い」

「お姉様! ……まだ良くわかりませんが私も素晴らしいと思います!」

 資料を少しだけ読んだエミーリアが私を見る。アニメだったら多分彼女の目がぐるぐる、といった感じだろう。

「難しい内容だから……わからなくても仕方ない。でも、ありがと……エミーリ――」

「ミリーと呼んでください!それにあの時のお姉様はかっこよかったです!あんなに美しい魔法陣も、星の雨のような魔術も始めて見ました!私、お姉様に惚れてしまいました!尊敬しています!敬愛しています!大好きです!なので、結婚しましょう!」

 災厄の魔女と呼ばれ異端審問にかけられた私ですが、敵国に亡命したら美少女に求婚されました。

「……ありがと。気持ちだけ……受け取っておく」

「そんなぁぁぁあぁぁぁ!」

 その後は辺境伯様やそのご夫人、エミーリアの兄弟姉妹ともお話をして、食事中の微妙な空気とは打って変わって穏やかな時間を過ごすことができた。

 そして、その翌日、私は王太子殿下とともにグランツラント王国中部にある王都へと向かうのであった――

 あ、ちなみに現在15歳のエミーリアは来月から王都の高等学院に入学する予定とのことだ。また会うことになりそうだ。というか、付きまとわれることになりそうな予感がする。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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