15. 理の魔女と天匠の鍛冶師
――ヴィーラント工房。
ここは賢者の1人であるコルネリウスさんの工房である。
私はあるものを作ってもらうためにここに来たのだ。それは顕微鏡、ただの顕微鏡ではなく、複合レンズ式の光学顕微鏡だ。
彼の技術の話を聞く限り、複合レンズ式も簡単にとは言わないが、作れてしまう可能性が高い。むしろ、単レンズ式の顕微鏡を頼むのは失礼に値するだろう。彼は天匠の鍛冶師であり、資源工学の賢者であり、鍛冶以外にも様々な技術を持っている職人だ。なので、複合レンズ式の光学顕微鏡の設計図を作成し、細かい部分までしっかり記載しておいた。
後々、必要になるだろう。今作っておくべきだと思ったのだ。
さまざまな武具や防具、そしてそれ以外のいろんな道具が並んだ店内。並んだ商品は見ただけで質の高さがわかり、天匠の鍛冶師の作品に圧倒される空間だ。装飾の細部まで美しく仕上げられた武具もある。
カウンターに進むと、たまたまいたコルネリアさんが出てくる。
「エステルじゃねぇか!どうした?何か用か?……それに新顔もいるようだな?」
「エステル様の護衛の任務を預かりました白凰騎士団所属ユーリア・タミアスであります~!よろしくお願いするのであります!」
まぁ、もちろん城の外に出ているのでユーリアさんも一緒である。
「護衛ねぇ。……で、そんな賢者様がこんなところまで何の用だ?」
「……コルネリウスさんに……作ってもらいたい……ものがありまして……」
「相変わらず、はっきり喋らねぇ奴だなぁ。……ちょっと待ってろ!」
そう言うとコルネリアさんは奥に戻っていく。どうやら奥が工房らしい。
「――てめぇ、何度言ったらわかるんだ!ちげぇって言ってんだろ!」
そんな怒号が聞こえてくる。お弟子さんに怒っているのだろう。そして、「すみません!」というお弟子さんの声も聞こえてくる。
「……親父!エステルが来てるぞ!親父に用があるってよ!」
「あぁん?ちょっと待ってろ!今は手が離せねぇ!」
「じゃあ、店のほうで待ってもらうぞ~!」
「あぁ、そうしてくれ!」
そして、コルネリアさんが出てくる。
「わりぃな。聞こえてただろ?そういうことだからこっちで待っててくれ。危ねぇから工房の中に入れるわけにもいかねぇからさ」
「……ありがとう……ございます」
「お嬢!ご友人っすか?」
そう言って工房から顔を覗かせたのは若い男性の職人だ。コルネリウスさんは「お嬢」と呼ばれているのね。
「……って、理の魔女様じゃねぇですか!やっぱりかわいいっすねぇ」
まぁ、そう言われて悪い気はしないけど……
「さっきエステルが来てるって言っただろ?バカ!……っていうか、エステルをそんな目で見んな!変態野郎!とっとと、仕事に戻れ!」
私を守ってくれているのはありがたいが、あの職人さんもすごい言われようである。
「はいはい、わかりやした。……あ、お嬢もかわいいっすよ!」
それには全力で同意させてもらおう。コルネリアさんはかわいい。
「うるせー、バカ野郎!……あー、バカがわりぃな。気にしないでくれ。……で、親父に話って何だ?」
「……説明は……コルネリウスさんが……来てから……しますが、これ……です」
私は設計図をコルネリアさんに渡す。
コルネリアさんはしばらく設計書に目を通すのであった――
「……またすげぇもん持ってきやがったなぁ。これを作れってか?」
「……はい。ぜひ……作って……もらいたいです」
「まぁ、こんなもん、この国じゃあ、親父とうちがいるここでしか作れねぇだろうな。それでも苦戦するぞ?これは……」
「それが……できなかった時のために……単レンズ式のも……用意してある」
「……これか?……ダメだな。こんな簡単なもん見せたら親父にブチギレられるぞ。こっちはやめときな。それにここには天才コルネリアさまがいるんだ!任せときなって!」
まぁ、そうだろうね。そんなことは想定済みだ。ただ、一応持ってきておいた
「あぁん、誰がブチギレるって?」
そう言いながらカウンターの奥から出てきたのはコルネリウスさんだ。
「おい!親父!エステルがすげぇもん持ってきやがったぞ!」
「嬢ちゃん、何を持ってきやがった?……見せて見ろ!……何だこれは?」
「……真ん中も端も歪まず、……色のフチボケもない、……極限まで細部を見分けられる……レンズの塊を……作ってほしい……です。ただ……大きく見せるだけでは……ダメです。極小の世界を……明瞭に映し出す……新しい眼が欲しい」
「新しい眼とはずいぶんなことを言うじゃねぇか!」
「人の目だけでは……見えない……小さなものを……見るための……ものです」
「……なるほどなぁ。それで?」
「……満たすべき条件は3つ。第一に……視野の端まで……平らに見せること。普通のレンズは……中心以外が……歪んでしまいます。光を集める凸レンズと……光を広げる凹レンズを組み合わせ、その歪みを……完全に……相殺してほしい。第二に……物の輪郭に……紫や赤の色にじみを……出さないこと……です。大きく広げようとすると……光がバラバラに……分解してしまう。性質や重さが全く違う……2種類のガラスを……精密に削り、ぴったり貼り合わせて……色ズレを消し去って……ください。第三に……くっつきそうな……2つの点を……見分ける鋭さです。これを……叶えるため、一番先頭のレンズは……半球状に深く磨き上げ、見たいものに……極限まで……近づけて……光を限界まで集める構造に……したい……です。これら5枚以上のレンズの中心の軸を寸分の傾きもなく……完璧に一致させ、1つの筒に……一直線に並べる。理論的にはこれで完成……です」
「……つまり、性質の違うガラスで色にじみを消し、凸凹の組み合わせで端の歪みを平らにし、半球の形で光を最大に貪る。そいうことだな?」
「……はい」
「へっ…… 言ってくれるじゃねぇか、嬢ちゃん」
コルネリウスさんは設計図から目を離さず、不敵な笑みを浮かべる。その厳つい顔には、難題を突きつけられた困惑ではなく、職人としての好戦的な光が宿っているようだ。
「髪の毛の一本以下の歪みすら許されねぇってわけだ。ガラスの性質を変えて磨き分けるだけでも正気の沙汰じゃねぇのに、それを1個の筒の中に寸分の狂いもなく一直線に並べろ、だと?口で言うのは簡単だが、正気の職人なら投げ出すレベルの無茶振りだぜ」
「……難しい……でしょうか?」
「誰に物言ってやがる!」
「さっきも言っただろ?うちらを誰だと思ってんだ!天匠の鍛冶師と天才コルネリアだぞ!親父、こんな面白ぇもん断る理由なんてねぇよな!?」
「当たりめぇだろ、この馬鹿娘が!誰が断るなんて言った!」
「だよな!バカ親!やってやろうじゃねか!」
親子の威勢の良い声が工房に響き渡る。
「おおお、職人の魂が燃え上がっているであります~!」
その勢いに、後ろに控えていたユーリアさんが目を丸くしていた。
「要は、理の魔女である嬢ちゃんが考えた完璧な理論に、俺たちの技術が通用すれば完成するってことだろ? 試されてんのはこっちの腕だ。上等じゃねぇか!がはははは!」
この2人は本当にすごいと思う。話は聞いていたが、無茶振りの自覚はある。それをこんなに楽しそうに引き受けてくれるとは、この2人の職人魂とものづくりに対する熱は尊敬に値すると思う。
「だが、ひとつ言っておくが、うちらにこんなもん作らせるんだ。完成したらたっぷり金はいただくからな!覚悟しておけよ?」
「……いくら……くらいですか?」
「悪いが今は言えねぇ、というかわからねぇ。コルネリアの言う通り、覚悟しておけとしか言えねぇな。ここで少なく見積もって損するわけにもいかねぇからな。完成してからきっちり計算させてもらう」
まぁ、確かにそうだ。コルネリウスさんたちにとっても初めて作るものだ。完成してから決めるのが当然の流れだ。
こうして、私は光学顕微鏡を手に入れるため、天匠の鍛冶師とその娘である天才職人に依頼したのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけた場合はページ下の【★★★★★】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!




