12. 現代魔術と初版第1刷
――お城にある私の執務室。
ここは賢者として執務室が必要だろうということでテオバルト殿下が用意してくれた私の執務室だ。賢者ともなれば客人もあったりするし、その時に私室を使うわけにもいかないため、今まではテオバルト殿下の執務室を使わせてもらっていたのだ。そういうこともあって与えられた執務室である。
でも、この執務室はテオバルト殿下の執務室の隣だし、廊下に出なくても扉で繋がっているんだよね。そこまでして監視したいのだろうか。
普段執務室でどう過ごしているかというと、私がいる時はルルアやリリアもいるため、基本的に私室にいる時とそう変わらない感じだ。
「エステル様、そろそろフランク様がいらっしゃる予定ですね」
私は記憶力が良いので大事な予定を忘れたりはしないが、リリアはいつもこうやって予定を教えてくれるのだ。まぁ、私も興味ないことまで覚えてなかったりすることもあるし、念のための確認という意味では必要だ。
「エステル様、ず~っと、楽しみにしていましたもんね!」
ルルアの言う通り、私はずっと楽しみにしている。
『既存基礎術式の欠点と新基礎術式』というこの国に来て最初に学術会議に提出した私の論文というか、研究資料というか、まぁ、とにかく、それを書籍化した本が完成したとのことで、その記念すべき初版第1刷、そして、第2刷の本を持ってきてくれるそうだ。
まぁ2冊持ってくるように私が頼んだのだが、初版第1刷はもちろん保存用である。そこは譲れない。著者である私が持っておくのは当然だし、それを保存用にするのも当然だよね。
「……うん、楽しみ」
そんな感じで待ち遠しいと思いつつものんびり過ごしていた――
それからどれくらいの時が流れたのだろうか。
ドアをノックする音が聞こえ、リリアがドアを開ける。
「おはようございます」
「……おはよう……ございます。……どうぞ」
「お約束通り、本をお持ちしました。気に入っていただけると良いのですが」
フランクは部屋に入るなり、鞄から本を出しながら私が座る机に向かって来る。
「え~っと、こちらが第1刷の本ですね。……そして、こちらが第2刷の本です」
フランクが2冊の本を机の上に順番に置く。
本に表紙に書かれたタイトルは『近代基礎術式の欠点とサビドゥリア基礎術式』であり、「著 エステル・サビドゥリア」とも書かれている。「新基礎術式」を「サビドゥリア基礎術式」に変えてくれたようだ。これはこれで悪くない。
「学術会議では、これまでの基礎術式を近代基礎術式、エステル様の基礎術式は新基礎術式よりサビドゥリア基礎術式としたほうが良いということになりましてね。事後報告にはなってしまいましたが、これからはそのように呼ばせていただきたいと思っております」
「……それで……いい」
まぁ、勝手に決められたら起こる人もいるとは思うが、私はむしろ面倒だし、自由に決めてもらったほうが良いのでそれでいいのだ。そう伝えているし、自分で決めたいことは事前に伝えるようにしている。
「ありがとうございます。また、サビドゥリア基礎術式を使った魔術を従来の魔術と切り分けて現代魔術と呼ばせていただくことにもなりました。今後は古代魔術、近代魔術、現代魔術という3つの枠組みということになりますなぁ。エステル様は現代魔術の祖、あるいは現代魔術の母というわけですね」
まぁ、フリーデン高等学院で授業が始まるというのもそうだけど、こうやって学問の1つの分野として始まっていくのって嬉しいし、楽しいよね。今度は『近代基礎術式の欠点とサビドゥリア基礎術式』よりももっとわかりやすく解説した『現代魔術概論』でも書こうかな。高等学院の授業で今後も扱っていくなら、後々はそのほうが良いと思う。
「……あくまでも、……これは学者や……専門家向け。暫定的には……これでいいとして、……でも、今後のことを……考えるなら、現代魔術概論……みたいな感じで、かみ砕いたものを……書いたほうが……良い……と思います」
「なるほど!確かにそうですなぁ。執筆していただける、ということですね?」
「……完成が……いつになるか……わからないけど……書いてみます」
「おぉ、それはありがたいですな!じゃあ、よろしくお願いしますね!」
フランクさん、そんなに目を輝かせなくても……
「では、この後、別件の予定がございますので、私はこれで失礼いたしますね」
わざわざ忙しい時に来てくれたのか。いや、フランクさんも忙しい人なので、彼にとって暇な時間はないよね。まぁ、科学の理について、私に聞きに来たりしているのだが、それも忙しい合間を縫って来ているのだろう。
……でだ、『近代基礎術式の欠点とサビドゥリア基礎術式』の第1刷。これは日焼けと湿気と指紋は絶対NGだから、直射日光の当たらない場所で、湿度50%を維持して温度も18℃〜22℃で風通しも考えて……まぁ、そんなものはこの世界にないし、しばらくは仕方ないけど、エレオノーラに相談して魔導具作ってもらおうかな。いや、強化ガラスケースにしたいからエレオノーラさんとコルネリウスさんに相談だね。これは最重要事項である。
そんなことを妄想しつつ、紙に保管ケースの構想を書いていた時にテオバルト殿下が入って来る。
「フランクも忙しい奴だな。もう帰ったか……」
絶対盗み聞きしていたよね?この人……
「それより、何をそんなに楽しそうにしているんだ?」
「……これは……最重要事項の……案件。エレオノーラさんと……コルネリウスさんに……協力要請を……」
と言い訳をしたのだが、保管ケースの構想を書いていた紙をテオバルト殿下に見られるのであった。
「……おい。本の保管ケースだと?そんな物に賢者2人を巻き込むとは、お前はいったい何を考えている」
そんな物だと?これは戦争だな。殿下は何もわかっていない。
「だが、発想は面白い。この城の書庫や王立図書館にも貴重な書物はあるからな」
わかっているじゃない。そういうことである。まぁ、そこまで考えてなかったけど……
「……そう、それも考えていた」
「嘘をつくな。個人的な用途しか頭になかったのだろう?そんなことは魔眼を使わなくてもわかる」
「……ごめんなさい」
「お前は頭が良い。まぁ、純粋なのがお前の良いところだが、少しはその頭を使え。個人的に欲しいものであっても、何らかの理由を付けて国家にとって必要なものであると説明すれば、こそこそしなくてもいいし、何より予算もおりるかもしれないからな」
確かにその通りだ。さすがはテオバルト殿下である。腹黒い考えだ。だから、ヴェルナー宰相や財務担当の人たちが胃痛に悩まされるのだろう。彼らには同情する。
「……腹黒い」
「わかっていないな。政治はそうでなければやっていけない。少しはお前も覚えることだな」
「テオバルト殿下、お言葉ですがエステル様にそのようなことを教えないでいただけますか?エステル様は純粋だからいいのです」
あ、リリアは少し怒っているようだ。
「それもそうだな。まぁ、そういう時のために俺がいるわけだからな。お前は好きにやればいい。何かあれば俺が守ってやる」
ななっ、何言っているの?また急にかっこいい顔でそんなことを言い出す。本当にこの人は不意打ちが好きだよね。
「……ありがとう」
私はそれしか言えなかった。今日も不意打ちをくらってしまったのは不覚である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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