3.嫌ですわ
「ありがとう、私もリアライドが好きよ。でもそうじゃなくて、そう思う異性を探して欲しいの。私もあなたが好きだけど、私にはクレストがいるし、私とあなたでは結婚できないもの」
「そうね。さすがにクレストから奪えないわね」
さっき、クレストと結婚すればいいじゃない!と持ちかけてきたメイリンは、私の言葉に顔を赤らめた。
「もう!ふざけてないで。ね?お願い、リアライド」
困ったわ。
さすがにここまで言われて、断れない。
メイリンは純粋に私を心配して、気遣ってくれているから、尚更。彼女の気遣いを無下にするのは気が引ける。
「たとえば、相手は何もオロラド人と決められているわけではないんでしょう?それなら、外国人でもいいじゃない。リアライドは、オロラド国を出たことがないでしょう?せっかくだから、外国で探すのもアリなんじゃないかしら」
「外国人?」
だいぶハードルが高い気がする。
範囲が広がっただけに、調査も難しい。時間もかかる。
「期間は三ヶ月なのよね?その三ヶ月を使って、海外を旅するのはどう?素敵な縁が得られたら最高だし、もしそうならなかったとしても、いい思い出になるわ」
「独身期間を満喫するということ?」
「考えによっては、そうね。リアライド、私は未だに怒ってるのよ。いきなり婚約したこと」
そういえば、メイリンにはコンラートとの婚約の話を一切していなかった。
婚約が決まった、と話した時の彼女の驚きようを思い出す。
「でも、話したらきっと怒ってたでしょ?」
「当然よ!」
コンラートとの婚約が決まったことを話すと、メイリンはとても怒っていた。コンラートに直談判すると息巻いていた彼女を止めるのは大変だった。
私を心配してくれるのは嬉しいけど……コンラートはあれでも公爵家の次男だ。メイリンは聖祈師とはいえ、平民出身。
物言いによっては罪に問われかねない。
私は、私のせいで友人が罰されるのは嫌。
「……ねえ、リアライド。お願い」
眉を下げ、泣きそうに見てくるメイリンを見て、断れるはずがなかった。
何せ彼女は、本当に私を心配してくれているのだから。
「分かったわ。条件とかではなく、好きになる……好きになれそうなひとを探してみる」
「!ええ、もしそんなひとが見つかったら、ぜひ教えてね!私も挨拶したいわ!」
にこやかに笑うメイリンは可愛らしい。
白金の髪は月明かりのようだと評判で、その薄青の瞳は湖面を思わせる。おかしいわね?私も以前は彼女と同じく見目だったのにそんな喩えをされた覚えがない。メイリンの顔が良すぎるのだ。
こんなに整っていると、人形との見分けがつかない。以前そう言ったら彼女は照れながらも怒った。
メイリンは聖祈師のマドンナで、その美貌を一目見ようと、騎士団や魔術師団がこの食堂に詰めかけるほど。
彼女がにっこりとはにかむと、周囲がため息を吐く声が聞こえてきた。
メイリンとの食事を終えて、仕事に戻る。
……夫探しが、恋人探しに。
どこに行こうかしら?
上か下か。
北なら、行くならケイラド国一択だ。
あの国の現状をこの目で見たい。
下なら、軍事国のロア国の内情も気になるけど、向こうの王侯貴族が出張ってきたら面倒だ。
同盟国のグンドウェル国が一番無難かしら?
ケイラド国の瘴気はどれほど酷いのだろう。
聖祈師と対を成す存在の【闇堕師】。按摩師みたいな名前ね。
瘴気は、ケイラド国の北西から広がりを見せたらしい。闇堕師がいるなら、ケイラド国とも言われている。
行ってみる?ケイラド国に。
……と、考えていた矢先だった。
☆
「もう一度、仰っていただけますか」
硬い声で尋ねると、流石に居心地が悪いのだろう。オロラド国の王が気まずそうに視線を逸らした。
メイリンと約束をした数日後、私は陛下に呼び出された。
そこで言われたのは、理不尽極まりない要求。
『フェアクロス家との離縁を考え直してほしい』
というものだった。
既に離縁届は提出されているものかと思っていたが、まだ陛下の手元にあるという。陛下が離縁を認め、それ以降の話をしていたので、てっきりそうだと思っていた。
だけど、まだ正式には確定していなかったのだ。
呼び出しを受け、謁見の間に足を踏み入れた時から、予想はしていた。
謁見の間には、前回は王太子殿下がいらっしゃったが、今回は不在。代わりと言わんばかりに、フェアクロス公爵がいる。
だから、嫌な予感がしたのよ。
「リアライド。お前の気持ちはよくわかる。だが、私にも立場がある。それを汲んではくれぬか」
「もちろん、今まで、最大限、この国の貴族として、陛下に仕える聖祈師として、弁えておりましたとも。ですから、陛下からご命令を受けて、すぐに動き出しました。コンラート・フェアクロスとの縁談も受け入れましたし、フェアクロス家有責での離縁であっても、陛下に埋め合わせを求めなかった。これ以上、私に何を望むのですか?」
「すまぬ。だが、フェアクロス家の面目もあるのだ。フェアクロス家は長く王家に仕えてくれている家。此度の失態で、フェアクロス家にどれほどの影響が出るか。最悪、フェアクロス家は社交界を去らねばなるまい」
「ですから、私になんの関係がございますか?」
フェアクロス家、コンラートの失態でしょう。
どうして私がそれを汲み取らなければならないの?
「フェアクロス家が潰えようが、没落しようが、私には構いません。むしろ、いい気味です。コンラートとの結婚生活は、 私にとって苦痛でしかありませんでした」
「リアライド。私の話を聞いて貰えるかな?」
フェアクロス公爵。
コンラートの父親。コンラートの父親なだけあって、ナイスミドル。
いつも柔和な表情を浮かべているから目立たないけれど、彼の眉間には、深い渓谷が癖のように刻まれている。
コンラートの父親でさえなければ、後妻として嫁ぐのもありだったかも。
夫人は、コンラートが幼い時に亡くなっている。
「何でしょう?」
「愚息が迷惑をかけた。申し訳ない。だが、もう一度だけチャンスを与えてやって欲しいのだ」
「嫌ですわ」
「即答か。たしかに、愚息が連れ込んだ女がやったことは罪深い。あれには、相応の罰を私も願おう。だけど、息子は直接的には関係ないだろう?」
関係ない?
「コンラート様が連れ込まなければ、こんなことにもなっていませんけど」
「それは結果論だ。貴族が愛人を持つのは普通なことだろう?まさかあなたは、夫に貞節を求めるのかい?きみは、子爵家の娘だったよね?」
子爵家の娘なら──貴族として生まれたなら、多少のやんちゃは目を瞑れって言いたいのね。
だけど生憎。
「許していましたわ。もしかして閣下は、私が離縁を求める理由をご存知ないのかしら?困ったわ。私は、コンラート様の恋人に魔道具を壊されました。それが我慢ならなかったのです。オロラド国にとっても、救いの品になるかもしれなかった魔道具を、コンラート様が連れ込んだ恋人が、壊したのですよ?コンラート様が関係ないと、責任がないと、本当に言えますか?」




