2.結婚するならあなたがいい
壊された魔道具の残骸をキリアンに渡したところで、彼が何か言いたげに私を見た。
「どうしたの?」
「これから、きみはどうする?」
「そうね。私は結婚して子供を産まなければならない身だから、早く相手を見つけなければならないわ。陛下にお願いして、相手は私が決めると申し上げたの。陛下はそれを呑んでくださったわ」
「相変わらずだな。国王陛下は」
吐き捨てるように言うキリアンにも、何かしら覚えがあるのだろう。彼も公爵家の生まれだ。
「構わないわ。貴族の娘として産まれた以上、覚悟していたことだし」
「相手はどうするんだ?もう目星はつけてるのか」
「まだよ。これから見繕う予定」
……だけど、同世代の男性ってほとんど既婚者か、婚約者がいるのよね。
この歳で、同い年か年上の貴族男性を見つけるのは難しい。
「よければ」
「ん?」
「身元の確かなものを、紹介することは、できなくもないと思うが……」
キリアンは窺うようにこちらを見ている。
気遣ってくれた、のかしら。
「ありがとう。でも難しいのではないかしら。だって、私の求める条件は、年上か同い年よ?」
「身分にこだわりはあるか?」
「社交がしなくてもいい相手。これは絶対。……だけど、ある程度権力はあった方がいいの。圧力に屈してしまうから」
「それは……たしかに難しいな」
「そうよね。私もそう思って、もう、どなたかの後妻になった方が早いのではないかしらと思っていたのよ」
キリアンは目を見開いた。
驚いたように言う。
「きみはそれでいいのか?」
「いいも何も、それしかないわ。割り切ってるのよ、これでも。貴族の娘として生まれのに、聖祈師になることをお父様もお母様も許してくれた。それなら、この程度の責務は果たさなければね」
キッパリ言うと、彼はため息を吐いた。
「…………潔い良いな。俺は干渉が嫌になって家を出たから、耳が痛いよ」
「あなたはそうするしかなかったのではない?なんて言っても、あなたは高貴な血筋じゃない。家を出なければ、色々とうるさかったのではない?」
グレイフォード公爵家は、数代前に王妃を輩出した家でもある。王族とは縁戚の関係だ。
「だとしても、だ。……まあいい。俺の反省会は後でする。それより、俺が紹介できる相手といえば、ひとりなんだが。聞いてみるか?」
反省会するの?真面目なひとね……。
聞いて損は無いと判断し、頷いた。
「それなら、ジョンソン・デアーレ。彼はどうだ?知ってる?」
「デアーレ……グンドウェル国の?」
グンドウェル国は、オロラド国の南西にある。オロラド国の同盟国だ。
「そうだ。彼はデアーレ商会の嫡男の従兄弟に当たる。デアーレ商会の本部はグンドウェル国だが、オロラド国にも強い影響力を持つ。彼なら圧力も流せると思う」
デアーレ商会の関係者なら、たしかにオロラド国の高位貴族も好んで敵に回したい相手ではない。
取引して貰えなくなるから。
だけど私は、ジョアン・デアーレとは会ったことがない。嫡男の方なら、パーティーで顔を合わせたことはあるけど。
「彼はいくつなの?」
「二十七歳だったはずだ。俺とは幼馴染で、温厚で人柄もいい。コンラートのような軽薄な真似もしない、と思う。俺は、信頼している」
「彼には婚約者も恋人もいないの?」
怪しい。優良物件ほど、売れていくのである。
二十七歳で独身なら、何かしら訳があるのだろう。結婚してない、しない理由が。
訝しむと、キリアンが苦笑した。
く、顔がいいな。
顔がいいとどんな顔をしても様になるので羨ましい。
キリアンが家を出た理由のひとつに、その顔の良さがある。羨ましいことこの上ない理由だわ。
「彼は、警戒心が人一倍強いんだ。最初は胡散臭いと思うかもしれない」
商家の親戚なら当然かもしれない。
「…………ありがとう。相手に困ったら、誘いを受けるわ。まずは自分で探してみようと思う」
断ると、キリアンはホッとしたような顔になった。
彼も、突然の話で今のも思いつきだったのだろう。それから、彼は貴族だった時のように笑った。
「分かった。いつでも声をかけてくれ」
☆
翌日、花祭りで恋人とのデートを楽しんできたメイリンにその話をすると、カンカンに怒った。
顔を真っ赤に染めて、怒った声を出す。
「なぁにそれ!?それ、リアライドは呑んだの!?」
「呑まざるを得ないわ。納得してるのよ」
今日のランチはエビのビスクスープと、バターチキンソテー。それにパン。
やった。私ここスープ大好きなのよね。
フェアクロス邸の料理も美味しかったけど、この食堂の味に慣れているのもあって、落ち着く。
ビスクスープをしみじみと味わって食べていると、メイリンが可愛い声で怒った。
「納得しちゃだめよ!抗って!」
食堂の机を今にも叩かんばかりの勢いでメイリンが言う。
「リアライドが望まない結婚をするくらいなら、クレストと結婚して!」
「ええ?嫌よ。クレストはあなたの恋人でしょう?」
突拍子もないことを言い出した。
彼女の気遣いも心配もわかるけど、どうして友人の恋人と結婚なんて話が出てくるの。
絶対嫌です。それならコンラートと再婚する方がまだマシ。
答えると、当然だと言わんばかりにさらにメイリンはヒートアップした。
ビスクスープ、おすそ分けしようかしら。
美味しいものは気を落ち着かせる。
「それくらい嫌ってことよ!!……そりゃあ、あなたの人生だし、あなたが決めることよ?でも、私は友達として、嫌。断固拒否して。お願い、リアライド」
「メイリン……。でもいつまでも拒否するのは難しいわ。私に子供を求めているのは、何も陛下だけじゃないもの。オロラド国の貴族みんなそう思ってる。私が断っていたら、家族に迷惑がいくわ」
「だから!そうじゃなくて……!」
メイリンはもどかしそうに私を見た。
その薄青の瞳は涙の膜が張っていて、今にも泣きそうだ。
ギョッとしていると、メイリンが言った。
「どうしてリアライドは、条件で絞るの!せめて、好きな人を見つけるのではだめなの?」
「好きなひと」
自分には縁遠い単語だわ……。
私は首を横に振る。現実は無情だ。
「難しいわ。そんな気持ちを抱いたこと、ないのよ」
「え……ええ!?嘘、初恋もまだなの……!?」
声を潜めてメイリンが驚く。
そうなの。
前世はともかく、今世はいかにダンスを避けて生きていけるかに全力を振っていて……。
それ以降は聖祈師としての務めに邁進していたために、そちら方面はからっきしだ。
頷くとメイリンが机の上に崩れ落ちた。
「……分かったわ、リアライド。せめて、せめてよ?気になる、一緒にいて落ち着く、というひとと一緒になって。お願い。親友の頼みを聞いて欲しいの」
「それならメイリンがそうよ」




