4.ほうれん草不足
噛んで含めるような言い方をすると、たしかに、と公爵も思ったのだろう。苦々しげに口を噤んだ。
後は、ええ。そうね。陛下だわ。
「コンラート様とは離縁させてくださいませ」
「……分かった。コンラートとの結婚は形式上で構わない。子供は、コンラートとの子でなくてもよい」
何も分かってないじゃない?
「いいえ、コンラート様とは離縁します。それを許してくださらないのなら、私はこの身分と名前、どちらも捨てますわ。私は、これらに思い入れはありません。オロラド国は私が生まれ育った大切な国ですし、友人もいます。ですが、だからといって拷問に耐えることはできません」
「拷問……」
「もちろん、コンラート様との結婚生活ですわ。あれをもう一度、なんて酷いことを仰いますのね。貴族の娘として、コンラート様の振る舞いには目を瞑りましたわ。ですが、それは私の優しさです。優しさを強制するのはやめてくださいませ。あなた方のそれは、私の搾取ですわ。私は私を搾取されることを許しません」
何せ、メイリンが泣いて怒るもの。
「リアライド。コンラートは反省している。もう女を連れ込むような真似は私が許さない」
「閣下。お言葉ですがそれなら最初からそうしていただきたかったですわ。問題が起きてから、対応するなんて悪手もいいところではなくて?確かにコンラート様の恋人の勝手が原因ですけど、手癖の悪い女を囲ったコンラート様に非がありますわよね?これ以上を求めるのであれば、私は国を出ますわ」
手癖の悪い女を近くに置いておいたコンラートが悪い。
遅かれ早かれこうなっていただろう。
そのリスクを考えもしないでコンラートはゼフィラを囲っていたのだ。
今こうなっている現状含め、コンラートは予想出来なかった。
なら、結婚生活をふたたび始めたところで似たようなことが起きるのは必然。
こんなことすら予想できない時点で底は見えている。
コンラートは、愛人を囲うのなら、ゼフィラではなく、もっと分別のついている女にすべきだった。
今更言っても仕方の無い話だけどね。
「本気ではないだろう」
そうであってくれといわんばかりの陛下。
そうよね。普通、そんな簡単に国を出ます、なんて言わないものね。
でもあいにく、私はフットワークは軽い方なの。
ダンスを忌避するあまり、ギフトボックスに突撃したくらいにはね。
「本気です。許しは不要です。明日には国を出ます」
もうそれは、私の中では決定事項だった。
私の言葉に、フェアクロス公爵と、陛下の顔が揃って青くなる。
今になって理解したのだろう。私が本気だと。
たかがこんなことで国を出るとは思わなかったのかしら?
こんなこと、って、どうして他人が決めるのかしらね。
他人のキャパなんて分からないくせに、知った気になって無茶を押し付けてくる。王侯貴族にありがちな、格下の相手になら無理を押し付けても構わない。そんな考えが見え透いている。
そうね、私もオロラド国に生まれた貴族。
貴族として育てられてきた。
ダンスが致命的なまでに苦手でなければ。
ダンスが大好きと言えるほどにリズム感に秀でていたら、その諸々も受け入れて生きていたでしょうね。
だけど結果的に私は聖祈師になった。ギフトも得た。
もう何も持たない、平々凡々な子爵令嬢ではない。
「身分を捨てます。名を捨てます。今から私は、ただのリアライドになります。では、さようなら」
レディとしての振る舞いではなく、平民のような挨拶をして、踵を返す。
「ま、待ちたまえ!」
陛下の一声で近衛騎士が扉の前に立ちはだかる。
睨むが、動かない。
仕方ないので振り返ると、陛下は椅子から腰を上げていた。相当慌てているらしい。
「そんなことをしたら、お前の父親の立場も悪くなる」
脅し?最悪ね。
「お父様なら理解してくださいますわ」
「待ちなさい。そんなにコンラートとの結婚が嫌かい?」
フェアクロス公爵がやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
まるで私が無茶を言っているとでもいうような。
被害者仕草?それに腹が立つ。
「嫌ですわ。死んでも嫌」
おたくのバカ息子のやらかしなんだから、フェアクロス公爵にできることといえば、平身低頭で謝ることであって、居丈高に注文をつけることではないだろう。
何を履き違えているの?
そもそもがおかしい。
「コンラート様との結婚を継続させられるくらいなら、コンラート様を殺します」
「こっ……」
死んでやる、と言おうか迷って私が死ぬのはおかしいと判断した。
「コンラート様を殺しますわ。ただし、私は手を汚しません。間接的に、結果的に?死んでしまうこともありますわよね。その場合、私に関係はありませんし、責任もないのでしょう?」
さっき、閣下はそう言ったわよね?
「結果的に?そうなってしまったのなら、仕方ないですわよね?わざとじゃないんですから。まあ、誤って?荒くれ者とか、貴族に恨みを持つものにコンラート様の情報を流してしまうこともあるかもしれません。邸に手引きしてしまうかも。でも、わざとではないのです。許してくださいますよね?」
「そんなに……そんなにコンラートを憎んでいるなら、どうして言ってくれない。それなら最初から」
「憎む、とは違いますわ。ただ単純に嫌いなんです。最初は何とも思っておりませんでした。それをマイナス値に振り切らせたのは、ひとえにコンラート様の態度によるものでは?」
婚約当初は、彼への同情もあった。
それこそ、オイタだって目を瞑るつもりだった。
当てつけのつもりなのか、ゼフィラを持ち上げ、ゼフィラを連れ込み、あまつさえゼフィラは魔道具を壊した。
これで「気にしてないわ」なんて微笑む女は、頭が弱い女か、自己犠牲に慣れた聖女くらいなものでしょう。
私は、しんどいと思うことを進んで行う趣味はない。ドMじゃないんだから。
「今、邪魔をしないでくれたら、手持ちの魔道具は、壊さずに聖祈師本部に提出します。これ以上引き止めるなら全部壊してから行きます」
陛下は呻いた。
額に手を当て、苦々しげに言った。
「いくらお前でも、【オロラド国の宝箱】が手がけた魔道具を故意に壊すことは重罪であるぞ」
「それなら、うっかり壊してしまったことにします」
ゼフィラが許されるなら私も許されるでしょう。故意かどうかの証明なんて無理でしょうし。
陛下に仕える聖祈師だから、王命に従ってきた。
だけどもう仕える気はない。
従う理由もなかった。
「どうします?十秒待ちます。穏便に、お願いします」
チラリと陛下を見る。
フェアクロス公爵は、まさかの展開に動揺しているのか、表情は硬い。フェアクロス公爵は口を噤んでいるので陛下に視線を戻すと、彼は数秒悩んだ末、言った。
「…………聖祈師リアライドを捕らえよ!」
そう、それが陛下の答えなのね。
残念だわ、本当に。
私は、いつも手首に嵌めているブレスレットに魔力を込めた。
防衛手段の一種。
初夜のベッドでは、これを使ってコンラートをぶっ飛ばしたのだけど、聞いてないのかしら。聞いてないのでしょうね。全く警戒していないし。




