5.リアライド・デ・フェルゼという令嬢
気がついたのは、五歳の誕生日の翌日。
異世界転生した。
しかも多分、面倒な世界に。
リアライド・デ・フェルゼという名を与えられた私は、金髪薄青の瞳を持つごくごく普通な貴族令嬢だった。
抜きん出て魔力量が多いわけでもない。
かろうじて五大属性魔法が行使可能というだけで、ギリギリ平均に引っかかるくらいだった。
その、ギリギリ平均点だった私が【オロラド国の宝箱】と呼ばれるようになったのは、もちろんそうなった経緯がある。
きっかけは、十五歳の頃。
社交界デビューに向けてのダンスレッスンにあった。
「いち、に……もう!違いますわ!何度同じことを言わせるのですか!」
「ご、ごめんなさい!」
ダンスレッスンの教師。
ノクシア・ラザフォード先生はたくさんの貴族令嬢の講師をしてきたという。
その中でも私は抜きん出て特別だと彼女は言った。もちろん、悪い意味で、だ。
「こんなに下手なご令嬢は初めてだわ……!!」
ブルブルと屈辱のあまり震える先生に、私は申し訳なくなった。というのも、私はとんでもないリズム音痴だったのだ。
そもそも、右足と左足、それぞれ違う動きするにって難しくない??ほぼドラムじゃない、これ。
ステップって何?どうやって覚えるの?
頭で覚えるの?体で覚えるの?
社交界デビューをしていない令嬢たちを集めて開かれたティーパーティーでは散々だった。
あんな公開処刑、二度とごめんである。
昼食を食べたあとにダンスの時間になったのだけど、私はそこでとんでもなく目立ってしまったのだ。下手くそ過ぎて。
『お母様……私のダンスどうだった?』
不安に思って母に聞けば、母は慈愛の籠った顔で言った。
『無くし物でも探しているのかと思ったわ』
それから、私にとってダンスは地雷も地雷。
大地雷になった。
トラウマというのは色濃く残るものなのよ。
友人の令嬢が言う『ダンス?私も苦手なの……』を信じると痛い目を見る。
『勉強?全然してない!』と言いながらテストでそれなりの点数を獲得するのと同じだ。彼女らの『苦手』『できていない』の最低限は、私基準を大きく上回るのである。
優雅にステップって何?
どうやってやるの?
ロボットダンスだわ、これ、私の腰どうなってる?を繰り返した挙句、私はお父様に言った。
『お父様。私は貴族の娘として生きられません。今後は市井で暮らしたいですわ』
悩みに悩んだ末だった。
夜会?冗談じゃない。
誰があんな公開処刑の場に自ら行くというのか。
もちろんお父様は大反対。
だけど私のダンスの出来はお父様も知るところだったので、苦肉の策の末、こんな提案をしてきた。
『…………。…………それなら、【ギフトボックス】の遺跡でギフトを授かったなら、許そう』
私を諦めさせるための方弁だと言うのはすぐわかる。
ギフトが眠る遺跡。
通称ギフトボックス。
そのまますぎない?
その遺跡はカラクリと罠が多く仕掛けられてあり、未だに誰も最奥まで到達できていないのだそう。
この世界には、瘴気を生み出す闇堕師と聖力を使う聖祈師という、対になる存在がある。
聖力というのは生まれながら誰もが多かれ少なかれ持っていて、それは魔力とは異なる。
だけど誰もがそれを使えるわけではない。
免疫みたいなもの、と例えれば伝わりやすいかもしれない。厳密には違うかもしれないけど。
聖力は、瘴気に対抗する唯一の力だ。
聖力が完全に瘴気に汚染された時、人体もまた、死へのカウトダウンを始める。
瘴気に蝕まれると、黒い痣のようなものが手足に現れるのだ。
それが全身に広がったらデッドエンド。
死んでしまう。
この黒痣を【闇印】と呼び、これを祓うために聖祈師は昼夜を問わず奔走しているのだ。
そして、聖祈師がいるなら、とうぜん闇堕師も存在する。
どこに、何人いるのかは現時点では不明。
だけど、彼らが瘴気を生み出しているのはほぼ間違いないという。
ギフトは、その昔、聖祈師が闇堕師に負け、その時に封印されたらしい。
遺跡の最奥にギフトが眠っている。
遺跡の攻略には聖力の強さと高さはもちろんのこと、根気、罠を掻い潜る知恵、生きて戻る忍耐力など求められる。
お父様が私を諦めさせるために言っていることは分かったが、頭ごなしに却下されるよりは断然良かった。
選択肢があるのだから。
そうして、私はギフトボックスの遺跡に向かうことにした。
ギフトボックスには、瘴気から生み出された魔物がいる、らしい。
私は五大属性魔法を使えるものの、それは本当に弱い力だ。
例えば、風。
……そよ風を生み出すしかできない。
例えば、火。
……マッチ程度の火しか出せない。
これで魔物を倒せるか?否、倒せるはずがない。
悩んだ末、私は図書館に赴き、片っ端から魔物を調べ始めた。
そして行き着いた先が、目潰しである。
魔物には目があるらしい。
視覚を奪ってしまえば、その間に逃走も可能だろう。
乱暴すぎる?野蛮?そんなこと言っていられない。こちとら、人生かかってる。
催涙スプレー?みたいなのって作れないかしら?
……唐辛子?
ハバネロ、ジョロキア……鷹の爪?
なんかそれっぽいので代用できないかしら?
それか、奴らも呼吸しているなら毒ガスが有効かもしれない。
なんだっけ。
塩素と酸性?だったかしら。
混ぜるな危険ってよく言ったわよね。
……自作、できるかしら?
塩素……海水から抽出できるって習った気がする。
酸性……って植物?から?いけたわよね?ナスの皮?だっけ?
前世見てたDIYとか、無人島で自活とか、なんかそういう動画を結構見てたので、そのなけなしの知識をかき集めて、何とかそれっぽいのはできた。
ちなみに何回も失敗して、内一回は自作した毒ガスで危うく私が天に召されるところだった。
とりあえず私が死にかけたので、毒ガスはクリア。
あとは私の酸素の確保だ。
遺跡は恐らく、空気の循環が悪い。
布で口を覆っても限界がある。
風魔法で通気口みたいなことできるかしら?
……と、こんな感じで試行錯誤を重ね、遺跡に突入。
出会った、目玉のある魔物には催涙スプレー(自作)を浴びせ、毒ガスで倒し、毒ガス作りの最中偶然生み出された怪しげな、危険極まりない液体をかけて倒すという蛮行を繰り広げた。
魔物に物理攻撃(毒)は有効だった。
鉄をも溶かすと言われた魔物の攻撃は、しかし当たらなければ問題はない。
視界を潰し、その間に逃走。
「ギィイイィイーーーーーーー!!」
背後から、怒気のこもった威嚇音が聞こえてくる。捕まったら溶解液で溶かされるか、瘴気に蝕まれて死ぬか、貫かれて失血死するかのどれかだと分かっていたので、私はとにかく走った。
めちゃくちゃ怖い。
でも絶対に逃げ帰ることはしない。
死んでもダンスをしたくないからだ。
このまま邸にしっぽ巻いて逃げ帰っても、待ってるのは貴族の娘としての生活。
つまりダンス。
ダンスである……!
ダンスを踊るか、魔物と対峙するかと言われたら私は後者を選ぶ。
トラウマなのよ、公開処刑。




