3.失脚
「この手はどうしたんだい?」
その時、そっと王太子殿下が手に触れる。
その手はまだ冷たい。
そんなにすぐには良くならないか。
これは温めた方がいいのでは?
部屋のメイドに温石を持ってきてもらうようお願いする。彼女はすぐに頷いて部屋を出ていった。
魔道具でもいいんだけど、今の王太子殿下に魔道具は近づけたくない。ただでさえ弱ってるし、すり替えられた直後だし。精神的にもね。
手を見る。
そういえば、まだ包帯ぐるぐる巻きだった。
交換する時に嫌でも目にしてるけど、火傷の跡は結構酷い。えぐいしグロい。うええ。
「火傷しました。ですが、炎で焼けたわけではありませんわ。瘴気起因ですので、一、二週間もすれば治ると思います」
王太子殿下は苦笑した。
「何をどうしたら瘴気で手が焼けるのか分からないけど……ひとまず、きみが無事でよかった」
そう言って、王太子殿下はへらりと笑った。疲れたような笑み。疲れたわよね。お疲れ様でした。
王太子殿下は闇印から回復すると、すぐに動いた。
まずは、魔道具をすり替えた人間を捉え、尋問の末拷問。そこで得た情報をもとに、陛下との繋がりを固める。
そして、陛下に通達。連行。
陛下は、行きとは違い物々しい騎士たちに連行されて城に戻ってきた。とても王を迎える態度ではない。それは陛下も感じていたのだろう。
謁見の間に入るなり、騒ぎ立てる。
「何をする!離せ!!私を誰だと思ってる!?」
これまたお馴染みのセリフ。
どうしてこう、こういうひとたちって追い詰められたら揃いも揃って似たようなセリフしか吐かないの?そう設定されてるの?
陛下は謁見の間をぐるりと見渡して、そこに馴染みの顔ぶれがないことに顔色を変えた。そうよね。完全に四面楚歌。旗色が悪いとようやく理解したらしい。
そして、最後に私とキリアンを見て、目が合う。
どうしてそこで光明を見たような顔になれるのだろう。
「おおっ……リアライド・デ・フェルゼ!キリアン・ルア・グレイフォード!!戻ってきたんだな。私のために!」
「ファミリーネームは捨てました。ただのリアライドです。陛下のため?寝惚けていらっしゃいます?お忘れですか?私がなぜ、亡命したのか。そうせざるを得ないほど追い詰めたのは陛下ですわ。私はあなたのせいで、国にいられなかった。それなのに、陛下の援護のためにわざわざオロラド国に戻ると思います?恨みこそすれ、助けにくるわけがないじゃないですか」
「なっ……あ、相変わらず可愛げのない……!腹立たしい女だな!今媚びておけば許してやるものを!」
「失礼ですが陛下の許しは不要です。許してもらおうとは思いませんし、私も一生許しませんから」
言うことがコロコロ変わる上に約束を違えるひとは信用ならない。
「むしろ、私が助けると思っていたのですか?わざわざ私が、あなたを援護しに戻ってきたと?ずいぶんおめでた……失礼。前向きな思考回路をなさっておいでですね。見習いたいくらいです。私は、陛下に失望しました。オロラド国にはもういれないと思ったのですよ?陛下が在位している間は中央にも寄り付くつもりはありませんでした」
でも、陛下の在位は今日までだもの。
「本日は、王太子殿下から特別に同席の許可をいただき、ここにおります。ですから、陛下の最後のお姿をしかと目に焼き付けておきますわ。さあ、陛下。どうぞ?」
王太子殿下の前の席を示す。
王太子殿下が座るのは玉座。以前とは、立場が逆。
それに今更気がついたのか、陛下が眦を釣り上げる。プライドが許さないらしい。
息子を殺そうとした上でこの態度なのね。とことん腐ってる。
「カイウス……!貴様、王位を簒奪するつもりか!?宰相は何をしてる!?王位を正当な手段ではなく奪うなど、お前は簒奪者になるつもりか!?そんなんでは、誰にもお前についていかないぞ!!あとで痛い目を見るのはお前だ!」
「これは簒奪ではありません。正当な王位継承です。今回の件は公にしますよ、父上。その上で、あなたを追放する。今後は北の離宮でお休みください。長い間の執政、お疲れ様でした」
やっぱり幽閉よね。だって、陛下はまだ使い道ある。
平民の不満の受け皿にするには、じゅうぶん過ぎるほどだわ。
「今回の件?何を言ってる?はっ、証拠はあるのか?」
陛下は鼻で笑った。
なんでこういうのって、犯人は口を揃えたように証拠証拠って喚くのかしらね。王太子殿下は悠然と答えた。
「ありますよ?うっかり者が部下にいると大変ですね?直筆の署名が入った書簡から、押収した偽物の魔道具まで、全部こちらにあります。陛下の部下が何人か、ここ一ヶ月で不可解な死を遂げていますね?上手い具合に理由はつけていますがこの短期間で何人も、っておかしいですね。しかもその誰もが、なぜか北西部で目撃証言があるじゃないですか」
「──」
陛下の顔色が悪くなる。絶句している。
王太子殿下は、ぴら、と一枚の手紙を差し出した。それに見覚えがあったのか、陛下の手は小刻みに震え出した。
「密偵向きじゃない人間にこんな司令出しちゃダメでしょう?人手不足だったんですか?ジェーロ領で聞き込みをすれば、ポロポロと面白いぐらいに目撃証言が取れました。部下をケイラド国に向かわせて、一体何をさせていたんですか?まさか、高濃度瘴気を求めてケイラド国に、なんて、そんな話はありませんよね?」
全部、バレてる。それを悟ったのか急に陛下は大人しくなった。
「ケイラド国の瘴気は、想像以上と聞いてます。それも、生命が活動できないくらいに。ケイラド国で水をくみ、それを私の食事に混ぜていた。その確認も取れています。そこのリアライドが以前作った、瘴気度合いをはかる魔道具で調べました。驚きましたよ、数値がふりきれました。これでは、魔道具を所持していても時間の問題だったかもしれませんね」
王太子殿下は皮肉げに笑った。それに煽られたのか、陛下が口を開く。
「私がやったという証拠などっ」
「証拠?何をおっしゃいます。暗部の人間を動かせるのは陛下だけでしょう?命令には、玉璽が必要になる。陛下以外が命じていたのなら、それこそ大事です。玉璽すら奪われてしまうような王に、王は勤まらない。玉璽も、私がいただきましょう」
おお、綺麗な詰み。
陛下はもう答えなかった。答えられなかった、というのが正しい。
暗部の人手不足。多分、聖祈師本部の襲撃に人員を割いた結果かしらね。
「今からあなたは、オロラド国の王ではなく、罪人だ。名と立場を奪われ、あなたは北の離宮で生きていく。民の不満の盾となり、この国の安寧のための犠牲となっていただく」
犠牲という単語に陛下の顔が唖然とした。
ここまできて、悠々自適に離宮生活を送れると思っていたの?
王族殺しって普通死刑よ?未遂であってもね。こうも証拠が揃ってるんだから。
「ぎっ……犠牲だと!?私を犠牲にするつもりか!?この私を!父を!オロラド国の王である私を!」
「民の暴動が起きたら、そうなりますね。ですが、そうなったとしたらそれは陛下の執政が理由では?ご自身の政の責任くらい取ってください。それが王の責任です。見張りの兵は置きますが、暴動が起きたら彼らはあなたを守りません。そう命じておきます。今後は、暴動が起きないよう祈って日々をお過ごしください。以上です。……連れて行け」
王太子殿下が命じると、近衛騎士が王であったひとを連行していった。元陛下は最後まで喚いていたが、やがてそれも遠くなる。
今頃、宰相も同じように登城要請が出ていることだろう。逃げられないように、もう身柄は抑えられているかしらね。
今回の件で、王太子殿下は一気に粛清を行った。陛下の御代を支えていた貴族の多くはその責任を求められ、当主を退くことになる。
粛清対象には、魔道具の横領が確認されたキリマ・ジェーロもいる。
フェアクロス公爵家も対象で、それに加え、五年の謹慎が命じられた。この謹慎は三親等まで塁に及ぶ。連帯責任というやつだ。
フェアクロス公爵家は長男が継承することになり、この後十年ほど王家の監視がつくことが決まっている。王家から監視役が派遣されるのだ。
この大規模な組織改編は、見せしめの意味もあるのだと思う。




