2.精神攻撃って怖い
とはいえ、見ず知らずのメイドに説明しても彼女らも困るだろう。それに今は時間が惜しい。すました顔をしてキリアンの後についていく。
寝室の扉をノックして、キリアンが王太子殿下を呼んだ。
「カイウス。入るぞ」
「え……?キリアン?」
扉の向こうで、驚いた声が聞こえる。
壁、薄いわね。プライバシーなんてあったものじゃない。警備の関係のためなんだろうけど、王族ってプライバシーないのかな。これはちょっと不憫。
寝室での会話は慎重にした方がいいわね、うん。
「失礼します」
キリアンの後に続き、私も入る。
王太子殿下は、枕に寄りかかる形で書類仕事をしていた。このひと、闇印が出ても仕事してるの?休ませた方がいいんじゃない?
私に気付くと、王太子殿下は目を丸くした。
「え?リアライド・デ・フェルゼ……」
「リアライド、ですわ。殿下、お体の様子はいかがです?」
まあ、良くないわね。というか、だいぶ酷い。
魔道具をすり替えただけでここまでなる?王太子殿下の体は、見える範囲でも既に多くの闇印が現れていた。これは、もう、多分、数日持たなかったはず。
妖精の森ショートカットしてなかったら、間違いなく間に合わなかった。
「聖祈師の治癒は?」
「至急手配中。だけど、遠征中の実働部隊を呼び戻そうにも、近くにいる聖祈師でも一週間はかかる。正直、もう賭けかなと思っていたんだ。だから、悔いのないように仕事を」
仕事中毒……。
私は、王太子殿下に断ってベッド横の椅子に座った。そして、王太子殿下の手を取る。
ひえっ、王太子殿下の手、冷たい!
ほぼ死人。これはやばいかもしれない。
「魔道具をすり替えられただけでここまで酷くなるとは思いません。王太子殿下は、王都から出ていないのですよね?ケイラド国国境にいたわけでもないのに、この広がり方と濃さは尋常じゃない。心当たりはありますか?」
「それは、医者にも言われたな。心当たり……というか、ここ最近は襲撃や、料理人を懐柔して食事に毒を入れられることもあった。何が起因してるかもはや分からない」
「……護衛の方は?」
「対応してくれてるけど、後手に回りがちかな。こればっかりはね。でも弟たちの助力もあって、これでも食い止められている方だ」
苦笑する彼に、既視感を覚えた。……あの王子に。
私は王太子殿下の手を取って、そっと聖力を流し込む。これは……だいぶ、辛かったんじゃないかしら。現に、聖力を流し込まれた王太子殿下は「ぐ」と呻いた。辛いんだと思う。
「横になってください。目元、失礼します」
私の指示に従って、王太子殿下が横になる。持っていた書類は、いつの間に入室していたのか、近衛騎士が回収した。
目元に手を置いて、ゆっくりと聖力を流し込む。
闇印の浄化、久しぶりだな。細かい聖力制御が必要になるので、私は得意ではない。反対側に、キリアンが座る。
そういえば彼も聖祈師だった。
本部勤めだと、実働部隊みたいに遠方に派遣されることがまずない。
そのため、本部勤めはあまり闇印の浄化をする機会が無い。キリアンが浄化をするところは初めて見た気がする。
私が左手、キリアンが右手を持ち、聖力を流す。
二人がかりなので、あっという間に浄化作業は終わった。
闇印も消えている。ホッとした。
「王太子殿下。先程料理に毒を混ぜられることがあったと仰いましたが、そちらは陽動では?毒に意識を向けさせて、本命から意識をそらさせる。この場合、王太子殿下に盛られていたのは瘴気に汚染された食料。たとえば、水」
私は水差しを示した。
途端、近衛騎士が素早くそれを回収する。
「至急確認します」
「任せたよ」
頭を下げて、ひとりの近衛騎士が退室する。
「以前、陛下にお伝えしたのを思い出したんです。聖力維持装置。ケイラド国の瘴気の汚染状況は、想定をずっと上回っていました。聖水は数秒も経たずに瘴気に汚染される状況かと判断します。あそこまで深刻だと、動物や虫ですら生命活動ができません。あの地を浄化しない限り、恐らく食べ物はおろか、水すら飲むことは死に直結します。つまり、あの地のものを誰かに食べさせるだけで、それは高濃度瘴気を取り込むことになる」
「それが、私の食事に入れられていたと?」
「可能性の話です。ですが、普通魔道具をすり替えられただけで、この王都でここまでの闇印は出ません。現に、非所持の平民もいますが問題なく暮らしているでしょう?」
確かに、と思ったのだろう。
本人も、医者から話を聞いてるしおかしいとは思っていたのだと思う。理由の分からない体調不良ほど、怖いものは無い。王太子殿下もきっと、怖かったんじゃないかしら。
「まずは聖祈師本部を建て直してください。その後、殿下の食事は全て聖祈師に浄化させ、その上で毒味をしてから召し上がることを推奨します。聖祈師はもちろん、毒味係も信頼されている方を指名すべきです」
私の話を聞いて、王太子殿下は頷いた。
「分かった。そうしよう。……ありがとう、もうすっかり良くなったよ」
「無理は禁物です。あの濃さの闇印が出ていたんです。体への負担が酷かったでしょう?殿下は一日お休みされるべきかと思いますわ」
重ねて言うと、王太子殿下は困った顔をして「そうだね、そうする」と笑った。
以前見た時よりも頬が痩けているし、髪に艶がない。疲れもあると思うけど、やはり命を狙われていることと原因不明の闇印がストレスだったのだと思う。
今更だけど闇印ってすっごいださい呼び方なんだけど誰が決めたんだろう。
王族相手に不敬かしら、とも思ったけど今の私はオロラド国に所属している聖祈師ではない。
国に仕える人間ではないのだから、いいでしょう。




