14.馬の恩返し
次に目が覚めたら、妖精の森の、繭のベッドの上でした。
「うう~ん……」
なんだか、すごい寝た気がする。繭のベッドって寝心地がすごい良いのよね。ほわんほわんでふわふわ。寝たことないけど、絶対王宮のベッド以上。……じゃなくて、なんで私、ここで寝てるんだっけ?
「………あ」
そうだ。そうだったわ。ケイラドの王城で瘴気をもろに浴びて……浴びて?あの後、どうなったのかしら。確か、時間は五十五分を過ぎていた。キリアンが連れ帰ってくれたのかしら。
思わず手を見る。包帯が巻かれている。
あ、意識すると痛い。どれくらい酷かったのかしら。怖くて聞きたくない。
キリアンとエリュンには、謝罪とお礼をしないと、と思って起き上がった時だった。
「っ……!?」
隣に、ひとが、いる。
腕が私の胴に絡みついている。全くの予想外だったので、めちゃくちゃビビった。悲鳴あげなくてよかった。
だけどよくよく考えればここは妖精の森の中。妖精が認めたひとしか入れない。となると、入れる人間も限られる。キリアンかな。
視線を横にずらすと、やはりそこにはキリアンがいた。まだ眠っているみたい。おお、ご尊顔。
キリアンはその美貌で良い思い出がないらしい。まあ、あのエリーセをもってしても【ものすごい美人】と言わせるほどだ。
綺麗な肌ね、羨ましい。スキンケアとか適当そうなのに。生まれ持った体質かしら。こればかりはどうしようもない。
胴体に手を巻き付けられているので、起き上がることも出来ない。振り切ることは出来ないけど、起こすのも悪いし。
そういえば、フードで顔を隠していないキリアンを見るのは初めてかもしれない。いつも、必ず黒のローブを羽織ってるものね。やることもないので、まじまじとキリアンの顔を見つめる。
金髪は、以前の私と同じ髪色なのだけど、艶が全く違う。結構髪の手入れには気を使ってる方なのに、どうしてこんなに違うのかしら……?
触ってもいいかな。見ているとうずうずして、つい、手を伸ばしてしまう。
ひゃ~~~~!!トゥルッサラじゃないですか!
髪は女の命っていうじゃない?私よりトゥルサラなのはどういうこと?ゆ、指から零れる。すごい。これが絹髪……と動揺していると、困惑した声が聞こえてきた。
「おはよう、リアライド。……何してるの?」
「おはよう、キリアン。あなたの髪に触っていたの。ごめんなさい、嫌だった?」
勝手に触ってしまったので謝る。寝ている間に勝手に髪をいじられるのは不愉快だろう。
ごめんなさい。でも、つい、手が。だってトゥルサラ……。魅惑に抗えなかった私が悪い。
謝った私に、キリアンが苦笑して起き上がる。
「別にそれくらいいいけど。でも、なんで寝てる時に?起きてる時に触ればいいのに」
それはちょっと、寝てる時と起きてる時じゃ、ハードルがだいぶ違うと思う。
「あれからどうなったの?私、気を失ったのよね?」
「ああ、そう、それ。大変だったんだよ、エリュンが泣いてさ」
「エリュンが!?」
「うん。今は……多分、リアライドへのお土産を探してる。ほら、そこを見て」
キリアンに言われて、繭のベッドのすぐ近くの切り株を見る。大きな幹の切り株には、たくさんの山菜と果物が置かれていた。見たことない色や大きさのものばかり。
「戻る度に、両手いっぱいに珍しい山菜と果物をとってくるんだ。もう採れないってくらいにね」
な、何それ絶対可愛い……。私も見たかった……。
「きみが倒れてから、丸一日が経過した。ケイラド国中心に発生していた瘴気は、そのほとんどが霧散した。だけど、完全に消失したわけじゃない、ってところかな」
「そう……王子が、発生源だったのね」
あの子を瘴気の入口にして、ずっと流れ出ていた。だからあの子も、瘴気まみれだったのだ。王子は、救われたかしら。彼を思うと、胸が痛くなる。
「それと、もうひとつ、相談と報告。今朝方、ジョアンから届いた情報だ。オロラド国だけど、カイウスが倒れた。既に闇印が現れて、予断を許さない状況だ」
カイウスは、オロラド国の王太子殿下だ。
「王太子殿下が?どうして?そんな危険な場所に行ったの?それに、魔道具は?王都には、聖祈師本部も実働部隊もあるわ。浄化は受けたの?」
浄化を受けたなら、予断を許さない状況、とは言わないだろう。
だけど、聖祈師がいるのに、なぜ?
「魔道具が偽物にすり替えられていた。恐らく、陛下の手のものによる工作だ。それと……聖祈師本部は、何者かの襲撃を受けて壊滅状態だ。治癒できる聖祈師がいない」
「聖祈師本部が、襲撃?それも、陛下の指示?」
「推測に過ぎないけど俺はそうだと思う。追い詰められたら、あのひとはなりふり構わない。聖祈師を無力化して、その間にカイウスを瘴気で殺そうとしてるんだろう」
どれだけ馬鹿なの?あの王は。
聖祈師を無力化して困るのはオロラド国だ。もはや自国のことより、自分の地位のことしか頭にないのね。王失格だ。
キリアンは考え込むように俯いていたが、顔を上げる。
「俺は一度オロラド国に戻る。今、カイラスが倒れたら、陛下に権力が戻ってしまう。そうなれば二の舞だ。きみはどうする?」
「戻るわ。王太子殿下には、恩があるもの」
逃亡を見逃してもらったし、彼は陛下の命令に背いて追っ手を出さなかった。その間にオロラド国を出るようにも彼は言った。
一体何人が、王太子殿下と同じ振る舞いができるだろう。
それに何より、一番ありがたかったのは馬よ。馬。
あの時馬を手に入れられたからこそ、私たちは早くオロラド国を出ることが出来た。
隣町に徒歩で移動してから馬を買い上げていたら、時間がかかった。それに、王太子殿下の助力がなければ、逃亡は厳しい道のりになっていたはず。戦闘は避けられなかっただろう。
メイリンは、ひとを傷つけることに慣れていない。多分、クレストも。
口にはしないだろうけど、逃げる時にひとを攻撃したことを、きっとふたりは悔やむだろうと思った。
だから、王太子殿下の協力は有難かったのだ。
「……これでも私は、恩も恨みも忘れない質なの。知ってるでしょう?」
この旅で、きっとキリアンは知っている。
尋ねると、彼は苦笑して頷いた。




