12.ふわふわ
王都をちょっと見て回るも、めぼしい情報はなかった。
残された書物を読んでわかったことは、やはり正妃と第二夫人の仲が悪いこと、貴族たちは第一王子派と第二王子派で二分されていたことくらい。二派閥の争いはもはや水面下に収まりきらず、小競り合いなんかも発生していたらしい。
ますます、謎だわ。
王太子に指名されなかった第二王子ではなく、なぜ第一王子が国を滅ぼしたのだろう。第一王子が闇堕師なら、最初から狙っていたのかしら。
でも、ハンバリ・ラリソンの手記を見る限り、彼は優秀なようだった。破滅を好むようには見えなかったけど……。
瘴気は王城が一番酷い。その先を辿ることにして、私は馬を裏手に止めた。少し迷って、魔道具は馬に預けておく。
いい子にしててね。
私たちは、先程キリアンが発案したキリアンは結界担当、私は浄化担当という役回りで動くことにする。
魔道具の補助が無くなると負担は当然跳ね上がる。短期決戦だ。
あまり時間はかけられない。
「何分くらい持ちそう?」
「うーん……やってみないと分からないわね。ここの瘴気、濃度がおかしいわよ。ほら」
聖力をまとった指先を結界からだす。途端、弾かれるようにその場から小さな煙が上がる。濃度がおかしなことになっている。生き物が生存できるレベルじゃない。
「結界はどう?持ちそう?」
「リアライドの浄化があるからだいぶ楽だよ。ただ、一層だけだとすぐ溶かされるな。三層くらいは必要だ」
見れば、結界は何層も重ねられていた。だけどすぐに外側の結界が溶け、また新しい層が内側に生まれる。その繰り返しだ。これは……かなり、キリアンの負担なのでは?
「二時間にしましょう。一時間過ぎたら、何があっても後退する。それでいい?」
「うん、構わない」
話を終えて、私たちは城に足を踏み入れた。
城壁は崩れ落ちている。魔獣の爪痕もあるし、瘴気に蝕まれて崩れ落ちたのもある。多分、遺体も沢山あったのだろうな、と思った。だけど遺体も服も瘴気に溶けて、今残っているのはその残骸。
城門を通ると、広い円型のホールに出た。足元には、作りが丈夫なレッドカーペットが置かれているけどそのほとんどがちぎれ、溶けて、その切れ端だけが残っていた。窓は残っていて、ガラスは割れている。日差しは瘴気に阻まれ、入ってこない。室内は暗くてどんよりしている。
「ここは……多分、玄関ホールだったのね」
「ケイラド国の王城の地図は頭に入れてる。グンドウェルにいる時に覚えておいたんだ」
すごい、優秀。ケイラド国の王城の地図とか手に入るものなの?もう滅びた国なのに。市場には出回ってないわよ?
情報源はジョアン・デアーレか。
「最短ルートで行こう。王の部屋はこっちだ」
キリアンに手を取られて、歩き出す。
城内は驚くほど静かだった。魔獣がひしめいているかと思ったけど、そんなことは無い。こんなに、瘴気が濃いのに……。ギフトボックスでは入れ食いだったのだけどな。
壁には、色濃いシミが残っている。何のシミかは、考えたくない。
途中、陥没して使えない廊下や抜け落ちた階段があって、迂回する。本来なら二十分程度で着くはずの道のりが、遠回りしたために倍以上の時間がかかっていた。
「ここは大丈夫そう……かな」
キリアンが落ちてた剣を拾って、それを投げる。剣が落ちても崩落しない。
廊下の端をゆっくり歩いて、ようやく王の部屋の前に到着した。
この部屋が、一番瘴気が濃い。
扉は閉められたままだった。
他の部屋は扉は全開で、中には扉自体が吹き飛ばされているのもあった。それなのにこの部屋だけ閉ざされている。あまりに異質だ。
キリアンと、互いに目配せする。
やはり、キリアンも何かしら感じているらしい。
私は、人差し指と中指、薬指の三本を立てた。三。
薬指を折る。二。
中指を折る。一。
人差し指を折って──グーにした次の瞬間。私はパッと扉を開け放った。
すぐに、扉の裏に背をつける。キリアンも同じだ。
扉を全開にして、室内から私たちが見えないように姿を隠して様子を窺う。……何かが出てくる気配はない。
キリアンと目配せし、頷く。
中を見てみよう。懐中時計を取り出す。城に踏み入ってから、四十五分。そろそろ一時間。一時間が経過したら何があっても、退避する。引き際を見極めるのは、大事。
小声で、エリュンに尋ねた。
「なにか感じる?」
エリュンも小声で答えた。
「……気持ち悪いもん」
エリュンは体調不良。やっぱり、ここが瘴気の発生源。
「大丈夫そう?苦しいなら、妖精の森に避難していてもいいわよ?」
「……ううん。大丈夫もん」
エリュンは頭をグリグリと押し付けてくる。ふわふわ。あっ、触れる。エリュンは透過を解いて、実体化していた。疲れるから嫌って前に言っていたのに。よほど不安で、心細いのかしら。宥めるようにそのふわふわな毛を撫でる。うう~~そんな場合じゃないのに、至福!!とってもふわふわ!また撫でさせてくれないかしら。こんなビッグチャンス、そうそうないでしょうね。キリアンは撫でなくていいのかしら?
顔を上げると、キリアンは何か言いたげに私を見ていた。あ、そう。調査。調査ね。
「大丈夫なら、ついてきて。ローブの中、入る?」
ローブをめくると、エリュンは頷いて中に入ってきた。ふわふわ。可愛い。ぬくもり。
それから、私とキリアンは互いにひとつ頷いてから王の部屋に入った。王の部屋は、濃い瘴気で満たされていて視界が悪い。
慎重に足を進めると、奥に瘴気の塊──いや、ひとがいた。
全身にベッタリ瘴気をまとわりつかせて、地縛霊みたいになっている。
何これ、ホラー?
真夏のホラー?映画にありそう。
その場合、邦画じゃない。洋画だわ。




